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Piece of Legend~伝説のカケラ~  作者: 今尾実花
十年前シリーズ
8/18

全ての始まり《後》

「坊ちゃん、右によけて!!」


 セルグがロイに駆け寄ってから、斬った魔物の数はもう十を越えていた。魔物から落ちた頭は、すでに山のように積まれている。背中にセルグを庇いながら戦うロイの手からはすでに力が抜け、もう根性だけで剣を握り締めていた。

 その時少しだけ、魔物の勢いが引いた。


(今なら坊ちゃんだけでも逃がせるか……!?)


 そう思ってロイが振り向いた瞬間。


「えっ」


 セルグが月明かりの中に舞った。


「坊ちゃん!!!!」


 土中から突き出し、セルグを空に跳ね上げた魔物は月光を浴び、不気味に輝いた。

 ロイは長く伸びたその体躯を断とうとしたが、他の魔物に進路を塞がれてしまった。


(ああ。俺、喰われんのか)


 空中に跳ね上げられてから、セルグの時間はやけにゆっくり過ぎていく。


(今日の夕焼け空みたいな色だ)


 月明かりで魔物の赤い口内がはっきり見える。ぐんぐんと近づいていく赤。

 いきなり死に直面すると、人は異様に冷静になるんだな。赤を見ながら、セルグはそう思った。

 そして大きく開けられた口に、セルグは飲み込まれた。

 ――と、二人とも思ったその時。突如、魔物が悲鳴を上げてのけぞった。


「えっ?」

「怪我はありませんか?」


 セルグはいつの間にか見知らぬ壮年の男性に抱えられ、地面に降りていた。

 わけの分からぬままのセルグにロイが駆け寄ってきた。ロイはセルグを強く抱き締める。


「よかっ、よかった。よくご無事で……っ!!」

「あのオジサンが助けてくれたんだ! ……よね?」

「ええ。お二人とも、そこを動かないで下さいね」


 言い終わるか否かの内に、ビュン、とセルグの頭上に風が起こった。

 すると、いつの間にか背後に迫っていた魔物が、三匹同時に地に伏していた。

 男性は手に何も武器を持っていない。動いた様子すらセルグには見えないのに、魔物の体躯が一刀両断されている。


「ここは私にお任せを」


 男性はそう言うと、一跳足でひときわ巨大な魔物の頭まで飛び上がった。


「南無」


 ーー常人には目で追うことも許されぬ速さ。

 まさに神速の攻撃により、男性は魔物の頭を切り落とした。


(武器もないのにどうやって!? それにいつ動いてんだよ?!!)


