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Piece of Legend~伝説のカケラ~  作者: 今尾実花
小話シリーズ
17/18

何度この手を汚しても《前》

 人が、嫌いだった。

 全てが、疎ましかった。

 家族も、修行仲間も、何もかもが。




「シャルーラン、こんなところにいたのか!」

「……」


 いつの間にか角度を変えていた太陽に、微睡みから覚めた目が眩んだ。

 ここはアスケイル王国の東部にある、魔法使いの修行場。その隅にある、お気に入りの木陰で寝転んでいたシャルーランは、威勢のいい声に無理やり起こされてしまった。

 シャルーランを起こした少年の名は、フレデリック。周囲に身分を隠しているが、その正体はアスケイルの王太子である。

 フレデリックは先月十三歳になったばかりだが、現王はここ最近、ずっと体調が優れない。もとから身体が弱い王なのだ。そう遠くない未来、この少年が王位を継ぐだろう。

 そんなやんごとなき身分の人物が、アスケイルでも由緒ある修行場とはいえ、なぜ魔法使いの修業場にいるのか。それは古代から続く、王家の慣習を守るためであった。

 アスケイルで王に即位するには、五大職全てで一人前の位を得なければならない。これはもはや、明文なき約定となっている。王たる者が備えるべき、最低限の素質、才覚とされているのだ。

 かつてこの条件を満たすことが出来ず、王太子として生まれながら一生を王の代理、宰相として過ごした者もいる。

 誰もが彼の為政者の才を認めながら、『王』としては認めなかった。四大国で最も伝統と格式あるアスケイル、その頂点に立つ者としての資質無し、と。

 ところで、この修業場は現在、百名近くが利用している。だが、フレデリックの正体に気がついているのはシャルーランだけだ。

 王族の顔を見る機会など滅多にないし、祭りなどで顔を拝む機会があっても、遠目から見るのがせいぜいである。その事を考えると、それは仕方がないのかもしれない。

 しかし、シャルーランとて顔を見知っていたわけではない。シャルーランの才覚ゆえに真実に気づけた、というのが事実だ。

 だが、せめて偽名を使えと本気で思ったことがあるのも確かである。しかし下手に偽名を使わないからこそ『王太子と同名の優秀な見習い』で通るのかもしれなかった。

 その王太子と言えば、同年代で二位を受けるシャルーランが珍しいのか、初対面の時から、気軽に声をかけてきた。いや、むしろ追い掛け回しているのである。


(……相変わらず鬱陶しい)


 シャルーランがこの修業場に来たのは、一昨日のこと。明後日の昇級試験を受けるためだが、そうでなければ、こんな人の多いところなんかに来ない。

 シャルーランは人というものが、とにかく嫌いなのだ。あまりにも自分とかけ離れ、並び立つことのない存在。

 フレデリックと関わりあうことすら煩わしくて、シャルーランは再び寝転んだ。だが、フレデリックはお構いなしに喋りはじめた。


「おい、俺の課題を手伝え。お前がいれば百人力だ」

「……断る」

「何故だ。寝てばかりだし、暇なのだろう」

「眠い、邪魔だ、失せろ」

「寝てばかりでは健康に悪いぞ。それと、昼ではなく夜にきちんと寝るべきだ」


 ――殺してやりたい。

 シャルーランは、確かな殺意を覚えた。

 何なんだこいつは。今までの奴らは、一言脅せば早々に立ち去った。この王太子はそれなりに優秀で、自分の殺気が感知できないほど愚鈍ではない。というか、どんなに鈍感な奴でもこの殺気はわかる。いや、むしろ裸足で逃げ出す。

 シャルーランが怒りに身を震わせると、周囲の鳥たちが一斉に飛び立った。シャルーランの発する殺気に怯えたのだ。


「ほら、さっさと来い。期限は明日なんだ」


 だというのに、王太子は何の変化もない。ここにきて、シャルーランは漸く理解した。


(……こいつ、少しはマシのようだ)


 この王太子、ただ『優秀』というわけではなさそうだ。自分には到底及ばない。が、そこらの低俗極まりない奴らとは一線を画している。自分の殺気を平気で受け流すくらいには。

 ――少しは退屈しのぎになるかもしれない。こいつなら、少しはまともな話が出来るだろう。

 シャルーランは自分でも理解していない淡い期待とともに、ゆっくりと立ち上がった。


「お?」

「……いいだろう。手伝ってやる」

「よし! では、こちらに来い!」


 他の奴ならなら確実にぶちのめしているだろう横柄な物言いも、この王太子だと、なぜか気にならなかった。

 ついて行った先は、宿舎でも最高級の特別室だった。フレデリックの家来たち――それとなく王太子の護衛や世話をしていたのは、シャルーランには丸わかりだった――は、修行場で色々と噂されるシャルーランの登場に慌てふためいた。

 だが、フレデリックはそんな状況を、声を荒げることもなく、一蹴した。


「俺の客だ。無礼は許さん」


 この言葉で、シャルーランは一層フレデリックを気に入った。

 余計な言い訳はしない。逃げることもしない。かといって、身分に嵩をきた、傲慢な物言いもしない。

 己に相応の言葉を言うだけ――。


「シャルーラン、入れ」

「ああ」


 フレデリックの部屋は特別室なだけあって豪華だったが、持ち込まれたものは衣服くらいのようだった。部屋と馴染んでいる家具は、長年使われているものだと一目でわかる。

 自分を持ち歩くのではなく、自分を変えずに周囲と馴染む。そんなフレデリックの姿に、シャルーランは、またトクン、と心臓が高鳴った気がした。


「なあ、これなんだが、どうだ?」

「見せろ」


 勧められて席についた後、フレデリックがシャルーランに手渡したのは、一冊の魔法書だった。今度の昇級試験に使われる課題だという。


「……。この程度が出来ないのか?」


 魔法書は初級の、ごく簡単なものだった。フレデリックは位こそ持っていないが、そこそこ魔法は使えるはず。


(俺の勘違いか……?)


