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Piece of Legend~伝説のカケラ~  作者: 今尾実花
十年前シリーズ
12/18

愛しの町:リューン

 十二の時、流行り病で両親を亡くした。

 精霊使いなのに武闘家並みに筋骨隆々として逞しかった父。その父が、最後は枯れ木のような姿で朽ちていった。

 その死に様が、目蓋に焼き付いて離れない。




「リューン、準備は出来た?」

「はい、姉さん」


 それから四年。私は十五歳になり、精霊使いの位も順調に上げていた。

 三つ違いの姉は二人きりとなった時、誰かを頼ることを良しとしなかった。既に精霊使いとして一人前の位を得ていたこともあり、二人で暮らすことを選んだのだ。

 しかし精霊使いの職は、収入を得にくい。町や国と契約して働かなければ、最高位でも無収入だ。

 そこで姉は生来得意としていた魂読みの術で他者の気の色を読み、それを見せ物として生活費を工面してくれた。そんな優しい姉は生まれつき目が見えない。しかし、それを補うかのように強い霊力を備えている。

 そもそも両親は代々シェルマスに暮らしてきた家系であり、その血を引く自分たちは、生まれつき霊力が高い。その力を活かし、家族は精霊使いの職を選んだ。精霊王の御力が最も強い、この町で。

 シェルマスの根幹とも言える力、霊力。その力を精霊族と契約することで、この地に幸福と安寧をもたらす役割を担う。そのため組合員は少ない弱小の職だが、全員が職に誇りを抱いていた。


「昇級試験、頑張ってね。お祝いの用意をしておくから」

「やだなぁ、緊張しますよ姉さん」


 この試験に受かれば七位。まだまだ下位だが、この位から町で公職に就くことが出来る。例え下っ端でも姉の負担を軽減できる事が嬉しくて、まだ試験すら始まっていないのに心が軽かった。


(ああ、楽しみですねぇ)


 不自由な目をものともせず、十五の時から働いてきた姉。その後ろ姿を見送りながら、何の力にもなれない無力な自分が口惜しくて堪らなかった。

 どれほどこの時を待ち望んだことか。

 両親を亡くした年、私はすぐに三年間の修行に入った。天才と言われた姉に少しでも追いつくために、仲間内では荒行とまで言われている方法をとったのだ。

 その暮らしは荒行の名に相応しく、過酷なものだった。霊力を最大限に引き出すため、常にわざと制限して生活した。

 それまで術で霊力を用いる時、私は術者の間で『道』と呼ばれる、初歩の段階を踏む必要がなかった。道を探さずとも、自然と霊力が身体に満ちていたからだ。

 しかし負荷をかけると霊力は身体の奥深くに潜ったかのようになり、使う時に非常に苦労するようになった。そのため無駄に霊力を消費すれば、すぐに尽きてしまう。奥底に眠る力を引き出すのは、並大抵の努力ではない。