 訳がわからない。あの親父が手放しで賞賛するロイでも、この魔物は一断ちで頭を落とすのがやっとだというのに。

 何故この男性は素手で、しかも一度に複数を仕留められるというのか。


「ロイ……。あのオジサン、何なんだよ?」


 何者なんだよ、と聞けなかったところがセルグの困惑っ振りを如実に表しているであろう。

 聞かれたロイもロイでまだ整理しきれてないものが多々あり、返答に詰まってしまった。


「あっ、ええと。……た、多分、かなり高位の武闘家だと思いやすが……」

「武闘家?」

「素手で闘っていること何よりの証でさぁ。それにあの動き、相当に訓練を積んでやす」

「ロイにはあのオジサンの動きが見えんのか?」

「……。あの攻撃は、恐らく足技だとしか……」


 鍛え上げたはずのロイの目でも、わずかに描かれる軌跡を辿るのでやっとだった。

 しかしその内容だけでも驚くには十分だ。


「なっ!? あのオジサン、蹴りで魔物の頭を切ってるっていうのかよ!?」

「最高位の武闘神なら何も使わねぇで、一撃で鋼鉄も砕けるとか……。己の肉体のみを武器とする、それが武闘家でさぁ」

「……武闘家……」


 セルグが再び男性に目をやると、そこには山と積まれた魔物の上に立つ影だけがあった。


「終わりましたよ」


 背負う月明かりのように優しい笑みを浮かべて、男性は二人のもとにやってきた。


「お二人とも、怪我はありませんか?」

「は、はい! なあオジサン、オジサンは武闘家なのか!?」

「ええ、そうですよ。ですが、まずは怪我がないようでしたら、町へ行きましょう。また新手が来るとも限りません」


 興奮気味のセルグの言葉を男性は柔らかに、しかし確かに断ち切って、次の指示を出した。


「そ、そうですね。ではご同行していただけやすか? 町にはうちの隊商の頭、坊ちゃんの父君もいらっしゃいやすんで」

「よろしいのですか? ではご一緒させて下さい」

「オジサン、俺セルグってんだ! オジサンの名前は?」

「ゴルディアス・シャーナと申します。ゴルドで構いませんよ」

「わかった! それで……」

「坊ちゃん、まずは町へ行かないと。話はそれからでも出来ますから」


 初めて目にした武闘家の闘いに、つい興奮したセルグだったが、今はこんな場所で語り合っている場合ではないことをようやく思い出した。


「あっ……。うん、そうだな。よし、じゃあ急ごうぜ!!」

「坊ちゃん、一人じゃ駄目ですって!」

「坊ちゃんって呼ぶのやめたらやめてやる!」

「ああもう……」


 さっきまでの恐怖はどこかに飛んでいったらしく、セルグはすっかり元気を取り戻していた。

 そんなセルグのおかげで、ロイはまた心臓を縮こまらせる結果になってしまった。


「うわっ!?」

「坊ちゃん!!」

「たたっ……。大丈夫、コケただけ」

「っだぁ!! 心配させねぇで下せぇよ、もう……」

「セルグ君、まだ危ないんですから離れないで下さい。ロイさんも君に何かあったらお父上に顔向け出来ないでしょう?」

「う……。はい」

「坊ちゃん、さあ」


 差し出されたロイの右手。命をかけて自分たちを守ってくれた偉大な手。

 ーーセルグはこの手の暖かさを、一生忘れることはなかった。




「セルグ!! 無事だったんだな!!」

「親父っ!!」


 町の入り口で一人立っていたブラッドに、セルグは待ってくれていたんだと喜び、駆け寄って抱きつこうとした。しかし。


「馬鹿者ぉっ!!何で馬から飛び降りるようなことをした!!!」


 ガンッ! と思い切り横っ面をぶん殴られる。走っていた反動もあり、セルグは思い切り尻餅をつく羽目になった。あまりにも唐突な出来事に、放心するしかない。


「え……?」

「お前はロイが心配だったんだろうが、その行動こそがロイを危険にさらすと何故考えない! 足手まといにしかならんだろうが!!」

「だ、旦那っ」

「お前は黙っていろ、ロイ。いいかセルグ。上に立つ者は、時には非情な判断も必要になる。あの場では他の隊員を逃がすことが最優先で、ロイに任せるしかない。……わかるな?」

