87:フルムス探索-3
「それで、お前らはこれからどうするつもりなんだ?俺が言うのもなんだが、此処はそんなに安全な場所じゃねえぞ」
しばらく時間が経った後、綺麗な水を入れたコップを私たちに渡しつつ、カケロヤが尋ねてくる。
「えと……」
「そうねぇ……とりあえずシュピーの熱が収まるまで置いておける安全圏に連れて行った上で、フルムスの現状について色々と教えてもらう感じかしら。当然、この病院からの移動は情報収集より優先ね。カケロヤに迷惑をかける可能性は少しでも減らした方がいいわ」
「そうしてくれるとありがたい。仕事をする必要が無い闇医者でも、頼ってくる奴は時々居るし……面倒な質問を投げかけてくる奴も居る」
私はそれに対して素直に答える。
カケロヤならば私が何処から来たのかや、私がどうして来たのかは既に察しているとは思うが……もう少し世話になった礼を返しておいてもいいだろう。
「とりあえず、カケロヤが信頼できる人間が駆け込んできたのなら、留めておいて」
「何故留めておくべきなのかは聞かないが、患者が来たなら対応するし……患者が居るなら、俺はこの場から動く気はない。だから安心しろ」
「そう、ありがとう」
うん、やはりカケロヤは既に察している。
一瞬だが、都市の外、クレセートがある方角に視線を動かした。
ならば、ルナたちが動いた時にカケロヤはこの病院に留まり、信頼できる人間たちを集め、場を凌ぐ事に専念してくれるだろう。
そうしてくれるならば……私としてもやりようがある。
「さて、シュピー。それじゃあ行きましょうか」
「あ、はい」
「地味に有り得ねえことしてるな……気を付けろよ」
「言われなくても」
私は手首から棘を抑えた茨を伸ばすと、それをロープ代わりにしてシュピーの本体を背負い、ボロのフードの裏側に隠す。
そして、その状態でシュピーと共に病院の外に出ていく。
「そ、それでエオナさん。安全圏ってのは……」
「たぶんだけど、シュピー。貴方も知っている場所ね」
向かうのは?
今のフルムスにあって、ヤルダバオト神官が極端に少なく、しかも熱心な信徒も居ない地域だ。
「え……と……エオナさんは分かるんです……か?」
「何処にどの程度の信心を持ったヤルダバオト神官が居るかは、フルムス全域を対象に知覚しているわね」
「そ、それって、色々とおかしい気が……」
「うーん、スィルローゼ様への信仰値が跳ね上がっているせいかしらねぇ……どうにも最近はヤルダバオト神官に対する感知能力が妙なことになっているのよねぇ」
つまりは事前に調べておいた例の地域になる。
なお、メイグイと思しき気配は『満月の巡礼者』の調査部隊と接触したのだろう。
先程から私が向かっている地域とは全く別の地域で、動きを止めている。
「そう言えば、そもそもとして私を見つけたのは……」
「ヤルダバオト信仰とスィルローゼ様への信仰を併せ持っているのは貴方ぐらいよ。シュピー」
「……」
私の言葉にシュピーは唖然としているようだった。
まあ、それなりに広いフルムスの街の中で、たった一人の人間を識別して探し出せると私は言っていて、しかも実現して見せているのだから、驚くのはおかしくないか。
「さて、この先なわけだけど……」
そうして話をしている間に、私たちは一本の路地へと入り込む。
道幅は狭く、人が二人並べるかどうかと言うところ。
道の両脇の建物には窓はなく、煉瓦の壁には時折銀色に光る物が混ざっている。
なお、尾行の類はされていない。
ヤルダバオト神官の気配は無いし、念のために幾つかの魔法を使って誤魔化しも行ったので、これは間違いない。
「ミラビリス様の迷路……よね。確か」
「はい、その通りです」
気配の位置で見ていた時には気が付かなかったが、こうして入口にまで来たところで私はフルムスに存在していたクエストの一つを思い出す。
それは、どう進んでも入口に戻されてしまう不思議な迷路に繋がる路地の調査。
「まあ、確かにこの先だったら、ファシナティオたちは手を出せないのも納得ではあるか」
鏡と迷宮の神の力がかかったこの路地の先は特殊な迷路に繋がっている。
その迷路の構造は侵入する度に変化し、おまけに何十人同時で入り込んでも、6人一組のパーティに分割され、別々の空間に飛ばされてしまうため、数の力で押すことが出来ない。
敵は出ないし、迷路そのものも平面的な物で、特殊な仕掛けの類もないが、広大な迷路の探索は非常に厄介な物だった記憶は私にもある。
そんなクエストのクリア条件は迷路を突破して、その先にあるミラビリス様の神殿に到達する事。
そして、このクエストをクリアする事こそが、鏡と迷宮の神ミラビリス様の神官になるための第一歩である。
さて、ファシナティオは元ミラビリス神官であるから、この迷路を突破する方法も知っているだろうが……うん、ファシナティオとその部下たちに突破は不可能だ。
「そうなんですか?」
「そうなのよ。だってここはある種の聖域であり、この路地そのものがミラビリス様の敬虔な信徒のようなものだもの。ヤルダバオト信仰だけになった人間を通したりはしない。たぶんだけど、攻略不可能な迷宮でも出てくるんじゃないかしら」
「え?」
『……』
私がそう告げた瞬間、何処かからか視線を感じるようになる。
どうやら、路地様と言うべき御方の機嫌を損ねてしまったらしい。
微妙に険の込められた視線だ。
「そうね。今のは軽率だったわ。貴方様の存在が秘匿されているからこそ、この路地とこの路地の先にファシナティオは手を出せないでいる。気を付けるわ」
だがそれでも、安全に話をするためにはこの路地を抜けた先に行った方がいい。
だから私とシュピーは路地を進んでいき……
「エオナさん。その、路地様?とでも言うべき方。凄く怒ってますよね。これ……」
「そうね、ものすごーく怒っていらっしゃると思うわ……本当にごめんなさい」
迷路に突入すると同時に上下左右へと道が伸びる八差路の真ん中に放り出された。
まるで、突破できるものなら突破して見せろとでも言わんばかりに。




