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信仰値カンストの神官、我が道を行く  作者: 栗木下
2章:フルムス

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86:フルムス探索-2

「此処がそうね」

 シュピーの気配を追ってフルムスの街を歩いた私が辿り着いたのは、路地裏の一件の建物だった。

 どんな建物であるかを示す看板は出ていない。

 窓には木の板が打ち付けられ、中の様子が窺えないようになっている。

 しかしシュピー以外のヤルダバオト神官の気配が中からしているし、周りの建物に比べるとこの建物は損傷が少なく、誰かが何かの目的でもって使っているのは間違いないようだ。


「……」

 私は建物の戸を軽くノックする。

 中から返事はない。

 だが、中の気配が動く様子はある。


「沈黙は肯定として入らせてもらうわよ」

 私は戸を開けて、建物の中に入る。

 すると直ぐに酒の匂いが鼻につき始め、それに隠れる形で薬の臭いも僅かにだが漂ってくる。

 床や壁には皿や瓶の破片が散らばり、木製の床には割れて地下の空間が見える穴が開いている場所もあり、壁紙が剥がれてしまっている場所もある。

 だが、それらはいずれも、何処となくだが作られたものの気配、外から来た者の目を誤魔化すためにワザとそうしている気配があった。


「ひっく、何の用だ……此処には何もねえぞ……」

 建物の奥から現れたのは、赤ら顔の熱心なヤルダバオト神官の男性。

 その右手には蘇芳色の光を纏った短剣が握られており、左手には中身が半分ほど減った酒瓶が握られている。

 さて、普通に捉えれば、酔った家の住民が不審者である私を迎撃しに来た形であるが……


「酔ったふりの医者と治療中の患者が居るじゃない」

「……。何者だ。テメエ……」

 流石に酒の臭いの出所を間違えるつもりはない。

 ついでに何かしらの魔法によって、顔だけ赤ら顔にしているのもだ。


「私の名前はエオナ。貴方が治療しているシュピーの知り合いよ」

「……。戸を閉めて付いてこい。騒ぐなよ」

「分かったわ」

 私は男性の言うとおりに戸を閉める。

 そして念のために建物周囲のヤルダバオト神官の気配を探って、この建物の存在が知られていないことを確認。

 それから男性についていく。


「一応自己紹介をしておく。俺の名前はカケロヤ。プレイヤーだ。メイン信仰は……陰と黄泉の神ルナリドだった。今はもう根っからのヤルダバオト神官だがな」

「そうね、そう言う事にしておきましょうか」

 カケロヤと名乗った男性は憂鬱そうにそう言いつつ、建物のサイズに見合わない数がある戸の一つを叩く。


「シュピー。お前に客だ。エオナと名乗ってる。入れるぞ」

「……!?」

 部屋の中のシュピーの様子が明らかに驚き慌てる。

 どうやら私が来るとは思っていなかったらしい。


「こんばんわ。シュピー」

「エ、エオナさん……どうして此処に……いえ、それ以上にどうやってここを……」

 だが私もカケロヤもシュピーの事を気にすることなく部屋の中に入る。

 何かしらの魔法で照らし出された部屋の中には……慌てた様子のシュピーとベッドで寝かされたシュピーによく似た少女……いや、むしろこの子こそがシュピーの本体であろう少女が熱でうなされていた。