 魔法書を捲るシャルーランは、わずかな脱力感にみまわれた。

 その理由は――分からないけれど。


「馬鹿者。最後までよく読め。この中から三つの術を選び、複合させること、と書いてあるだろう」


 ムッとした表情で、フレデリックが返事をした。みなまで言わずとも、シャルーランに馬鹿にされたと感じたのだろう。

 そんなフレデリックの態度は気にも止めず、シャルーランは言われた通りに最後まで目を通した。

 成る程、確かに最後の頁に、そう書かれている。他と字の書き手が異なるので、フレデリックが試験内容を書き留めたものだろう。

 だが、引っ掛かることがあった。この内容は一人前の試験ではなく、一つ上、四位の試験内容だ。


「何故飛び級をする? 一人前より上の位は必要ないだろう」


 シャルーランの『お前は王太子なのに』という言外の意味を理解したのか、フレデリックは嬉しそうに笑った。


「なに、俺は魔法が一番の得手だからな。少しでも上の位を目指したいだけだ」

「……嘘をつけ」

「嘘ではない。上を目指せる力があるから、一位を目指すのだ。それがおかしな事か? 今回は身分を組合に明かしているが、次は完全に実力だけで受かってやる」

「……面倒なことだ」

「ふん。王とて職を極めてもいいだろう」


 ふと、シャルーランは頬の筋肉が弛緩していることに気がついた。


(――俺は、笑っている――?)


 皮肉ではない、自然な笑みなど、何年振りだろう。最後に笑った記憶は、流石のシャルーランでも忘却するほど昔、明確な自我がない頃だった。


「その本の術程度は全て使える。お前に相談したいのは、組み合わせの相性についてだ。どうせなら派手にやりたい」

「ほう? ……いいだろう」


 気付いた時には、すでに日が暮れかけていた。

 シャルーランはフレデリックの注文通り、術の組み合わせについて、たっぷりと語り合った。得意とする術の属性が同じ水属性だったこともあり、話が思わず弾んだのだ。

 相性や利便性を求めない、独創的な組み合わせを、フレデリックはいくつも提案してきた。ほぼ『同等』の思考でありながら『違う』視点。そんなものに生まれて初めて出会ったシャルーランは、知らず知らずに歓喜した。


「よし、このくらいにしておくか。今日は世話になったな、礼を言うぞ」

「構わん。良い暇つぶしになった」

「そうか? では何かあったら、また手伝ってくれ」

「ああ、お前相手ならいくらでも」

「そうか! よし、いいかシャルーラン。俺はいつかお前を越えるぞ。王たる俺が上に立つ。首を洗って待っていろ!」

「……」


 思わずポカン、としてしまった。本当に、フレデリックは退屈させない男だ。


「く、くくく……っ」

「おい、何がおかしい!」


 もう我慢できなかった。それに、理解できた。自分がフレデリックを気に入ったこと。


「くく、く、ははははは! お前、相当な阿呆だな。そんなことを言う馬鹿は、今まで一人もいなかったぞ。現実を見ろ、くく……っ」

「馬鹿だの阿呆だの、何様だ! くそっ、だから『いつか』と言っただろう! 今は無理なことぐらい、俺にもわかる。だがな、未来とは不確定なものだ、何が起こるか分からない。それに実力はともかく、お前は対人関係を築くのがド下手だからな。それが関係して修められないんじゃないか?」

「ほう。それはお前もだろう。身分不明の不審人物なんざ、伝統ある五大職の組合が受け入れると思っているのか」

「ぬぐ……っ!」

「はは、笑わせてもらった礼だ、王太子様の秘密はばらさないでいてやる。夢見がちなお子ちゃま、ってのもな」

「それはこちらの言い分だ! 不敬罪でしょっ引いてやるところだぞ」

「そうか。では、お互いの秘密で手打ちといこう。……またな」


 そう言ってシャルーランは、フレデリックの部屋を後にした。

 本当に愉快な時だった。本気で笑うことが人生で起きるなんて、思いもしなかった。


(あの王太子になら、仕えてやってもいいかもしれない)


 国は、人の塊だ。シャルーランが忌むものが固まったモノ。王はその頂点に在る。人を護り、人を豊かにし、人を愛するモノ。

 才能の片鱗を見せ始めた頃から、シャルーランは国家級での仕官の話をいくつも持ちかけられたが、その全てを断っていた。

 煩わしいことこの上ないし、誰も己の上に立つ者の才覚を有しているとは思えなかったからだ。

 けれど、今は違う。あれは『王』だ。生まれながらにして、上に立つべき者。

 己が覇道を歩むならば、フレデリックは王道を歩む。それがフレデリックの天命。自分は、そのフレデリックと出逢った。

 人との出会いが嬉しい。あり得ないと思っていたその事実を噛みしめ、シャルーランは胸の奥が温かくなるのを、確かに感じていた。

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