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Piece of Legend~伝説のカケラ~  作者: 今尾実花
十年前シリーズ
10/18

優しい歌を貴方に《後》

 ――よんでる。

 だれかが、かなしいこえで。はやく、こたえなきゃ。



 揺らめく意識の中、ローザンは誰かの声を聞いた。

 大事な人の声だ。ああ、泣いている。喪失に怯えて泣いている。お願い、泣かないで。


(いま、こたえるから)


 重い目蓋をゆっくりと開けると、そこには泣き崩れるマオの顔があった。

 ――さっき夢うつつに聞いた泣き声は、マオだったのだろうか。


「……マオ。泣かない、で……」

「ローザン!」


 どうやら自分は、火占いの最中に倒れたらしい。今、マオに膝枕をしてもらっている状態だ。

 だけど身体に全く力が入らないなんて、こんな代償は初めてだ。


「良かった、気がついて……。このままだったらどうしようかと……」

「心配かけてごめんなさい。マオ、母様は?」

「それが……」

「?」


 目をそらしたマオを不思議に思ったが、そういえば――何か変だ。

 ローザンは何とか身体を起こすと、ゆっくりと辺りを見回した。


「な、何よここ……」


 まるで夕焼けの世界だ。

 全てが真っ赤な場所だった。空も大地も――いや、その境すら見当たらない。ただ、赤だけが広がっていた。

 呆然とするローザンに、マオがぼそぼそと事態を説明してくれた。到底、信じられるものではなかったが。


「あの、ね。ローザン、火に飲み込まれたのは覚えてる?」

「え、ええ。そこまではしっかりと……」

「私、咄嗟にローザンの手を掴んだ。そしたら、私も火に飲み込まれて……」


 火占いは失敗だった。呪文詠唱が終わる前に、中心の術者が火に飲み込まれたのだから。

 ただ、マオはローザンが炎に消えていく姿を見ているだけなんて出来なかった。たった一人の、何よりも大事な友達なのだ!

 だから手を掴んだ。そうして一緒に火に飲み込まれ、目を瞑った――。


「だけど、熱さを感じたのは一瞬だった。驚いて目を開けたら、もうここにいて……」


 占いが失敗した場合、術者は様々な代償を払わなければならない。それが未来を知ろうとした、分不相応なことをしたツケだ。

 しかし大抵は多めに霊力を削がれるだけで、火占いのように身に危険が及ぶものは少ない。

 かといって、火占いでも術者をどこかに飛ばすなんて聞いたことがない。おまけに手を繋いでいた者まで一緒に飛ばすなんて。


「そんな……。どうしましょう、帰れるのかしら」

「……分からない」


 見たことも聞いたこともない赤い世界で、無力な子供が二人。怯えるなというほうが無理だった。

 それでも、まだ心は失っていない。二人なら、立ち向かえる。


「マオ、占具は持ってる?」

「うん。札なら……」

「じゃあ、占いましょ。私とあなたなら、必ず答えが出せるわ。ここが何処なのか、どうやったら帰れるのか」

「ローザン」

「風は凪いでも、いつかはまた吹くわ。でしょう?」

「――うん!」


 マオは懐から一組の札を取り出すと、赤い地面に置いた。擦りきれて手垢が滲んだ札は、一目で使い込んだことが分かる。

 母の、形見だった。


「マオは札占いが一番得意だものね。ふふ、頑張りましょ」

「うん。ローザン、さあ札をきって」

「任せて!」


 ローザンとて占者の修行は積んでいる。札をきる手に迷いはない。

 札の山を二つに分け、それを両手で円を描くように三回、かき混ぜる。

 そしてまた一つに纏め、同じことを三度繰り返す。終わったら山から札を取り、右回りに一枚ずつ伏せていく。


(待っててね、父様、母様、みんな。必ず帰るから)


 ――私には待ってる人がいる。絶対に帰らなきゃいけないのよ!

 そう心の中で叫んだローザンは、最後の――十三枚目の札を円の中心に伏せた。


「さあ、札よ。導いて。示して。私たちが進むべき道を」


 そう言うとマオは、北と南の場所にある札を表にした。

 場を作るまでがローザンの役目。ここからはマオの領分だ。

 位置や向き、組み合わせ。それらが一つでも違えば、全く別の意味になる。それが札占いだ。いくつもの意味を持つ札を、ゆっくりと、読み解いていく。


「大いなる力。門、扉」


 示された絵札の内容。そこに表されたものを読み取りつつ、新たに東と西の場所の札をめくる。


「進展、前進。……後退、後戻り」


(……?)