「破傷風に似た何かだ。どうやら、ヒドイ切り方をされた腕から、何か良くないものが入っちまったらしい」

 カケロヤはそう言うと、部屋の中の適当な椅子に腰かけて、酒瓶と短剣を置く。

 そしてカケロヤの言うシュピーの本体の切られた腕だが……


「確かにヒドイ切り方ね。これは少しずつ少しずつ切って、相手を出来るだけ苦しめるための切り方だわ」

 包帯を取って傷口を見た私の感想はヒドイと断言できるものだった。


「……。アンタ、医者か何かか?」

「ただの大学生よ。そう言う貴方はきっと医者の卵だったのだろうけど」

「……。嘘くせぇ……」

「ま、今はスィルローゼ様の代行者だけどね」

 まず間違いなく本物のシュピーの腕を切ったのはファシナティオだろう。

 如何にもあの女が好みそうな傷口だ。

 治療は……まあ、出来なくはないか。


「シュピー、私と別れた後、貴方たちに何があったの?」

「は、はい……」

 シュピーがグレジハト村の戦場で私と出会い、腕を切られ、フルムスに逃げ帰った後の事を話してくれる。

 その内容を端的にまとめるならば、ファシナティオが癇癪を起して二人のシュピーを傷つけ、メンシオスがそれを止めた、その後は私からの言伝を本体へ伝えたが……直後に本体が熱を出し始め、カケロヤの所へと駆け込んだと言う話になるようだ。


「カケロヤ、薬の類は?」

「外科手術と酔っぱらいを演出するための高純度のアルコールに最低レベルのポーションくらいしかない。抗生物質の類がこの世界にあるのかは怪しいが、解熱剤とかは全部物取りだの強盗だのに盗られたよ」

「そう、そんな状況でも貴方は患者を救う事を諦めていないのね」

「……」

 薬はない。

 そしてカケロヤの実力では魔法で癒すことも出来ず、現状維持が精一杯だった。

 だがそれでも、私が来るまでの間、彼はシュピーの本体の命をシュピーの求めに応じて繋ぎ続けてくれた。


「なら、貴方の努力を無駄にしないためにも、シュピーは救わないといけないわね。『スィルローゼ・ウォタ・ワン・ロジョン・フュンフ』」

「何を……コイツはまさか……」

「凄い……」

 私は自分の花を掌の上に生み出すと、それを手近な場所にあった水入り瓶の中に投入。

 『スィルローゼ・ウォタ・ワン・ロジョン・フュンフ』によって、自家製の回復薬を生み出すと、それをシュピーに振りかけて、これ以上の病状悪化を防ぐ。


「続けて『スィルローゼ・プラト・ワン・キュア・アハト』」

 『スィルローゼ・プラト・ワン・キュア・アハト』と言う状態異常回復魔法によって、体内の毒素を解毒する。


「最後に『スィルローゼ・プラト・ワン・ヒル・ツェーン』」

 さらに『スィルローゼ・プラト・ワン・ヒル・ツェーン』を重ねて、切られた腕そのものを生やして見せる。

 これで後はきちんと看病をして、熱が下がるのを待てば、回復するだろう。


「はぁ……高レベル、高信仰値の神官は化け物だと聞いていたが、桁違い過ぎんだろ……」

「ま、私はスィルローゼ様の代行者だもの。これぐらいは出来ないと、スィルローゼ様に顔向けできないわ。シュピー、『スィルローゼ・プラト・ワン・ヒル・ツェーン』」

「わわっ、私の腕も……」

 で、折角なので私が切り落としたシュピーの腕についても生やしておく。

 きっと片腕では看病するのにも大変だったろうし、今回の件の遠因は私にある。

 だから、これぐらいはして当然だろう。


「それに、私よりも貴方の方がもっと偉大だわ。カケロヤ。だって貴方はヤルダバオトの力を借りてでも、この地獄のような状況で人々を救う事を選んだ。リポップすれば体の傷なんて無くなるのを理解した上で、なお人々を死を経由せずに助けようとした。私はそんな貴方に敬意を表します。シュピーを助けてくれてありがとう」

 そして、治療が終わると同時に私は膝をつき、カケロヤに向けて心からの感謝の言葉を述べた。


「よしてくれ。俺は……引退組だったせいでヤルダバオト信仰に頼るしかなかっただけの元プレイヤー、今となってはただの回復能力持ちのモンスターなんだからよ……」

 そんな私の言葉をカケロヤは……顔を背けつつも聞いてくれていた。

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