「……ぇよ」


 ブラッドのお叱りに、放心状態だったセルグの瞳に、段々と強さが戻ってきた。

 言われっ放しではいられない。


「ん?」

「そんなのわかんねえよ!!」

「坊ちゃん!」


 ロイが止めに入るも、セルグはその手を振り払った。真っ直ぐにブラッドを見据え、心の内を叫ぶ。


「確かに俺は足手まといだった! けどロイだって仲間だろ!? なら何でロイだけ置いてくんだ!! 人間相手ならともかく、魔物だったんだぞ!?」


 小さな体に煮えたぎるマグマの如く、セルグは怒りをぶちまけた。ただそこには、一筋の悲しみも含まれていた。


「オジサンが……ゴルドさんが来なきゃ、きっとロイは死んでた……っ!!」

「……」

「ロイは用心棒だ、確かに戦うことが仕事だよっ……。けど、けどだからって……っ!」

「セルグ君、そこまでにしておいたほうがいい」


 何とも言い難い空気の中、割って入ったのはブラッドでもロイでもなく、ゴルディアスだ。


「ゴルドさん」

「ん? ……失礼、あなたは?」


 本当に激昂していたらしいブラッドは、今になってようやくゴルディアスの存在に気づいたらしい。いつもの聡明なブラッドからは考えられないことだ。


「失礼、私はゴルディアス・シャーナ。先ほどあの場に居合わせたので、魔物退治をお手伝いさせていただきました」

「それは……。ありがとうございます、感謝の言葉もありません」

「いいえ。……セルグ君のことを心配しての物言いが、厳しくなるのは理解出来ます。ですがセルグ君はまだ幼い。大人の事情を理解するのは難しいでしょう」

「ゴルドさん、俺ガキじゃねえ!」


 優しくしてくれていた人物の思わぬ裏切りに、セルグは仰天しながら言った。

 ブラッドはそんなセルグに、先ほどとは打って変わった静かな口調で言った。


「セルグ、俺の言うことがわかんねえなら、お前はまだガキだ。ゴルドさんも俺の言葉を否定なさってないだろう」

「けど、だって……」

「坊ちゃん、いいんですよ」

「ロイ?」

「俺の仕事は、命を賭けるのが仕事みてぇなもんなんでさぁ。だから報酬も高いんで。……俺は、坊ちゃんたちに心配してもらえただけで十分さぁ」

「……」


 黙り込んだセルグを見かね、ブラッドがロイの言葉を継ぐ。


「俺たちだってロイは心配だった。割り切らなきゃいけないが、そう簡単に割り切れるもんじゃない。……だから、ほら」


 ブラッドが指差した方に視線を向けると、建物の陰から誰かがこちらを見ていた。


「……隊の、みんな?」

「そうだ。ったく、明日に響くからさっさと寝ろと言っておいたのに……」


 ブラッドが一睨みすると、向こうから『やべえ、見つかった!』とか『こりゃ~どやされるぞ』なんて聞こえてきた。


「馬鹿野郎っ、最初っからバレバレだ! ――ああもう面倒だ、全員こっちに来い!!」


 そう言うや否や、周囲から隊員がゾロゾロと出てきた。どうやら一人残らず揃っているようだ。


「いいかセルグ、……これがお前の怒ったことへの返事だ。わかるな?」

「……。ん」

「お父上は隊を守ることを優先する義務があります。その義務をこなせるからこそ、長でいられるのです。……わかりますね?」

「…………はい」


 セルグとて、父の義務を理解していないわけではない。

 ただ、あの場で自分自身の義務、『安全を確保すること』を放棄したことを認めたくないだけだ。


「おお、今日の坊ちゃんは聞き分けがいいな」

「頭の愛の一撃が効いたんだろ」

「はっはっは、違ぇねえ!」

「ジャン、お前ら少し黙ってろ!」

「わっ、頭! おっかねえなぁ、もう」


 隊員たちが笑っている。

 自分たちを心配して、無事だったから、安心して笑っている。


(俺、馬鹿だ。親父やみんなだって辛かったにきまってんのに、あんなこと……!)


 ギュッと手を握り締める。強く強く握り締めていないと、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。


(それに俺、いま考えたら馬から飛び降りて、よく怪我しなかったよな)


 改めて考えてみると、自分はなんて恐ろしいことをしたのだろう。

 あんな速さで走っていた馬から飛び降りて、無傷でいられたのは奇跡としか言いようがない。


(そっか……。だから親父、俺のこと殴ったんだ)


 一歩間違えば死んでいた。だから親父は怒ったんだ。


(自分から死ににいくようなマネをしたから)


 いつも言われていたことだった。親父は自ら命を絶つような真似を一番嫌う。今回はまさにそうじゃないか。


(……。力が、欲しい)


 自分の望むものを、守る力が。望んだことを行える、強い力が。

 ただの子供は、守られるだけ。そんなのは嫌だ。もしゴルドさんのような力があれば、誰にも心配させないで、大切な人を守れる。


「――ゴルドさん」



 これが、俺とお師匠の出会い。



 十年後。

 セルグはゴルディアスの指導の下、一人前の武闘家になるために修行を続けていた。ジーパを離れ、アスケイル国内をずっと旅している。

 あの時、その場で弟子入り志願したセルグを、ゴルディアスは快く引き受けてくれた。

 もちろん唐突すぎる申し出に隊員は驚き、引き止めるものがほとんどだった。仮にもセルグは次代の頭領なのだ。

 けれど父親のブラッドは賛成してくれた。後悔しないなら、それが己の道だと誓えるなら、進めと。ロイも苦笑しつつだが、賛成してくれた。『坊ちゃんが戻ってくるまで、現役で頑張ってみせまさぁ』と言って。

 あの時の意思は、今は信念となってセルグの中にある。

 守るための力を手に入れる、大事なものを守り通すために闘う。

 それがセルグの目指す高み。



「セルグ、しばらくレドッグの町に泊まろうか」

「わかりました、お師匠」



 そうして、セルグは運命の出会いを果たすのだ。

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