 全く逆の意味を持つ札が出たことに違和感を覚えつつも、次の札、北と東の間にある札を返した。


「神、精霊。大地」


 ――何かが、おかしい。


「声、歌。漆黒、夜」


 だが占いを途中で止めれば、占者に何らかの影響が出てしまう。だから違和感は拭えないが、このまま続けるべきだ。

 そう考え、マオは再び札に意識を集中させた。

 南と西の間の札。続いて北と西の間の札を表にする。


「赤、夕焼け。月、黄金」


 さらに、輪の残り二枚をめくった。


「子供。愛、友情」


 そして、最後の中心の札を。


「――絶望、死……」


 間違いなく、今は最も見たくない札だった。

 禍つ事を示すこの札。


「死の札……。けどマオ、他の札の解釈が分からないわ」


 死の札は禍つ事を示す札。けれど組み合わせ次第では、乗り切るべき困難などを示す場合もある。ただ忌むような札ではない。


「こんなの、私も初めて。だけど……」


 いつもは札が答えを教えてくれるかのように、いとも簡単に読み解くことが出来る。なのに今回は、複雑な暗号でも示された気分だ。

 だけど一つだけ。この答えだけは、すぐに分かった。


「幼い誰かが、友を失う……」


 マオが告げた解釈にローザンは絶句した。

 幼い誰かが、友を失う?


(嫌よ、そんなの!)


「マオ、他の札は!?」

「落ち着いて、ローザン。……札はただ、大いなる力とだけ……」


 マオは死の札の上に手を置き、小さく息を吐いた。


「もう一度……」


 まだ札は動かしていない。示された答えを、読み解かなければ。

 途端に、辺りの空気が変わった。マオがありったけの霊力を札に込めているのだ。全神経を集中させるため、瞳が空ろになる。まるで別の世界を見ているかの如く。

 ローザンは唇を噛みしめた。この先は何の力にもなれない。マオに全ては託された。

 ――唐突に、マオの瞳に力が戻った。


「ローザン、これは一つずつ読み解くの!」

「え?」

「死の札が中心で、大いなる力……神の札が最初。そして、始まりと終わりの札。これらは『段階』を示してる」

「成る程。どうりで謎かけみたいな並びなわけだ」

「一緒に読み解こう。まず最初は神の札と、扉の札」

「この場合は神と言うより、大いなる力のほうが良さそうね。入り口を示す位置だもの。扉は……、出口だし、そのまま?」

「うん。そうなると……」


 そこでローザンは閃いた。


「大いなる力。あの扉よ、マオ」

「前に長老が言ってた『界王の扉』ね。それが始めの場所にあるなら、この札は……」


 ――見えた。


「『界王の扉から来た者が、幼子の友の命を奪い、月夜の大地を赤く染める。その大地より大いなる力を与えられるも、神の……界王の力により、帰りは死の扉へと。愛情を知らぬ孤独と絶望の歌によって』」