 そうやって術の根幹である霊力の扱いを基礎の基礎から身体に叩き込み、一切の無駄をせず霊力を用いるようにしたのだ。

 学問の分野は記憶力が抜群だったこともあって、さして苦労はしなかった。それでも毎日何時間も書物を読んで課題を師匠に提出する、というのには正直辟易したが。

 肝心の精霊族との契約は、最初の交渉の仲介役は師匠に手伝ってもらえたが、以降は自分自身を精霊族に認めてもらうしか方法はなく、相性や運が大きく左右する。

 既に両親や姉が契約済みだったため、私は信頼を得やすく、簡単に契約を結べた。最初に呼び掛けに応じてくれた水の精霊族と相性が良かったのも幸いした。


 人族がいくつもの民族に分かれるように、精霊族には固有の分類がある。

 光、闇、水、炎、風、土、鋼、緑。属性と呼ばれるその分類ごとに、彼らは得意とする術が異なる。

 また光の精霊族は闇の精霊族と仲が悪い、といったように八つの属性は陰陽に二分され、反対側の属性と契約するのは多大な労力を要する。

 七位に合格するためには二属性以上と契約していなければならないが、既に五位相当の四属性と契約を終えていた。そのため、合否に一抹の不安も抱いていなかった。


 試験は朝から昼にかけて行われた。今はもう、太陽が中天に昇っている。結果が発表される日暮れまでの時間を潰すのも兼ねて、私はその日、久しぶりに市へ食事へ出掛けた。


「やあリューン。今日はいい魚が入ってるよ」

「わぁ、本当ですねぇ。けれど今日は姉さんが食事の支度をしてくれるんですよー。なので、また今度」

「そうかい。じゃあ明日はよろしくな!」

「はいー」


 馴染みの店主と挨拶を交わし、近場の屋台に席をとった。ここも両親が存命の頃から通う店だ。


「よぉリューン。今日は試験なんだって? 調子はどうだ?」

「自信ありですよー。どうです、前祝いなんか」

「あっはっは! よっし、いいぜ、今日は奢ってやる。その代わり落ちたら倍返しだからな」

「ええ、大丈夫です!」


 この市場の店主たちは、幼いころから自分たち姉弟を可愛がってくれる人ばかりだ。ただ最近は郊外に巨大なカジノがいくつも建設され、そちらに客足が向かうようになってしまった。

 それでもこの明るい人々が大好きで、私はなにかあれば、必ずこちらの市場にやってきていた。


「ティティスのほうはどうなんだい、最近は試験の話は聞かないが。まだ一位じゃないだろ?」

「はいー。姉さんの試験は、今年の夏に行われますよー。受かったら三位です」

「そりゃあ凄いな! その時はまた来いよ、ティティスも祝ってやらにゃあ」

「ありがとうざいますー」


 大好きな町。大好きな人々。この町と人々の支えになれるのなら、多少の苦労など厭わない。


(まあ、町の外に興味がないと言えば嘘になりますが……)


 姉と町と、自分の夢とを天秤にかけて、それがどちらに傾いているのか。その事実から必死に目をそらし続ける。姉と町の支えになりたいという気持ちに、嘘はなかったから。

 やがて日暮れを迎え、高揚した気分を抑えられないままで結果を聞きに組合へ戻った。もちろん合格の判定を受け、早々に家路につく。


(ああ、早くしないと日が完璧に沈んでしまう)


 姉の待つ我が家はもうすぐだ。そう思って地平線の向こうに沈む紅い夕陽へ視線を向けた時だった。


「!!?」


 異界の精霊族と出会った時のような、しかしそんなものとは比較にならない、おぞましい恐怖が身を襲った。

 何があったのか考える間もなく、ただ家に急ぐ。


「姉さん!! 無事ですか?!」


 失うのではないか。自分はあの日のように、何も出来ぬ無力な存在のまま。


「リューン。私は大丈夫よ」


 幸い心配は無用だったようで、姉は無事だった。自分と同じように、あの身も心も凍りつく恐怖を感じはしたらしいが、傷一つ負っていなかった。


「姉さん、今のは一体……」

「分からないわ。ただ、あんな強い波動はもしかして……」


 そのティティスの言葉を遮り、町中に壮絶な悲鳴がこだました。


「!?」

「リューン、町の様子がおかしいわ。行きましょう!」

「は、はい!」


 目が見えぬことが嘘のように、姉は駆け足で悲鳴のしたほうへ向かう。私たちはそこで見たものに目を疑った。


「なん、で、魔物が町に……!?」


 広場は複数の魔物に占拠されていた。その口腔は紅く染まり、足もとにはおぞましい肉塊が幾つもある。鉄錆の匂いが、だいぶ離れたこの場所まで漂ってくる。

 ――人を、喰らったのだ。


「天を往く風よ、善きものをもたらす風よ。今ここにその力を示し、我にその力を貸し与えたまえ!」


 ゴオッ、と強烈な風が吹き抜ける。ティティスが召喚した風の精霊が、風の力で魔物をその場に縛り付けたのだ。


「姉さん、これは……!」

「迷っている暇などないわ! 早急に組合に行き、他の精霊使いをここに呼んできて! ここは私が押さえるから!」

「そんな」

「いいから早くしなさい!!」

「っは、はい!」


 久しぶりの姉の怒声に、思わず怯んでしまった。私は姉の身を心配しつつも、確かに言う通りにすべきだと思い、組合に走った。


(光の精霊と契約を結べていれば……!!)


