9:今はまだ平穏
「ふんっ!せいっ!はあっ!!」
翌朝。
朝の仕事を一通り終えた私は家の裏手の広場で愛用の剣……ローゼンスチェートを振るっていた。
踏み込みを伴う振り下ろし、横薙ぎ、袈裟切り、『Full Faith ONLine』の中で幾度となく繰り返してきた動作は現実となった『フィーデイ』でも淀みなく行う事が出来ている。
「しっ!ふっ!せいやあっ!!」
だから私は得物を変えて他の武器でもゲームの時と同じように動けるのかを試していく。
薔薇飾りの付いた槍……スペアアンローザで突き、薙ぎ、叩き、跳び、基本から応用まで動作を確かめていく。
薔薇飾りの付いた拳甲……ローゼンアウストを身に着けて、正拳、裏拳、掌底と繰り出していき、流れるような連撃が撃てることを確かめていく。
そして、三つの武器だけを扱った状態を確かめると、次は薔薇飾りの付いた正円状の盾……ローゼンクライスを左手に持った状態で剣または槍を振るい、滞りなく動けること、想定している相手からの攻撃を防げることを確かめていく。
「すぅ……はぁ……ぜいやあっ!」
何故こんな事をしているのか。
決まっている。
ヤルダバオトの企みを潰すためだ。
「ふぅ、一応問題は無さそうね」
だが、ヤルダバオトの企みを潰すにあたっては幾つもの問題がある。
その内の一つは死ねない事。
もうゲームではないのだから、死ぬ事は出来ないし、大怪我だってそう負う訳にはいかない。
自動復活魔法は今もかかっているが、何処まできちんと機能してくれるかは謎である。
故に求められる戦略と戦術は確実な勝利を得られる以上に、敗れても逃げ延びる事が出来るものとなる。
そして、どのような戦略と戦術を立てるにせよ、体が十全に動かせるというのは重要である。
だから私はゲームの中で状況に応じて使い分けていた四つの装備が、こちらでも問題なく扱えるのかをまずは確かめた。
「お疲れ様です。エオナ様」
「やっぱりリアル武芸者か何かだろ……どう考えても一般人じゃ、痛いっ!?」
「圧倒的に目上な方に対してその無礼な振る舞いは何ですか。そんなのだから、ヤルダバオトに信仰を持っていかれるんですよ」
「はい、すみませんでした。シヤドー神官……」
「あら、神官様にジャック。何の用かしら?」
と、そうして一通りの確認を終えたところで、七大神の神殿付きの神官とジャックがやってくる。
私が知らなかった神官の名前がシヤドーと言うのはまあ、脇に置いておくとして。
何故この二人がここに居るのだろうか?
「失礼しました。エオナ様。で、用の方ですが……まあ、簡単に言ってしまえば挨拶回りです。悪と叛乱の神ヤルダバオトの仕業とは言え、ジャックは村人に迷惑をかけましたからね。まずはその謝罪を、と言う訳です」
「あー……そう言う事だ。そんなわけでこれからよろしく……お願いします。はい」
シヤドー神官に睨まれたジャックが途中で言葉遣いを変える。
どうやらこの二人の上下関係は既に決定済みで有るらしい。
「それでエオナ様。この不信心者ですが、呆れたことに信仰と一緒に基本の魔法の詠唱すら忘れてしまったようなのです」
「ふむ、それで?」
「出来ればですが、講義の一つでもお願いしてもよろしいでしょうか?そして可能であれば、私含めて他の神官たちも同席させてほしいのですが……」
「ふふふっ、分かりました。そう言う事なら喜んで……いえ、いっそのこと、村の人たち皆さんを呼んで簡単な講義でもしましょうか。基本の五魔法の付与第一くらいはみんな使えた方がこのご時世、いいかもしれません」
「ああ、それは良い考えですね。ぜひともお願いします。最近はどうにも不穏な気配がありますから」
「では、なるべく早いうちにしましょうか」
「そうですね。私の方から村長に相談してみましょう。では、また」
私が直ぐに行動を起こせない理由はもう一つある。
それはロズヴァレ村の戦力の問題。
プレイヤーである私に遠く及ばないのは仕方がないにしても、レベル40代のモンスターが徘徊する枯れ茨の谷に隣接し、他の村や街に向かうにあたって相応の戦力が要求されるにしてはロズヴァレ村の住民の戦闘能力は低い。
だから、もしも私が行動を起こし、その隙を突く形でロズヴァレ村が襲われて滅びれば……私は私を一生許せないだろう。
と言うか、現状では戦力になりえるのは私を除けば七大神の神殿に務めているシヤドー神官と他二名だけなのだから、誇張抜きに不味い。
下手をしなくても、カレイバモールが一匹、枯れ茨の谷から流れ込んできただけで、大惨事になりかねない。
「悪神ヤルダバオトの加護……ゲーム中でも面倒だったけど、現実になると想像以上に厄介な仕様ね」
何故そんな事になるのか。
それはモンスターと言うのが、悪神……いや、悪と叛乱の神ヤルダバオトの加護を受けたものがなるのだが、その加護の具体的な内容には厄介なものが含まれているのだ。
それは……
『信仰無き力では傷つけられない』
と言うもの。
つまり、自らが信仰する神の力を借りた魔法を使わなければ、絶対にモンスターは倒せない、と言う事だ。
これはゲーム的には信仰を促すための方便であり、プレイヤーを活躍させるための理由だったのだろう。
だが、現実となった今では、最大級の厄介さを持つ内容である。
「んー、講義の内容、割と真剣に考えた方が良さそうね」
だからシヤドー神官の申し出は渡りに船と言ってもよかった。
労せずして、ロズヴァレ村の戦力向上に繋がるのだから。
「あまり時間もないようだし」
私は槍と拳甲を片づけると、剣と盾を持ってロズヴァレ村の周囲を見回る。
そして誰にも気づかれることなく数体のモンスターを狩ると、その場で解体と埋葬。
村の安全と今日の夕飯を確保した。