「え? マオ、それは私たちの帰り道に関係はないんじゃ……」


 ふるふる、と小さく頭を横に振った。そして、マオは札を通常の逆から一つずつ示し始めた。


「『絶望の淵より帰す幼子。真紅の大地を黄金の力をもって、漆黒の時へと。愛に満ち溢れた喜びの歌で入り口は開かれる』」

「逆さ読み……! そうか、私が札を切ったから。向かいにいるマオが求めた答えを導くためには、逆さから読む必要があったのね!」


 今になってみれば、どうして最初からそうしなかったのだろうかと思うほどだ。逆さ読みはそんなに珍しい手法というわけでもないし、むしろこんな場合なら、やって当然だ。

 やはり当代随一の占者とはいえ、二人はまだ子供。焦りが勝って本来の力を発揮できずにいたのだ。


「――ローザン、ここは……この札で示された子の心の中、ってことみたい」

「心の中、ね。どうやら界王の血族みたいだし、そんな凄いこともありなのかもね」

「今の私たち、精神体なんだと思う。本当はきっと、眠ったまま。……この子は誰かを呼んだ。孤独と絶望が深すぎて、赤が怖くて、一人じゃいられなくて」

「その『呼び声』が火占いの時と重なっちゃったのね。術中は何かと不安定だし、繋がっちゃったのかしら」

「きっとそう。さあ、ローザン。答えも出せたし、帰ろう」

「ええ。『愛に満ち溢れた喜びの歌』だったわよね」

「うん。ローザンは何がいいと思う?」


 歌。霊力を用いる術者として有名な、吟遊詩人たちが吟じるもの。

 願いを、力を、夢を、希望を、愛を。すべてを託し、籠めるもの。


「そうねぇ……。ララ、かな」

「ルマの子守唄を?」

「だってララは、子供が生まれてきてくれたことを喜び、愛しむ歌よ。聞き手も子供なんでしょ? だったら、ララがいいわよ」

「……うん。そうだね。ララがいい。想いは、きっと届く」

「じゃあ歌いましょ、マオ。私たち一族の子守唄。風にのって、喜びをみんなにも伝える歌を」


 ローザンを皮切りに、二人の歌声が赤の世界に満ち溢れた。

 優しい、それは優しい歌だった。

 旋律も歌詞も、全ての愛と思いやりを音と言葉にしたような、そんな優しい歌だった。


『――生まれた吾子。可愛い子』

『ありがとう。生まれてきてくれたことに、お礼を言いましょう』

『愛に満ち溢れて生まれた吾子。これからもあなたを愛で満たしましょう』

『『ララ、ララ。風にのって歌が広がる。この歌声はあなたの笑顔のために』』


 二番を歌おうかな。そう考えたローザンは、なぜか急に瞼が重くなってきた。

 そうして薄れ行く意識の中で――何故か、真っ赤な月を見た。


「ローザン!」


 重い目蓋を開けると、涙に濡れた母の顔があった。


「良かった、目を覚まさなかったらどうしようかと……!」

「母様」


 ローザンは体を起こそうとしたが、体が重く、起き上がることが出来なかった。それでも何とか視線だけを動かして周りを見れば、どうやら自宅の天幕に寝かされているらしい。


(『帰って』これたんだ……)


 だけど――自分たちを呼んだ子は、どうなったのだろう。

 神に等しき界王、その血族。それなのに友達を失った、と札占いに出たあの子。

 一体、何があったのだろうか。


「母様、マオは……」

「ロザリア様、マオが目を覚ましました!」


 ちょうどいい具合に、天幕にマオの世話していた女性が駆け込んできた。


「良かった、ローザンも今、目を覚ましたところなのよ」

「ああ、本当に良かった! 私、みんなに伝えて来ますわ」

「ええ、よろしくね」


 パタパタと駆けていく女性を見送ると、ロザリアがローザンの頬を撫でた。

 優しい、母の温もり。


「こんな事態は初めてで……。あなた方が炎に飲み込まれたときは、心臓が止まるかと……」

「……母様」

「……あの後、輪に加わっていた占者たちが……。火占いを終わらせたわ」


 微かに揺れる母の声に、良くない結果だ出たのだと悟った。


「……長は、……」


 ああ、そのさきをいわないで。かあさま。


「……あの人は、亡くなったと……!」


 ボロボロと零れる母の涙は、ローザンの頬をつたい、枕に染みをつくっていく。


(そっか。あの、嫌な予感は……)


 死をもたらす風が、緩やかに私の頬を撫でたのだ。父の命をもらいうける、と。

 悲しみ、絶望したローザンに、再び強い脱力感が襲ってきた。ローザンはそれに逆らわず、絶望とともに深い眠りへと落ちていった。




「母様、風使いで四位に昇級出来たわ!」

「まあ。おめでとう、ローザン」


 長を失うという突然の事態から、はや十年。

 ルマはそれなりに平穏を享受していた。


「今夜は秘蔵の酒で一杯やりましょうか。明日には町に着くものね」

「やった!」


 現在は亡き夫の後を継ぎ、当時まだ幼かったローザンの代わりに、ロザリアが中継ぎとして長を務めている。しかし、来年の夏、その座はローザンへと譲られる。


「ベカザの町も久しぶりねー。去年は来なかったし」

「一年もあれば、随分と様変わりするわ。それが旅の楽しみでもあるのだけれど」

「そうよね」


 あの日、長ベルンは亡くなった。

 群れるはずのない性質である魔物の大群に襲われ、酷い最後を迎えたのだ。

 ただ、運が良いのか悪いのか、それは謁見中の出来事だった。

 ベルンや同行した男たちは、一族でも特に有能な風使いや吟遊詩人だった。彼らだけならば、簡単に逃げられただろう。

 しかし、眼前の領主を見捨てるわけにはいかなかった。自分たちが魔物をけしかけたと判断されるかもしれないし、見捨てて逃げれば今後の関係に支障をきたす。それだけは避けなくてはならなかった。

