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Piece of Legend~伝説のカケラ~  作者: 今尾実花
十年前シリーズ
7/18

全ての始まり《前》:セルグ

 全ての始まりは、俺が八歳になったとき。そう、ずっと楽しみにしていた親父の商売に、初めて連れて行ってもらった時だった。



 とある隊商宿の中庭に、一人の子供がやって来た。その子供ーーセルグは父の姿を見つけると、駆け寄って飛びついた。


「なぁ親父、町に着いたら俺にも仕事やらせてくれよな!」

「おう。品出しに片付け、しっかり働いてもらうさ」

「ええっ、それだけかよ?」

「あたり前だ。お前に客の相手はまだ早い。ま、働きぶりによっちゃあ手伝わせてやるかな」

「おう! 約束だぜ!」


 セルグの父ブラッドが率いる隊商は、二千年の歴史を持つ国ジーパの中でも、特に由緒ある隊商だ。常に良心的な商売を誇りとしていて、お客からの信頼は厚い。

 そのためセルグ自身もああは言ったものの、すぐに大事な商売を手伝わせて貰えるとは最初から思ってはいなかった。

 やがて取引をする町の手前までやって来た時、一行は町を見下ろす見晴らしのいい丘に野営の場所をとった。

 町にある門が閉じる時刻までに、今なら全速力で馬を走らせれば間に合うだろう。しかしこの辺りは治安もよく、魔物の心配もないので、そこまで急ぐ必要はない。町に着いてからの手間を考えれば、朝一で動いたほうがよほど利口だ。

 そのためブラッドは隊員に野営の号令をかけ、隊は明日へ向けて、夕日を背に早めに床へ着く用意を始めたのだった。


(う~……。便所……)


 陽が西に大きく傾いたころ、一人で隊を離れる影があった。

 明日への緊張のせいで、どうも落ち着いていられないセルグだ。


「――っふ〜……」


 セルグは用を足した後、ふと空を見上げた。

 そこにあるのは鮮血の如く、紅いあかい赤い空。沈んでいく夕日はまるで、地平線に飲み込まれていく断末魔の悲鳴のよう。


(……すげぇ……)


 まるでこの世の終わりのように。世界全てが燃え尽きるかの如く。

 あまりの雄大さと美しさに、幼いセルグは恐怖にも似た心地を覚えた。


(……。戻ろ)


 この隊商は規模が大きいので、盗賊に襲われることは少ない。護衛の用心棒もいるし、隊員も簡単にやられるような人物はいない。

 それでもこれから迎える暗闇の中、子供一人でフラフラしているのは危険だ。

 そう考えて野営地に帰ろうとしたところで、セルグは後ろから声をかけられた。


「坊ちゃん、こんなところで何してんですかい?」

「ロイ」


 このロイという人物は去年から隊に雇われている用心棒で、まだ二十歳という若さなのに、非常に腕がたつ。

 おまけに気さくで明るい性格は、セルグも含め、隊のみんなから好かれている。


「町も近いし、もう心配はいらねぇと思いやすが……。坊ちゃんが迷子にでもなったら、俺が旦那に殺されちまいまさぁ」

「こんなところで迷子になんてならねえよ! それに坊ちゃんって言うな!」

「ははっ、まあそんなに怒んないで下せぇよ。じゃあ若旦那、しがない用心棒の頼みを聞いてくれやすかね」

「……何だよ」

「明日からは大仕事ですし、もう戻って下せぇ。みんな夕食の用意に取りかかってまさぁ」

「……」


 今の今までは、すぐ戻るつもりだったのだが。ここで素直に頷いたら何かつまらない。

 大人の言葉に何故か反抗してしまうのが子供というものである。

 

(……そうだ)


