72:フルムスの王
今回の話には人によっては不快に感じる描写が存在します。
ご注意ください。
なお、本話を一言でまとめてしまうならば、ファシナティオは真正の屑、となります。
「誰が!生きて!帰ってこい!なんて!言った!」
豪華な装飾が施された、何処かの王族の為に用意されたであろう部屋の中に激しい打擲の音と、感情が昂り、怒り狂った女のヒステリックな声が響き渡る。
「ごめ……」
「アンタは!複製体!突っ込んで死ぬのが仕事だろうが!!」
叩いている女の名はファシナティオ。
フルムスを実質的に支配している元プレイヤーであり、魅了の魔法が得意だと自称するヤルダバオト神官。
長く伸ばされた銀色の髪に、血のように赤い目、作り物めいた顔、少女と言って差し支えの無い身長と不釣り合いな大きさの胸と露出度の高い衣装は、そう言う趣味の者にとってはこの上なく魅力的に映るだろう。
「いたっ……」
「それが!片腕だけで済んで!生きて帰ってくる!?それじゃあまるで!アイツに背を向けた妾が!アンタより!格が劣るみたいじゃないの!!」
だが、ファシナティオは今、怒り狂い、整えられた髪が乱れ、化粧が汗で崩れるかもしれないのも気にせずに、手にした杖で目の前の少女……シュピーの複製体を激しく叩いていた。
何度も何度も、シュピーの複製体が許しを乞うのも聞かずに叩き続け、その体を構成している水が絨毯へと染み込んでいっていた。
「ずみまぜ……あがっ!?」
「ーーーーー!!」
「喋るな!この豚!!ああくそっ、ムカつくわね……エオナ……なんであの女がまだ生きているのよ。あんなクソイカレ狂信者、初日にとっととぶっ殺しておきなさいよ。これだから雑魚モンスター共は……本物のクソ豚ぁ!私をそんな目で見んじゃないわよ!!」
ファシナティオの杖が再びシュピーの複製体に向けて振るわれる。
そして、シュピーの複製体が意識を保つのがやっとな状態になっても杖は振るわれる。
部屋の中にはファシナティオとシュピーの複製体以外にも人間は居た。
だが、彼らは虚ろな目のまま、ファシナティオの行為を褒め称えるか、あるいはこの場にもう一人居る少女を抑え込むかのどちらかしかせず、止めるようなことは無かった。
「ーーーっ!?ーーー!……!」
「ちっ、本格的に反抗的な目ね。ムカつくわ」
そう、部屋にはもう一人少女が居た。
名前はシュピー。
エオナがあったシュピーのオリジナルでもある薄い水色の髪に銀色の目を持つ少女は、猿轡をかまされ、屈強な男たちによって四肢を抑え込まれた状態で、自分の複製体が殴られる様子を恐怖と怒りが入り混じった目で見続けていた。
その為、彼女に対してもファシナティオは猛烈な勢いで杖を振るい、その場に赤い血を散らばらせる。
まるで自分が上であることを誇示するように。
「ムカつくし……そうね、折角だからお揃いにしてあげましょうか。猿轡を外しなさい」
ファシナティオが杖を捨て、代わりにノコギリのような刃の付いた剣を手に持つ。
そして、その剣の刃をシュピーの右腕に当て……
「何を……」
「そうらっ!いい声で鳴きなさい!!」
「あああああああああああああああああああああああ!?」
一気に引いて、皮を、肉を、骨を裂いていく。
そして、引き終えると今度は押し込み、その刃の形に相応しい使い方でシュピーの腕を少しずつ切っていく。
切っていき……絨毯が真っ赤に染まったところでシュピーの腕は完全に切り落とされる。
その傷口はシュピーの複製体の傷口が極めて滑らかであるのに対して、見るも無残な状態となっており、そのままそれぞれの傷をつけた者の精神性を表しているようだった。
