79:砦にて-3
「とまあ、そんなわけで私のギルド『黒猫タワー』は『満月の巡礼者』に吸収合併されたのニャ」
「ふうん、そっちも大変だったのねぇ」
私の休息場所として用意されたのはノワルニャンとサロメが共同で使っている天幕だった。
何でも他の隊長格は三人で一つの天幕を使っているところ、人数の都合でノワルニャンとサロメは二人で使っていたらしく、それで私の休息場所が此処になったらしい。
で、今は夕食を摂りつつ、『悪神の宣戦』以降にノワルニャンの身に何があったのかを聞いていたところである。
「実際、大変だったなんて次元じゃすまないのニャ。私は危ないところをギルマスに助けてもらえたから、今こうしていられるけど、死んだプレイヤーも居れば、クレセートに居られなくなったプレイヤーだって居るのニャ」
「ついでに言えばルナリド神殿上層部の子飼いになったプレイヤーもそれなりに居るわ。大半は問題ないみたいだけど……一部は厄介な事になっているみたい」
「ふうん、想像以上に狸親父が多いのね」
話を聞いた感想としては……クレセートはクレセートで大変なことになっている、と言う点か。
それも過去そうだったのではなく、現在進行形で。
「狸親父……そうね、その言い方が一番正しいと思う」
「アレでルナリド神官として信仰はちゃんとあるんだから、世の中おかしいのニャ……」
「まあ、ルナリド様自体……コホン、何でもないわ」
ノワルニャンとサロメによればだ。
クレセートに存在しているルナリド神殿の上層部、此処には権力欲に駆られた高位神官と枢機卿が結構な数で居るらしい。
そして、彼らを統べる教皇にしても、善性を有する者である事は間違いないが、彼らと渡り合い、御していることから分かるように一筋縄ではいかないようだ。
で、彼らは当然ながら『悪神の宣戦』直後の混乱しているプレイヤーたちに目を付けた。
そうして目を付けられたプレイヤーの一部は無理な依頼や頼み事、各種策謀の結果として死亡したり、破産したり、行方知れずになったりしたそうだ。
「でも、そう考えるとルナの果たした役割は大きいわね」
「そうね。偶々ギルマス含めて、主要メンバーが8割方揃っていたとはいえ、他の大手ギルドがギルマスやまとめ役が不在で機能不全を起こしていた中で、他のプレイヤーを助け、場を安定させた。これは間違いなくギルマスの功績。それもゲームの能力じゃなくてプレイヤー自身の力で得た結果だわ」
まあ、流石にそうなると分かっていて、そう言う事をした連中はファシナティオ同様に処分対象になったわけだが、それでも多くのプレイヤーが『悪神の宣戦』から暫く経ってもなお右往左往していた。
そこをルナの率いる『満月の巡礼者』が多くのプレイヤーを受け入れ、どうにかまとめあげた、と言うのが現状であるらしい。
「でも、その結果の代わりにフルムスの攻略と奪還なんて言う無理ゲーを押し付けられることになったわけだけどね」
「立場と状況上、断れなかったとは言え、あの時のギルマスは本当につらそうにしていたのニャ……」
「まあ、ルナとしてはこんな仕事、やりたくはなかったでしょうねぇ。私みたいな対抗策持ちが見つからなければ、最終的な敗北は免れないと分かっているわけだし」
なお、『悪神の宣戦』の転移がログイン中のプレイヤーはその時居た場所、ログアウト中のプレイヤーは最終ログアウト地点だった都合上、クレセートに居る高位プレイヤーの数は多少控えめであるらしい。
そして、クレセートから遠く離れた地、所謂高レベルエリアには、一月以上経った今でも転移させられた高位プレイヤーが数多く居るのではないかと予想されているが……。
「ぶっちゃけ、クレセートとフルムスでこれだから、高レベルエリアとか相当ヒドイことになっている予感がするのよね……」
「うーん、クレセートが安定したら、他の七大都市じゃなくて、先にそっちに行くべきかもしれないわね……ロズヴァレ村だって無関係で居られる話じゃないし」
「代行者ってのが何処にどんな感じで分布しているのか次第って感じだから、厄介な話なのニャ」
当然、彼らはそのエリアの厳しさに相応しいだけの苦難に巻き込まれているだろう。
少なくともロズヴァレ村でマラシアカたち相手に戦っていた私以上には。
戦闘狂的なプレイヤーが最大手ギルド並の規模で集まっていれば、逆にモンスターが可哀想なことになっているかもしれないが、それはしてはいけない期待だろうし。
「ま、そんなわけでニャ。私としてはギルマスだけでなく、エオニャンの活躍にも期待しておきたいところなのニャ」
「そうね。スィルローゼの代行者であるアンタが居れば、仮にギルマスが魔法を授かれなくても、メンシオスとファシナティオ、それにミナモツキと言う相手側の中でも特に厄介な相手に対処できるようになる。これは大きいわ」
「まあ、そうね。スィルローゼ様からの依頼でミナモツキの封印は依頼されているし、ミナモツキの封印をするなら、それを持っているファシナティオとの戦闘も必定。その二人については、ルナの魔法を抜きにしても私が相手をする事になるでしょうね」
なお、仮にルナがファシナティオの相手は自分ですると言っても、此処については譲る気はない。
理由は単純。
ファシナティオがスィルローゼ様を馬鹿にしたから。
あんなことを言われたら、少なくともヤルダバオトとの格の差ぐらいは足りない頭の中に刻み込んだ上で封印しなければ、私の気が済まないと言うものである。
「ところで一つ気になったのだけど……」
「何ニャ?」
「何?」
と、私は此処で食事の手を止めて、皿に乗っている最後のベーコンに目をやる。
そして、既に食事を終えているノワルニャンとサロメもベーコンに目をやる。
「フルムスの食料事情ってどうなっているの?ロズヴァレ村にフルムスから逃げ出したって子が居たんだけど、その子が食糧危機に陥ったとか言っていたわよ?」
で、私の質問を聞いた瞬間。
「……」
ノワルニャンは遠い目をした。
「アンタのそう言うところが無神経だって言ってんのよ。絶対分かってて言っているでしょ……」
サロメは頭を抱えた。
「ああやっぱり、人肉とかそう言う話になっているのね。ごちそうさまでした」
そんな二人を前に私は最後のベーコンを普通に食べて、食後の挨拶をした。