 そうしてベルンは命を落とした。領主を庇って魔物の爪に引き裂かれ、牙に貫かれ、食い千切られて。

 ベルンの血肉を浴びた領主は逃げ延びた後、しばらく茫然と立ち尽くしていたという。何を思ったのかは知る由もないが、ベルンに命の恩を感じたらしい。自分の領内を流浪するときは許可を申請する必要はない、と生き残ったルマに、その場で申し渡したのだった。

 ルマ六名のうち、ベルンを含め、襲撃時の死者は三名。手や足を喰われるなどの重傷者二名。彼らは数日後、一族に戻ることなく亡くなった。そして片目を失った『軽傷者』、一名。ルマ唯一の生存者となった彼が、一族に事件の全容を伝えることとなる。

 領主の配下の被害はこの数倍で、惨憺たるものだった。そのため領主がベルンに恩義をどれだけ感じていようとも、通行許可以上の見返りは不可能だった。税を納めていないルマに報奨を与えれば、領民の不満が爆発してしまう。

 よって、これが領主の精一杯の恩返しなのである。

 ただ、ルマの一族は仲間や長を亡くしたことは嘆き悲しんだが、この見返りに関してはさして不満を漏らさなかった。

 彼らには『自由』こそが真理であり、最大の宝だからだ。

 その後もこの領主は、周辺の領主たちに申請撤廃の働きかけを続けてくれている。そんな事情もあって、ルマで彼を恨んでいる人物はいなかった。


「ねえ母様、マオのとこ行ってくるわ。町に着いたらお互いに忙しいし」

「ええ、いってらっしゃい」


 ローザンは組合から帰ってきたばかりだというのに、家で寛ぐこともせずに天幕を飛び出した。


「マオ、ただいま!」

「ローザン、おかえり。試験、受かったね。おめでとう」

「あら、占ってくれてたの?」

「ううん。ローザンが嬉しそうだから、受かったんだろうな、って」

「あはっ、あたしが分かりやすいのね。ま、隠すことでもないしね」

「うん。喜んでるローザンは、みんなを元気にさせるから、いいと思う」

「ふふ、ありがとう」


 あの不可思議な出来事を経て、マオは占者としての力を一層強くしていた。自分の精神面がさらけ出された、という点が何か影響したのかもしれない。

 しかし面倒ごとを嫌ってか、マオは一人前の位以上は昇級試験を受けなかった。


(あれから、十年)


 大きな変化はなかった。けれど、これから起こる。


(ローザン、ごめん。一つだけ、嘘ついた)


 ローザンが組合に赴いている間に、マオは占いをした。試験の合否も気になったが、そのくらいは正確に結果をつかんでしまうから、知ってしまうとつまらない。

 それに今回の試験は、不安がなかった。だから占った。今後の展望、ローザンの行く末。


(赤い月が訪れる。十年前の、あの子。春の太陽と、夏の太陽が隣に)


 父の残酷な訃報を受けて、幼いローザンは前後の記憶を部分的に欠落してしまっていた。覚えているのは火占いをやったことと、父が亡くなったことのみだ。

 あの不思議な赤い体験は、いまはマオのみが知る。


(来るよ、ローザン。あなたの、運命の歯車を回す人たちが。あなたを、ルマという籠から連れ出す人たちが)


 もう長には伝えてある。ローザンは飛び立つ。世界という広い世界で風になる、と。


「……ねえ、ローザン」

「ん? なに、マオ」

「……。ううん、何でもない。ベガザの町、楽しみだね」

「どうしたの、マオったら。珍しいわね。けど、確かに楽しみよね。あの町、大きいし」

「うん。凄い、楽しみ」


 ――いつか、帰ってきてね。


(これ以上はローザンのこと、占わないよ。未来に希望を託すために)



 そして綺麗な満月の宴に、彼らはやって来る。

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