「あははははっ!いい様だわぁ!!妾の気を損ねるからそうなるのよ!!」
「あああああああああぐううううあああああああああああああ!?」
「ほらほら鳴きなさい!鳴け!鳴け!この豚が!どうせ死んだって生き返るんだし、折角だから両手両足を……」
だが、ファシナティオの気はシュピーの片腕を切り落としただけでは収まらなかった。
ファシナティオの剣と悪意はシュピーの脚へと向けられていた。
しかし、実行されることは無かった。
「そぎゃ!?」
「「「!?」」」
「「あ……」」
それよりも早くファシナティオの頭部が弾け飛び、崩れ落ちた為に。
そして、それを為したのは黒い外套と蘇芳色の気を纏った、身長3メートル近い黄金色の骸骨……『Full Faith ONLine』では魔骸王メンシオスと呼ばれていたモンスターの拳だった。
「何を下らない真似をしている。魔人王ファシナティオ」
「「「がぎっ!?」」」
「傷が……」
「治っていく……」
ファシナィオの死体が消え去る。
同時にメンシオスの体の輝きが少しだけ薄れ、部屋の中に居た男たちの全身を黒い刃が引き裂いて殺し、二人のシュピーの全身の傷口を塞いで出血を止める。
「何のつもりだぁ!メンシオ……ス……」
「それは、こちらの、台詞だが?」
そしてリポップしたファシナティオが奥の部屋から、先程まで自分が居た部屋に飛び込んだ瞬間。
二人のシュピーの近くに居たはずのメンシオスはファシナティオの目の前に移動し、腰を折り曲げ、その髑髏の顔をファシナティオに突き付け、眼球の無い眼窩をメンシオスの目前へと突き付けていた。
「吾輩。口を酸っぱくして言っていたはずだが?準備が整うまで勝手な行動は慎め、と」
「じゅ、準備なら……」
「整っていなかった。エオナと言う規格外の化け物が居たのは想定外だが、エオナが居なくても貴様は敗走していた。吾輩はそう断言しよう」
「そんなの、やって……」
「やらずとも分かる。我らと奴らにはそれだけの戦力差がある。そして、馬鹿な振る舞いを何度もすれば、不死と不滅の軍隊でも無力化する手段を見出すのが人間と言うものだ。貴様のような絵に描いたような愚者には理解出来ないかもしれないがな。ファシナティオ」
ただそれだけ。
ただそれだけでこの場の空気は完全にメンシオスが支配していた。
ファシナティオの全身には脂汗が滲んでいた。
「ああそれともだ。ファシナティオ、貴様は吾輩の実験材料になりたかったのか?ならば歓迎するぞ。根っからのヤルダバオト神官ならば、それはそれでいい実験材料になりそうだ」
「ひっ!?顔が!?妾の顔がアアァァ!?あ……ぎ……」
メンシオスの口から黒い吐息が出され、それに触れた部分からファシナティオの皮が黒ずみ、腐り落ちていく。
その為ファシナティオは慌ててメンシオスから離れようとするが、その頃には肉も骨も腐り落ち、ファシナティオの体は崩れ落ちていた。
「さて、吾輩は帰るか」
「っつ!?」
「私たちを何処へ……」
メンシオスは二人のシュピーの体をつまみ上げると、ファシナティオの部屋を後にする。
「貴様たちは街中の適当な場所にだ。ファシナティオの手の者に見つからぬよう、貴様が匿っている連中と上手く合流するがいい。複製の方は何か言伝も預かっているようだしな」
「「!?」」
「さて、直に戦争か。それまでに吾輩の研究が完成すると良いのだが……ああ、実験材料になりたいのなら、貴様が匿っている連中含めて、何時でも歓迎しよう。ではなぁ、カッカッカッカッ」
そして、フルムスの街中で揃って片腕となったシュピーたちを下ろすと、3メートルを超す巨体を霞のように周囲の光景へと溶け込ませ、そのまま消え去った。
05/30誤字訂正