「ロイと話してるほうが暇つぶしになる。しばらく話に付き合えよ」

「えぇっ!? ちっと勘弁して下せぇよ……。それに夕食の用意は?」

「今日は俺、当番じゃねぇもん。な?」

「はあ……。けど俺に何を話せってんですか。聞いて楽しい話なんかありゃしやせんよ」

「いいじゃん、何か一つくらいあんだろ? 例えばこの隊にくる前の話とかさ」

「う〜ん……」


 そうロイが呟いたと同時に、遥か遠くで最後の残光が地平線に飲み込まれた。

 その時。


「「!?」」


 突如、全ての感覚を凍りつかせた波動と衝撃。

 そこから感じるのは生物全てが知る、純粋な恐怖。行きつくものはただ一つ。



 『死』のみ。



「坊ちゃん、隊に戻りやすよ!!」

「えっ、あ……」


 突然の感覚に硬直したセルグをひっぱり、ロイは隊に向かって駆け出した。仮にも用心棒を生業として生きてきた身、この感覚、この恐怖には覚えがある。


(ちきしょう、間に合ってくれよ!!)


 丘に着いた時、まだ隊に目立った異変は生じていなかった。


「旦那!」

「ロイ! なんだ今のは!?」

「俺にもハッキリたぁわかりやせんが、すぐに荷をまとめて下せぇ!」

「待て、夜の移動が危険なのはお前もよく知っているだろう?」

「旦那、移動じゃねぇ、避難でさぁ! 俺の感覚が正しきゃあ、あれは……」


 血の気が引いていくロイの顔。握りしめられたままのセルグの右手が、潰れそうにきしんだ。


「痛ぇ! ロイ、離してくれよ」

「あっ……。すんません」

「ロイ、さっきのは何だって?」

「旦那……。あれは、あれはきっと……!」


 ロイの口が強く引き締められる。

 先ほどの感覚に不安を覚えたらしい隊員たちも、どんどん周りに集まってきている。


「どうしたんだよロイ。魔物でもくるってのか?」


 まさか、と別の誰かが漏らした。

 最近は何故か出没数が増えてきたとは言え、隊の道程には出たことがないし、このあたりは特に安全な地域だ。

 しかしその言葉に何も返せず、青を通り越して白くなっていくロイの顔に、誰もが言葉を失った。

 気がつけば今は夜なのに、悲鳴にも等しい動物の鳴き声が闇夜にこだましている。


「……。本当なんだな、ロイ」

「……はい、旦那」


 その瞬間、隊員たちは火がついたかのような混乱状態に陥った。


「い、嫌だあ! 俺は喰われたくねぇ!!」

「町だ! 町の中に逃げ込むんだ!!」


 普段の統率がとれた姿とは似ても似つかない、恐怖に慄いた彼らに、セルグはただ怯えるしかなかった。だが。


「うろたえるな!!!」


 隊商の頭、ブラッドの一喝。堂々たるその大音声に、全ての動きが停止した。


「魔物の真偽は図りかねるが、やけに不気味なのは確かだ。町に避難する、すぐに荷をまとめろ! 夜道の用意も怠るな!!」


 不安を吹き飛ばすような大音声に、一拍の間を置いて隊員たちは素早く行動を開始した。彼らの動きに、もう迷いはない。


「ロイ!」

「は、はい!」

「お前はセルグを離すなよ。異変があればすぐに伝えろ」

「承知しやした」

「魔物についてはお前だけが頼りだ。頼んだぞ」

「――はい!!」


 目の前でめまぐるしく変化する事態に対処できないまま、セルグはロイに手を引かれて移動の用意を始めた。と言っても、手が震えて上手く物が掴めない。ロイに手渡されたものを落とさないようにしているのが精いっぱいだった。


「ロイ……」

「なんですか、坊ちゃん」

「坊ちゃんて言うな! ……なあ、本当に魔物、くるのか?」

「……。この隊を襲うたぁ限りやせんよ。さ、急ぎましょう」


(じゃあ……。来るんだ)


