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信仰値カンストの神官、我が道を行く  作者: 栗木下
2章:フルムス

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91:ミラビリス神殿にて-3

「彼女が何をしたのか……ですか。簡単に言ってしまえば、彼女はここに居る大多数の方にとって、命の恩人なのですよ」

「恩人?」

「ええそうです」

 リービッヒ神官はそう言うと、シュピーの本体が『悪神の宣戦』直後に何をしたのかを語ってくれた。

 で、その内容をまとめるならばだ。


「路地様との交渉に避難民の誘導。メンタルケアに食料供給の為の開墾や種の確保。必要なら格上のヤルダバオト神官との戦闘まで、か。レベルではなくプレイヤー自身の素質による成果の山。なるほど、貴方たちが別格の待遇にするのは納得できるわね」

 正に聖女と言うに相応しい働きようだった。

 今のミラビリス神殿がフルムス内部で最後の砦と化しているのは、間違いなく彼女の功績だろう。

 だが悲しいかな、シュピー本体の資質がどれほど優れた物であろうと、彼女自身のレベルは40にも満たない。

 そして、そのレベルでは高レベルのプレイヤー相手が力押しで来た場合にはどうしようもなくなってしまう。

 故に彼女はフルムスをヤルダバオト神官たちの手から救い出すことが出来ず、ファシナティオが現れた事によって影響力を増したヤルダバオト神官たちによって捕らえられることになった。


「それで、その後はどうなったの?シュピー」

「……」

 私はシュピーに視線を向ける。

 ミナモツキの能力上、シュピーならば本体に何があったのかはほぼ全て把握しているはずだ。


「私の本体に何があったのか、聞かせるのはエオナさんだけでお願いします」

「分かりました。では、私たちは失礼しましょう。明後日の作戦開始に備える必要もありますから」

「そう……だな」

「だねー」

「分かった。ああ、エオナ様、後で私の所に来てください。必要な物があれば、渡せる範囲で渡しますので」

「分かったわ。じゃあね」

 リービッヒ神官たちはそう言うと部屋を後にし、部屋の中には私たち三人だけが残る。


「エオナさん、私にあるのは今の私が作られる以前までの記憶だけです。ただ……それでも、他の人には聞かせたくない話ばかりになります。直接体験していない私ですら吐きたくなるような、そんな記憶です。それでも聞いてくれますか?」

「……。聞くわ。どんな話でも、貴方が話したいと思った範囲で」

「ありがとうございます」

 前置きをした上でシュピーが聞かせてくれた話は本当にヒドイ物だった。

 シュピーの本体を捕らえたファシナティオはまず自分に力づくで傅かせた。

 この事でヤルダバオト信仰が成立し、ヤルダバオト神官に彼女はさせられた。

 だが所詮は形だけの信仰。

 彼女はリポップ能力を得ただけで、元の信仰を失うことは無かった。


 しかし、信仰を失わなかった事実と、レベルに対して極めて高い精神系状態異常耐性を持つ彼女にファシナティオの魅了能力が通じなかった事が、ファシナティオのプライドを大きく傷つけた。

 ファシナティオは直ぐに彼女を殺し、死なない事に気付くと何度も死ぬまで拷問し、凌辱し、家畜のようにも扱った。

 奴隷以下などと言うレベルではなく、生物として扱われているかも怪しいレベルの行いが繰り返された。


「それから、最初の私が生み出されました。ですが、ここでもファシナティオにとっての想定外が起きました」

 それからミナモツキの能力によって最初のシュピーが生み出された。

 けれど、そうやって生み出されたのはファシナティオの意思に従わず、おまけに悪心と言うものをまるで抱いていない、ファシナティオにとっては目障りでしかない複製体。

 ミナモツキの能力と仕様から考えた場合、バグとしか言いようのない個体だった。


 だから、ファシナティオ……と言うより、ファシナティオの周囲に居る誰かが、何度目かの複製の際にう進言したらしい。


『本体の命を盾に、どう扱ってもいいペットとしては如何でしょうか?』


 と。


「そうして、私は生み出され、あの日まで道具として使われ続けることになった……ひうっ!?」

「なるほどね……心底胸糞悪い話だわ……今すぐにでも殴り込みをかけに行って、全員封印してこの世から消し去りたい程度には……気分が悪いわ」

 はっきり言おう。

 今の私は怒り狂っていた。

 だが、冷静に戦略や戦術を考える部分の私がそれを押し留めていた。

 確実にファシナティオを始末するには、情報と準備が足りないから、と。


「一応聞くけれど、ファシナティオは貴方との約束を守っていたと思う?シュピー」

「……。分かりません。守っていたと信じたいですけど……信じられない部分が……あまりにも……ひぐっ、えぐっ……」

「まあ、そうよね……」

 一通り吐き出し切ったからだろう。

 シュピーが泣き始める。

 なので、私はシュピーを抱き寄せると、落ち着くまでその背中をさすってあげる。


「で?どうなの?シュピーの本体さん」

 そうしてシュピーが眠りに落ちる頃。

 私は彼女に声をかける。


「あの女が約束なんて守るわけないじゃない……」

 すると眠っていたはずの彼女が起き上がり、シュピーと同じ声で返事が返ってくる。


「その子が寝る間も惜しんで頑張っている間も何回も殺されたし、犯された。拷問として、遅効性の回復魔法を大量にかけられた上でモンスターに生きたまま食われたこともあるわよ。死ぬ度に体が元通りになるおかげで、そんな痕跡は何処にも残っていないけど」

「そう、私の想像以上にヒドかったようね」

 そして私に向けてくる。

 しっかりと一本芯が入った、けれど聖女と呼ばれるような少女にはあるまじき怨嗟の炎を浮かべた、銀色の目を。


「それと、シュピーの本体呼びは止めて。私がその子の本体なのは確かだけど、それなら複製の方の呼び方をどうにかする方が適切でしょう」

「ごめんなさいね。でも私にとってはシュピーはこの子であって、貴方じゃないのよね。だから、この子が居なくなるまでは、貴方は本体呼びにさせてもらうわ」

「ちっ、アイツらが噂していた通り、本当にイイ性格をしているわね。荊と洗礼の反逆者エオナ」

「そう言う貴方は聖女らしからぬ感じで安心したわ。シュピーの本体さん」

 どうやらシュピーの本体であるこの少女、シュピーとはだいぶ性格が異なるらしい。

 それこそ鏡に映る像が、現実の像と異なるように。

06/16誤字訂正

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