96:フルムス攻略作戦第一-1
「やっぱり待っている暇はなかったわね」
フルムス攻略作戦の作戦開始まで残り30時間あるかどうかと言う頃。
その気配を察知した私はミラビリス神殿の一室で目を覚ますと、直ぐに部屋から飛び出して、神殿の外に出た。
「エオナさ……」
「『スィルローゼ・ウド・ミ・ブスタ・ツェーン』、『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』」
隠蔽スイッチを解除、代行者としての姿を表す。
その上で強化魔法を発動し、周囲一帯の地面を埋め尽くす量の茨を馬の形へとまとめあげて跨る。
「何をする気?」
「状況が変わったわ。二人ともミラビリス神殿の敷地から出ずに防戦に徹しなさい。この先、レベル50にも満たないようなプレイヤーを守る余裕は私程度ではないわ」
「……。とりあえず極めて拙い状況だとは理解したわ」
シュピーとシュピーの本体も私に続く形で外に出て来ていて、それから直ぐにリービッヒ神官たちも出てくる。
だが、詳しい事情を彼らに話している余裕はない。
「じゃ、なんとしてでも生き延びなさい。悔いなく生きるのも生きていてこそよ。『スィルローゼ……』」
だから私は茨の馬を走らせて、何時も使っている補助魔法を発動しつつ、ミラビリス神殿の外へと向かう。
そして、既に異常事態を察してくれている路地様の力で空間を捻じ曲げ、本来の出入り口である路地ではなく、人目に付かない家屋の屋上へと飛ばしてもらう。
「さて……」
人目に付かない家屋の屋上に出た私が見たのは?
金色の装飾が目立つファシナティオの屋敷全体から煙のように立ち上るのは、あらゆる属性の魔力と普通の人間が見ればそれだけで吐き気を催すであろう濃さのヤルダバオトの力。
そして、微かではあるが地面が揺れ始めているようであり、空に浮かぶ月は金色ではなく血のような赤に変色しつつあるようだった。
「邪魔をする気はあるのかしら?」
「いやない。手を出されない限り、吾輩は安全圏で観測に勤しませてもらう。貴様とファシナティオの戦いの様子は良い研究材料になるだろうからな」
私の隣に皆識りの魔骸王メンシオスが何処からともなく現れる。
だが、本人の言葉通り、敵対する意思は無いのだろう。
カメラのようにも見える道具をその場に置くと、自分の周囲に中に居る間は攻撃することが出来ないが、外からの攻撃にはとにかく強い防御用かつ出入り自由な結界を張り始める。
本音を言えば、メンシオスに私の手の内は知られたくないのだが……今の状況はそんな事を言っていられるような状況ではないから、これはもう諦めるしかない。
「しかし、吾輩、ファシナティオの奴を見くびっていたようだ。まさか、貴様に敗れて逃げ帰ってから、たったこれだけの時間でこれほどの物を作り上げるとは」
「そう、急ごしらえでこれなの。これだから行動力はある馬鹿は厄介なのよ」
私とメンシオスは改めてファシナティオの屋敷を見る。
属性についてはまあいい。
問題は本来は目に見えるはずのないヤルダバオトの力が、こうしてはっきりと目に見えるほどの濃さになっている点だ。
「はぁ。よく悪徳神官なんかは、信仰を食い物にしていると言われるけれど、他人の信仰を文字通りに食って自分の信仰にするとは思わなかったわ」
「吾輩もこの手法については思いつかなかったであるなぁ……恐ろしきは常識の無さか」
原理としては単純だ。
とにかくヤルダバオトに対する信仰値を高め、ヤルダバオトから注がれる力の量を増やす。
すると、異常なほどに濃くなった力が勝手にこう言う反応を示すのだから。
問題はそれをどうやって為したのか。
詳細は分からないが……概要は分かる。
フルムスに居る他のヤルダバオト神官の信仰を奪い、自分の物として加算したのだ。
それこそメイン信仰の信仰値カンストである255を大幅に超える様な量を集めたのだ。
「ま、今ならまだ、対処は出来るでしょう」
「うむ、流石にアレをファシナティオに制御できるとは思えないから、手を出すなら今だろう。放置しておけば……まあ、明日の朝には世界の滅びが始まるだろうな。カッカッカッ」
だが、信仰を集めただけで制御はまだ出来ていない。
もし制御が出来ているなら屋敷の外に漏れ出るようなことは無いだろうし、そもそも既に私もメンシオスもファシナティオに魅了されて自害くらいは済ませているだろうから。
尤も、メンシオスの言うとおり、これほどの量の力を放置すると、それだけで別の問題を生じさせ始めるのだが。
「じゃ、黙って見ていなさい。『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』、『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』」
私はアイテム欄から取り出した二本の槍に強化魔法を発動した上で、自分の足元に向けて『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』を発動し、茨の槍が飛び出す勢いを利用して深夜の空へと跳び上がる。
「さて、開戦と行きましょうか……『スィルローゼ・プラト・ワン・グロウ・ツェーン』、『サクルメンテ・ストン・ネクス=スペル・ディレイ・フュンフ』、『スィルローゼ・プラト・ラウド・スィル=ベノム=ソンカペト・アハト』」
両手に持った青く輝く二本の槍が一気に肥大化する。
そして、その両方の穂先に魔法が宿り、カウントダウンを開始。
それと同時に私は二本の槍を……
「ファシナティオ!」
ファシナティオの屋敷に向けて全力で射出した。




