84:メンシオスと……-3
「『単刀直入に言おう。魔骸王メンシオス。君が禁忌の研究に手を出した理由はゲーム的には未設定の領域だ。理由は……君なら言わずとも分かると思う』」
私はルナリド様の言葉を一言一句違えずにメンシオスに伝える。
そして私の言葉を聞いたメンシオスは……
「やはり……か」
天を仰ぎ、吐き出せないはずの息を吐き出すような仕草を見せる。
「まあ、納得はする。エオナ、貴様は知っていると思うが、吾輩たちボスクラスのモンスターはヤルダバオト様の力で枷を外すことによって、新たな力を得たり、それまでに出来なかった事が出来るようになる。そして枷の中にはゲーム時代の記憶を思い出すと言うのもあってな。吾輩はその枷を既に外している」
「つまり、メンシオス。貴方は自分が元々は『Full Faith ONLine』の存在として、来歴なども含めて全てが作られた存在である事を自覚している。と言う事ね」
「そうだ。吾輩に人間であった過去は存在しない。ああいや、設定としては存在しているが、実体としては存在していないと言うべきか。なにせ、この世界『フィーデイ』はまだ生まれて一月と少ししか経っていない世界だからな。吾輩が人間だった時代が実在する余地などない」
「……」
どうやら皆識りと言う、魔骸王の部分よりも更に前に付いた名前に偽りはないらしい。
メンシオスはこの世界の事をとてもよく知っている。
私以上に、いや、下手をするとルナリド様やヤルダバオトと言った神たち以上に。
そして知っているからこそツラいのだろう。
自分の過去が存在しないと言う事実が。
「それでも設定の類が存在していれば、それを拠り所にする事も出来たのだが……まあ、MMOと言うゲームの性質上、吾輩の過去を空白にしておくのはある意味では当然の事か」
『エオナ、一つ聞いてみて欲しい。確認しておきたいことがある』
だが、『Full Faith ONLine』がMMOゲームであった以上、設定の空白部分を設けておくのは当然とも言える。
運営視点で見れば、その後のアップデートで空白部分を利用したイベントを追加する事は大いに有り得る事であるし、設定の齟齬や放置できない不具合をその空白部分を利用して解消する事だってあるからだ。
そして、プレイヤー視点で見ても……その手の空白はプレイヤーの想像力を掻き立ててくれる部分であり、次の冒険へ誘ってくれる大切な部分である。
だから、メンシオスには悪いが、私としては神官である事を抜きにしても、ルナリド様を非難する事は出来ない。
しかし、ルナリド様からはまだ何かあるらしい。
私を通じてメンシオスに確認を取ろうとする。
「メンシオス。ルナリド様から何か質問があるみたいよ」
「ほう、かつての主から質問とは……随分と珍しいこともある。話してくれ」
「では、『魔骸王メンシオス。君は、君の過去が、設定された通りの部分しかないと認識している。それで間違いないかい?』だそうよ」
「……。間違いない。だからこそ吾輩は……ああ、なるほど。そう言う事であるか。なるほど、これは『フィーデイ』を作ったものの手落ちで有るな。カッカッカッ、なるほどなるほど、面白い案件である」
ルナリド様の質問に答えたメンシオスはその事に気付いたらしい。
笑い声をあげている。
二人が気付いたのは……まあ、そう言う事か。
恐らくだが、ルナリド様の頭の中には草案のレベルで有れば、メンシオスの過去について幾つか考えがあったのだろう。
しかし、メンシオスはゲーム内で設定された通りの過去しかないと発言した。
つまり、『フィーデイ』を作り、ヤルダバオトを生み出した何者かは……ルナリド様たち運営陣の頭の中まではトレースしていないと言う事だ。
それは同時に……『Full Faith ONLine』で空白の領域であった部分は空白のまま、あるいは……私の想像如きでは決して及ばない何かになっているかもしれないと言う事だ。
「だが、吾輩には関りのない案件でもある。そして吾輩には関わるつもりもない。面白そうではあるが、興味は湧かぬな」
「ま、私としても現状では手が出せない案件ね。行くにしても十分な準備を済ませてからでないと」
メンシオスは一通り笑い終わって気が済んだのだろう。
落ち着いた様子を見せる。
「吾輩とヤルダバオト様の関係は信仰ではなく商売だ。マラシアカのような恩義は無いし、ワンオバトーのように力に飢えて手を出したわけでもない。偶々波長が合って、偶々協力関係を結んだに過ぎない関係だ。故に武器にはなれど、杖にはならない」
「まあ……そうでしょうね」
「禁忌の研究はその殆どが完成。が、既に完成しているこれらはルナリドたち神々にとってはどうでもいい物だろう。ルナリドたちが警戒するとすれば、完成間近にある、あの研究ぐらいな物か」
「……」
メンシオスが私ではなく、私を通じてルナリド様に話し始める。
「ルナリドよ。貴重な情報には感謝する。が、あの研究については完成させてもらうぞ。悪いが、吾輩と同じ立場にある者は、決して少なくは無いのだ」
「『いいだろう。完成させられるなら、完成させてみるがいい。だが、分かっているね。君のそれは世界すら滅ぼしかねない毒だ。手際よく回収できるようにはしておくべきだ。完成未完成に関わらず、ね』だそうよ」
「分かっているとも。少なくとも、渡してはならない相手ぐらいは考えてある」
どうやらメンシオスの研究はかなり危険な物であるらしい。
ルナリド様が本気の警戒を示している。
「さて、これで話は終わりだ。エオナよ。貴様はこれからどうする?何なら部屋でも用意するが?」
「結構よ。貴方は情報交換の相手としては適切であっても、宿を借りる相手としては不適切だもの」
「カッカッカッ、それは確かにそうだ」
そしてメンシオスの研究は恐らく人体実験を含んでいる。
となれば、此処に留まり続けるのは危険過ぎる。
だから、話が終わりと言うのであれば、メンシオスの屋敷は離れた方がいい。
故に私は屋敷の外に向けて茨の馬の首を向ける。
「エオナよ。貴様に吾輩から、礼として情報を渡しておこう」
「情報?」
「貴様の牢獄は貴様の中にある。そして貴様は門番であると同時に獄卒であり、牢獄そのものでもある」
「……情報ありがとう。じゃあね、メンシオス。次に会ったら全力で戦いましょう」
「そうだな。次に会った時はそうするとしよう」
そうして私はメンシオスの屋敷を後にし、フルムスの街を覆う暗闇へと身を溶け込ませた。