 風と水の精霊はすでに契約している。あとは光の精霊さえいれば、術で相手に意思を伝えることができるのに。


「組合長!」

「おお、スィーバルか!」

「町の広場に複数の魔物が押し寄せています! 早く救援を! 姉さんが一人で抑え込んでいるんです!!」

「分かった、すぐに……」


 組合長の言葉も半ばに、私は姉のところへ全速力で引き返した。姉は稀に見る霊力の持ち主とはいえ、もともとの体力がない。あれだけの魔物が本気で暴れれば、すぐに力尽きてしまうはずだ。

 失ってなるものか。このために力を求めたのに。無力が、嫌だから、頑張ったのに!


「凍てつけ、真なる水よ! 高き空を往く風によりその力を変え、我にその力を貸し与えたまえ!」


 私は走りながら、ありったけの霊力を込めて呪文を詠唱した。

 すると空から巨大な霰が降り注いだ。それはまるで矢のような鋭さを得て、魔物の表皮に深く突き刺さった。最も親しい風と水の精霊の力を同時に借り、水を一瞬で凍らせたのだ。


「姉さん!」

「リューン」


 さすがのティティスでも魔物を抑え込むのが精一杯だったらしく、先ほどの術以外、なにか施した形跡は見られなかった。


「すぐに組合の皆が来ます。もう大丈夫です!」

「ええ。私もだいぶ慣れてきたわ。このまま場を保つくらいなら大丈夫。だけど、リューンも力を貸して頂戴?」

「はいっ」


 姉と同じように、風で相手を縛する術を行使する。魔物はわずかに抵抗を見せたが、先ほどの氷の粒手にだいぶ体力を削られたらしい。すぐに大人しくなった。


(だけど、なんで魔物が町に……)


 このクルツァータは精霊王の加護を受けし町。結界が張ってあるわけではないが、その高い霊力を嫌い、魔物や妖獣など、人に害を与えるものは近づかない。

 それが、何故。


(まさか、先ほどのアレで魔物が興奮して我を失った……?)


 それならば、なんて悲しいことだろう。人を襲った魔物は、絶対に処分しなくてはならない。よく見ればここにいる魔物たちは、普段は人を襲わない種族ばかりだ。

 先ほどは無我夢中で術を放ったとはいえ、この魔物たちの行く末を思うと辛くなった。あの恐怖そのもののような波動さえなければ、この魔物も、魔物に襲われた人々も、健やかに暮らしていただろうに。


「リューン、皆が来たわよ」

「――っあ」


 殺さないで。そう、叫びたくなった。

 しかし、この魔物は人を喰らった。人の味を覚えてしまった。そのため、逃がせば再び人を襲う危険性がある。

 あの恐怖を発したヒトを恨めばいいのだろうか。――いや、それも違う。あれは恐怖だったけど、それ以上の苦しみだった。悲しみだった。そして、絶望だった。

 泣かないで。そうとしか、願えないくらいに。



 やがて月明かりの下で断末魔の悲鳴をあげ、次々にくず折れていく魔物たちを、私はどこか遠い眼差しで見つめていた。




「リューン、お願いがあるの。ゼフさんにこれを持って行ってくれないかしら」

「はい、分かりました」


 それから、十年。あの事件で『使える』と目をつけられたのか、私は組合い束縛されていた。あれだけ愛していた存在も、今はその思いが根底から揺らぎ始めている。


「今の時間はカジノにいらっしゃいますかねぇ」

「そうね。夜も遅いから、気をつけてね」


 そうして出会う。揺らぐ思いも迷いも全て吹き飛ばし、自分で立ち向かうことを教えてくれた人々に。大切なものを守る、その術を与えてくれた愛しい人々。

 ――その愛しい人々と出会う前。あのおぞましい出来事の後のこと、帰宅した姉はとある考えを示した。


「あれだけ強力な波動……。もしかして、界王様の血族ではないかしら。血族は界王力を持つわ。あれだけ強力なのに、特殊力ではないのだもの……」


 その考えに私は同意した。それ以外、あの絶望の感覚に説明がつけられなかったからだ。やがてこの答えは、旅の途中、思いもよらぬ形で知ることになる。

 ただ、この時の気ともう一つ、似たような気を――二つの血族の力を感じ取った姉が、私をその一行に加えようと画策して動いたとは、三月の修行の間に初めて知らされた事実であった。

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