78:『整月の指輪』
本日は二話更新です。
こちらは二話目です。
「これがツェーンのオラクル……」
『ルナリド・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』を発動したカミア・ルナ……ルナは床も壁も天井も白い空間に一人立っていた。
ルナはこれからどうすればいいのかと、周囲を見渡す。
「ゲーム時代とはだいぶ変わっているがね。本来ならば謁見の場であるこの空間だって、もう少し趣がある場にするべきだ」
そうしていると、ルナの居る空間に黒髪に金色の目を持った和服の少年……陰と黄泉の神ルナリドが何処からともなく姿を現す。
「ルナリド様……」
「そうだよ。ああ、変に畏まる必要は無い。僕は君の信仰が表面上の物であり、ゲームあるいは政治的に敬意を表さなければいけない立場にあるから、そうしているのだと理解している。理解した上で、君をこの場に呼んだ。賢い君ならば、これだけで色々と察するだろう?と言う訳で、色々と話をしようか。座りなよ」
ルナリドは膝を着こうとするルナを手と言葉で止めると、自分とルナの背後に凝った装飾の椅子を出現させる。
そしてルナリドは極自然に、ルナは微妙に座り心地が悪そうに椅子に腰かける。
「まず初めに言っておくが、僕はカミア・ルナ、君を代行者にする気はない」
「行使できる力の量が多すぎるから、ですか?」
「その通りだ。魔法の威力と言う意味ではなく、心の底から僕らを信仰している人間たちへの影響力、と言う意味でだけどね。一個人に持たせておくには少々荷が重い」
「なるほど。そうなると他の七大神の方も……」
「代行者は作らない事で決定済みだ」
ルナリドの言葉にルナは少しだけほっとした様子を見せる。
だがそれと同時に状況を打開するための魔法を得られるのかと言う不安も滲ませる。
「まあ、他の神々に作れと言われても、僕だけは個人的な事情として代行者を作ることを断っていただろうけど」
「個人的な事情で、ですか?」
「うん、個人的な事情でだ。僕の立場で狂し……コホン、代行者を作ると色々と拙くてね。姉さんから何を言われるか分かったものじゃない」
「?」
「ああ、気にしなくていいよ。本当に個人的な事情だから。神々の世界も人間の世界と同じで、色々と面倒事があるんだとだけ分かってくれれば十分さ」
「はあ、そうですか……」
このまま話を進めて大丈夫なのかとルナは自分に問いかける。
ルナ視点、目の前の存在がルナリドである事に疑いはなかった。
神官としての本能がそれを教えてくれていたから。
だが、ルナリド神殿上層部の狸たちを鼻で笑えるような胡散臭さ、それも同時にルナはルナリドから感じ取っていた。
「話を戻そうか。とにかくこっちにも事情があって、君を代行者にする気はない。付き合いにしても、今まで通りのギブアンドテイク、これが一番安全で安心だからね。そのままで行こう」
「分かりました」
それでも人のままで居られるのはルナにとって好都合だった。
と言うのも、やはりエオナのように人間を辞める事には躊躇いがあったからだ。
「そしてだ。これまで通りにやるからこそ、今回、状況の打開のために僕が君に授けるのは魔法ではなく神器となる。プログラーム」
「プログラー」
「!?」
何処からともなくデフォルメされた水色の海月が現れる。
そして子供の落書きのような瞳でルナを一瞥した後、その触手で持っていた何かをルナリドに渡してその場から消え去る。
「今のは……」
「気にしなくていいよ。ただの変態プログラマー海月。『Full Faith ONLine』のメインプログラマー。神々の世界には所謂人型でないものも数多く居ると言うだけの話だよ。見方によっては彼こそが真の『フィーデイ』の創造主とも言えるけど……まあ、彼はあまり表に出たがる方ではないね。ゲーム中に自分を出さないかと求めても、興味が無いと即答したぐらいだし」
「……」
だが、その見た目に反して、自分の想像を遥かに超える大人物であったことをルナはルナリドの言葉から悟る。
なにせ、自分がこれまでの5年間心血を注いでプレイし続けた世界の創造主と言っても過言ではない存在だったからだ。
「だが、彼の実力は本物だ。ゲーム中に意図して残した空白と僕の力にゲーム内での役割、それらを破綻なく組み合わせる事によって、こう言うアイテムを作り出すことも出来るのだからね」
「指輪?」
ルナリドがプログラームから貰った物をルナに見せる。
それは黒と金の二色を主体とした五つのシックな指輪。
一つ一つ太さが違うそれらには装飾として、三日月、上弦の月、満月、下弦の月、新月が施されている。
「神器『整月の指輪』。一人のルナリド神官が五つの指輪を全て同時に填めている時だけ、専用魔法『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』を使えるようになっている」
「あっ……」
ルナリドの手から指輪が浮き上がり、ルナの左手へと指輪が向かっていく。
そして五本の指にちょうどいいサイズの指輪が一つずつ填まっていく。
「っつ!?」
同時にルナの脳内に『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』と言う規格外の魔法がどのような魔法なのかが、痛みと共に流れ込んでくる。
この魔法があればどのようなことが可能になるかも理解させられていく。
扱う事で生じる危険も思いついていく。
「これはまた……重要で厄介な代物ね……アイツらを相手に守り抜くことも考えないといけないなんて……」
「そこは自分でどうにかして欲しい。ま、最悪でも彼女に頼んで焼き払ってもらえばいいんじゃないかな。たぶん、彼女の逆鱗に何人かは触れるだろうし」
「嫌な予言ね……」
「予言ではなく事実さ。けど、分かり易い欲で動く人間相手なら、案外どうにかなるものだよ」
やがてルナの頭の痛みが治まってくる。
その頃にはルナが居る白い空間は揺らぎ始め、ルナリドの姿も霞み始めていた。
「それよりも今はメンシオス。彼自身はともかく、彼の研究成果だけはなんとしてでも葬り去った方がいい。物とは何時か所有者の制御を飛び出す物。となれば、アレは世界を蝕み、滅ぼす毒になるからね……気を付け……なよ……」
「時間切れね……」
そうしてルナは『整月の指輪』を左手に填めた状態のまま『フィーデイ』へと戻されていった。




