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信仰値カンストの神官、我が道を行く  作者: 栗木下
2章:フルムス

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82/284

82:メンシオスと……-1

 フルムス。

 七大都市であるクレセートの傘下にある街や村の中では随一の大きさを持ち、立地が交通の要所になる場所と言う事もあって大いに栄えている都市である。


 いや、栄えていたと言うべきだろう。

 『悪神の宣戦』の際、フルムスには大量のプレイヤーが現れた。

 彼らの一部は混乱から暴徒となり、治安は大きく悪化し、そこに目を付けた悪と叛乱の神ヤルダバオトの手によって一部のプレイヤーがヤルダバオト神官になったことによって、フルムスは大いに乱れた。

 商店は焼かれ、老若男女問わず襲われ、財貨は奪われ、薬も春も売られ、あらゆる犯罪が横行し……それらの犯罪から身を守るためにはフルムスを脱出するか、本来は許されざる信仰であるはずのヤルダバオト信仰を受け入れるしかなかった。


「おい、今日の飯はどうするよ……」

「どうするって……適当に動いている奴を食うしかねえだろ」

 しかし、最悪に見えた状況にも更なる下があった。

 それは何処からともなく現れたファシナティオと言うヤルダバオト神官の女によってもたらされた。


 ファシナティオは強力な魅了能力によって、当時フルムスを支配していたヤルダバオト神官の一団をそのまま自分の配下として取り込んだ。

 そして、フルムス中の食べ物と財産を自分の物としてかき集めると、自分と自分の周囲の者はあらゆる享楽に興じ、自分に反対する者とフルムスから逃げ出そうとした者の大半を殺し、殺さなかった一部には死以上の苦痛を与えた。

 これ以降、フルムスはファシナティオとその周囲の者にとっては楽園であっても、それ以外の者にとっては地獄のような都市となった。

 ヤルダバオトを本気で信じている者含めて。


「ファシナティオ様に選ばれなかった俺らに食う物なんて与えられないんだからよ……」

「ああそうだった。俺たちに出来るのはヤルダバオト様の為に同じヤルダバオト神官に対して悪事を働く事だけだったな……」

「じゃあ……」

「ああ……」

 故に……


「「死ねっ!」」

 飢餓に耐えかねた彼らは友人も子も親も関係なく食らう人の姿をした化け物となった。

 どうせ生き返るのだからと、殺し、食らい、殺され、食われる、そんな畜生以下の存在に堕ちた。


「姉ちゃん楽しませてくれよ……腹を満たしてくれよ……」

「あああぁぁぁ!クルウウウゥゥ!きまってるううぅぅぅ!!」

「げひゃひゃひゃ!さあどっちが勝つよ!あのコロシアイ!賭けたかーけた!!」

 そして腹が満たされれば自分より力が弱い者を襲い、何処からか手に入れた怪しげな薬を使い、賭博に興じ、一時の快楽に耽る。

 壊れた建物が増え、様々な種類の瓶が道端に転がり……死体は地面のシミしか残らない。

 それは正に退廃と称する以外にない光景だった。


「あ?おい、誰か街の外から来るぞ」

「へぇ、マジかよ……」

「いいねぇ、馬持ちだ」

 ではそんな都市にとって最も嬉しいものは何だろうか?

 それはフルムスの現状に気付かず、外から来たもの。


 彼らは物を持っている。

 それを奪えば、自分たちの腹が満たされるし、上手くいけばファシナティオに取り立ててもらえるかもしれない。

 彼らは死ぬ。

 つまり殺しても、仕返しと言うものを恐れなくていい。

 彼らは善意で動く。

 だから簡単に騙せる。


 そして、外から来た者がどれだけ強かろうと、ヤルダバオトの加護によって死ねなくなった自分たちが死ぬことは無い。


「へへへ、フルムスでの礼儀ってのを教えてやらないとなぁ……」

「今晩は御馳走だなぁ……」

「たっぷりと可愛がってやらないとなぁ……」

 故に彼らは夕暮れ時になって、フルムスの外から馬に乗ってやってきた、ボロのローブを身に纏ったその人物に大した警戒心もなく近づいていく。


「何の用?」

「へへへ、用、用ねぇ……」

「そんなもの、俺らの格好を見れば分かるだろう……」

「物乞いさ。物乞い……何かくれないかねぇ……」

 外からやってきたのは声の高さと胸の部分の膨らみから女のようだった。

 ただそれだけで、女性を囲む男たちの声は興奮と下卑た響きを伴い始める。


「悪いけれど、貴方たちに与える物なんてない。それと、邪魔だからどきなさい。この子の蹄に汚い下種の血なんて付けたくないの」

 女性の言葉で男たちは気づく。

 シルエットから馬と思っていたものが、茨を固めて作られた馬型の何かである事に。


「舐めんじゃねえぞ!!このクソアマがぁ!!」

 そしてそれ以上に怒り狂った。

 獲物に過ぎない相手が、自分たちに対して反抗的な態度を取ったと言う事実に。

 だから彼らは女性に襲い掛かろうとし……


「あ?」

「え?」

「へ?」

「まったく……」

 即座に全員が、茨の馬から伸びてきた茨の触手によって胸を貫かれて絶命した。


「飼い犬の管理がなっていないわね。上の実力が知れるわ」

 茨の触手が引き戻され、男たちの体が地面に転がる。

 その光景に、遠巻きに女性と男たちの様子を観察していた者たちは一斉に姿を隠し、物陰から様子を窺うようになる。


「カッカッカッ。まあ、こ奴らの上が馬鹿なのは吾輩には否定できんなぁ」

「……」

 やがて男たちの死体が消え、女性が茨の馬を進まさせようとする。

 だが、その前に女性の前に巨大な影が現れる。


「さて、そのボロ布を取ってもらえるかな?流石にあの馬鹿と違って、吾輩は身元不確かな者に自分の家の庭先をうろつかれるのは不快なのでな」

 影の正体は魔骸王メンシオスと『Full Faith ONLine』では呼ばれていたモンスター。

 メンシオスは瞳の無い眼窩を女性に向けると、ローブを取るように促す。


「ちっ、仕方がないわね」

 女性がローブを取る。

 そして現れた姿に、周囲で様子を窺っていた者たちは一斉に息を呑む。


「これでいいのかしら?」

「ほう、これはまた珍しい顔が出てきたものである」

 ローブの下から出てきたのは絶世の美女。

 だが、よく見れば、金色の髪には茨の棘のようなものが混じり、皮膚は少し緑味がかっている。

 そして身に着けている際どいと同時に拘束的な衣装と濃い目のアイシャドーが特徴的な化粧も合わさって、女性が人ならざる者、人を統べる者である事を印象付けていた。

 同時に悟る。

 この女性は絶対に自分たちでは勝てないし、傷もつけられない相手である、と。


「皆封じの魔荊王ロザレス。此処で貴様がフルムスに来るとは」

「……。皆識りの魔骸王メンシオス。それでわざわざ、貴方が此処まで出迎えに来た理由は何かしら?」

 ロザレスと呼ばれた女性はメンシオスに尋ねる。


「何、敵が来たならば迎撃を。そうでなければ、吾輩の屋敷に招いて茶でもと思っただけだ。来るかね?」

「……。いいでしょう、一杯だけ付き合ってあげるわ」

 そうしてロザレスとメンシオスはその場から姿を消した。

 悠々と、自分たちこそがこの場の支配者であると言わんばかりの態度を示しながら。

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