74:普通は知れない情報
「さて……」
部屋に入った私は早速アイテム欄から、私自身の体から零れ落ちた薔薇の花弁を取り出す。
「『オル・オル・レコード・リド=ライ=スキルブク=エンサイクロペディア・アウサ=スタンダド』」
そして魔法を発動。
半透明のウィンドウを無数に出現させる。
で、私の花弁が素材として使えるかどうかを確かめる。
確かめて……
「うわっ、本当に使える……それもレベル80台のレイドボス扱いで。自分が準神性存在に分類されるのは知っているけど、こうしてシステム的にレイドボスとして扱われると流石にちょっと違和感があるわね……」
少しだけショックを受ける。
「まあ、それだけスィルローゼ様に近しい存在になっているって事だし悪くはないか」
まあ、少しだけだが。
私の記憶通りなら、他の準神性存在だってレイドボスなのだ。
今の私は一応、それらの存在に並ぶ存在であるのだし、それを考えたらレイドボス判定を受けてもおかしくはないだろう。
尤も、他の準神性存在の強さを考えたら、私などまだまだ木っ端のような強さしか持っていない。
だから……もっと鍛えなければいけないだろう。
少なくとも同レベルのレイドボスを真正面から初見で受け止めて、競り合える程度には。
「さて、これで素材の問題は片付いたし……次はミナモツキの力の源の件ね」
しかし、鍛錬とは一日で成るようなものではなく、日々の積み重ねである。
そして、今はもっと優先しなければならない問題がある。
「『スィルローゼ・ウド・ミ・ブスタ・ツェーン』からの……茨と封印の神スィルローゼ様。貴方様が代行者エオナが僭越ながら求めます。どうか私の問いにお答えくださいませ。『スィルローゼ・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』」
私は隠蔽スイッチを切った上で、『スィルローゼ・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』を発動する。
すると私の意識は此処ではない何処かへと飛んでいき……
「来ましたね。エオナ」
「はい、僭越ながら、お言葉を頂戴しにまいりました」
スィルローゼ様の御前へと導かれる。
「では、質問を承りましょう」
スィルローゼ様の姿は以前お会いした時とお変わりなく、愛らしく、そして健康的な姿をしている。
どうやら、私たちの行動の結果として心を病んだり、体を害されたりと言った事にはなっていないようで、私としては安心である。
「エオナ?えと、大丈夫ですか?昼の戦いで疲れているようなら……」
「は、すみません!ちょっとスィルローゼ様に見惚れていただけです!」
「なら良いのですけど……無理はしないでくださいね」
「はい、それは勿論です!」
と、いけない。
思った傍からスィルローゼ様に心配をかけてしまった。
それは私としては一生の恥であるが……今はどうでもいい私の恥などよりも、もっと優先するべき事がある。
「それでその……聞きたいことはフルムスに存在していたイベントモンスターの一体、ミナモツキについてです。アレはいったいどのような物なのでしょうか?お答えを頂けるかは分かりませんがお願いします」
「ミナモツキですか……少し待っていてくださいね。私の管轄外ですけど、ルナリド様、ミラビリス様、それから他の何柱かの方に……後、プログラーム様にも尋ねてみて……あ、返信が来ましたね」
スィルローゼ様が手元に出現させたタブレット型の端末で何か操作をする。
すると、直ぐに可愛らしい着信音が端末から発せられる。
「えーと、これはプログラーム様からですね」
「プログラーム様?」
「『Full Faith ONLine』のプログラム担当だった方です。ちょっと変わった方ですけど、凄い御方ですよ。ゲームだった頃の『Full Faith ONLine』は各種イベント、魔法、モンスターと言ったアイデア部分は私たちが担当しましたが、それをゲームとして成立させ、動くようにしてくださったのがこのお方ですね」
「なるほど。それは確かに凄い御方ですね」
真っ先に返信がきたのはプログラームと言う名前の神様からであるらしい。
その名前はちょっとどうかと思うが……あの広大で膨大で深遠な『Full Faith ONLine』のゲーム部分を作ったと考えたら、桁違いの神様なのは間違いないだろう。
スィルローゼ様が凄いと褒め称えるのも納得できる。
「それで返信の内容は……ミナモツキについての設定資料のようですね。あ、ミラビリス様からもだいたい同じ内容のが来ましたね」
さて、ミナモツキについての情報である。
「えーと、ミナモツキですが、アレは設定としては鏡と迷宮の神ミラビリス様の神器であったものが、悪神ヤルダバオトの汚染を受けたものと言う事になっているようです」
「ふむふむ」
「能力としては空に浮かぶ月を水鏡に映し出すように、本物として指定したものの複製品を作り出すようですね。ただ、ヤルダバオトの影響を受けているために複製品には心身に歪みが生じていて、その歪みが原因で悪事に走る。だから、それを解決するためにプレイヤーが動くことになる、と言う話のようですね」
「なるほど。心当たりはあります」
どうやらミナモツキは元々神聖な物であったらしい。
なお、神器と言うのは、それぞれの神の力をとても強く注ぎこまれたアイテムの事であり、プレイヤーが所有する事は出来ず、イベントで目にする機会があるくらいである。
「ですが、どうして神器が汚染されたので?それに神器が管理者も居ない状態で放置されているのも妙だと思うのですけど……」
「えーと、その辺りについては特に理由はないようですね。ミラビリス様からも『ごめん、考えてない』という返事が来てます。すみません、力になれなくて」
「いえ、そんな、スィルローゼ様が謝る事ではないと思います!」
「そうですか?」
「その通りです!調べるプレイヤーが出てこなければ考えておく必要のない部分なんですし!」
「なら、いいんですけど……」
うん、裏が無い物は仕方がない。
そこは予算とか納期とかの都合もあるし、ゲーム上さほど重要な情報でもないのだから。
しかしこうなってくると……ミナモツキはある意味ミラビリス様とヤルダバオト、双方の神器と言う扱いなのかもしれない。
そして、このような扱いの神器は……きっと『フィーデイ』中に存在しているに違いない。
うん、こっちの件についてもいずれは手を打つべきなのかもしれない。
「しかしこうなると、ミナモツキは……」
「一応、こちらで浄化する方法を検討してみます。ですが、それが不可能であれば封印をお願いします。エオナ」
「心得ました。スィルローゼ様の願い、謹んでお受けいたします」
私はスィルローゼ様に向けて頭を下げる。
それと同時に魔法の効果が切れ始めたのだろう。
私の意識が急速に引き戻され始める。
「エオナ、どうか気を付けて」
「はい……」
そして『フィーデイ』に戻ってきた私は……
「ーーーーーーーー!!」
感極まって鼻から大量に赤い物を噴き出していた。