 こんな時ほど子供は頭がよくまわる。セルグは自然と、その恐ろしい事実を受け入れた。

 やがて二人も合流し、隊が動き出してすぐのこと。


「うわっ、地震だ!」

「デカいぞ!!」


 先ほどとは違い、隊員たちは落ち着いて行動をとる。めいめいが落馬して怪我をしないよう、手際よく馬から降りたところで、ロイが叫んだ。


「みんな動くな!! ――来るぞっ!!」


 叫ぶと同時に腰の曲剣を抜き放ち、揺れ続ける大地に目を凝らした。

 やがて揺れが収まったかに思ったその瞬間。


「――はぁっ!!」


 地面から突き出した何かを、ロイは剣で斬った。

 ゴトン、と音を立てて落ちたそれは頭。巨大な百足のような、大人の体くらいある大きな頭だった。


「魔物……っ」


 誰かが呟く。

 まだピクピクと痙攣しているソレから、どす黒い血が流れ出していた。


「旦那、魔物は俺が引き受けやす! 揺れが収まってるうちに早く!!」

「……っ! ――全員騎乗!! 町まで全速力で駆け抜けろ! 荷は捨てて構わん!!」

「「承知!!」」

「セルグ、お前はこっちだ!」

「親父っ、ロイは?!」

「これがあいつの仕事だ!邪魔をするんじゃない!!」


 今までに見たことのない父の必至な形相に、セルグは言葉を失った。


「乗れっ!!」


 ぐい、と馬の上に引き上げられる。馬も極度の興奮状態にあり、走り出さないよう抑えているのがやっとのようだ。


「ハイヤッ!」


 ブラッドが鞭を入れると、馬は矢のように駆け出した。


(ロイ……!!)


 いくら用心棒の仕事だと言われても、心配せずにはいられない。

 セルグが馬上から後ろを見ると、そこには心臓が凍りつくような光景が広がっていた。


「ロイ――ッ!!」

「なっ、セルグ!!」


 セルグは走る馬からまろぶように飛び降りると、ロイのほうに駆け出した。

 ブラッドは驚いて馬を止めようとしたが、恐怖に駆られた馬は速度を緩めることなく突き進んでいく。


「ロイ、ロイッ!!」


 ロイは剣を振るい続けていたが、そこには両の手でも数えきれないほどの魔物が襲いかかっていた。

 魔物たちは最初にやられた仲間の血に興奮し、理性の欠片まで失い、その血が付着した剣を振るうロイに狙いを定め次々に襲いかかる。


「ロイッ、もうやめろよ! 死んじまう!!」

「坊ちゃん!? 何で戻って……!? 早く町へ!」


 思わぬ人物の登場に、ロイは度肝を抜かれた。なぜ居るのかは分からないが、これはマズい。


「絶対に嫌だっ!! それに坊ちゃんて呼ぶなって言ったろ!?」

「――危ない!!」


 ブンッ、とセルグの頭上で、剣が横薙に払われた。セルグの頭に生暖かいものが降り注ぐ。魔物の血だ。


「しまっ…!!」


 咄嗟のこととはいえ、ロイは悪手を打ったことを理解した。これではセルグも魔物に狙われてしまう。最悪の事態だ。


「いいから、ロイ! 逃げよう!!」

「駄目でさぁ! ここで逃げたらコイツらも町まで来ちまう!! ここで……っ、食い止めるしか……!!」


 次々と地中から現れる魔物を斬り伏せながら、ロイは必至で考えを巡らせた。

 この魔物は図体はデカいが動きが鈍く、落ち着いて対処すれば大丈夫だ。死ぬことはない。


(しかし坊ちゃんをどうする……!)


 いくら何でも、これ以上魔物が出てきたら守りきれない。べっとりと付着した血で、剣の切れ味も落ちてきている。


「……くそっ! 坊ちゃん、絶対に離れねぇで下せぇよ!!」

「わかった! けど坊ちゃんて呼ぶな!!」

「よぅし、その意気でさぁ!」


 だんだんと斬れなくなっていく剣、振るう力を失っていく腕。

 それでもロイはその場に踏みとどまった。それは己への過信でもなければ、賃金のためでもない。血に染まった剣を振るうのは、ただ応えるためだ。

 隊からの信頼に、幼い主の好意に。

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