7:神殿にて-2
「ではエオナ様。大丈夫だとは思いますが、何かあったら躊躇わないように。私は地下に降りる階段の入り口に居ますので」
「分かりましたわ」
「ふん……」
薄暗い地下牢の中では金色の髪に茶色の目を持った男がベッドに腰かけていた。
武器防具の類は身に着けていないが、宝珠は身に着けたままなのだろう、その身から漂う力は村人たちとは明らかに格が違う。
うん、間違いなくプレイヤーだ。
「ではまずは自己紹介と行きましょうか。私の名前はエオナ。茨と封印の神スィルローゼの神官で『Full Faith ONLine』のプレイヤー。レベルは87よ」
私は椅子に腰かけると、腰の剣に片手を置いた状態で自分の名前を名乗る。
対する男の返事は……想定外のものだった。
「現役って事か……俺はジャック・ジャック。ステータス画面を見る限りじゃ金と文明の神シビメタの神官で、レベルは42だ」
「現役?」
「俺は引退勢だよ。しかも、こっちに飛ばされた時はVR機器どころか、パソコンにもスマートフォンにも触れてなかった」
「!?」
何故ならば、男……ジャック・ジャックは既に『Full Faith ONLine』を止めていて、しかも自分のステータスすら完全に忘れていたほどに縁遠くなってしまっていたにも関わらず、今回の件に巻き込まれたと言ったのだから。
「流石に引退勢まで巻き込まれているとは思わなかったわね……」
「だろうな。俺だって理解不能だよ。此処が現実だってのはクソ寒いベッドと不味い食事のおかげで受け入れたが、この手の異世界転移物で巻き込まれるのは、その時ちょうどログインしていた不幸な奴らだけってのが鉄板だろうに」
そしてジャック・ジャックの言葉から私はとても嫌な想像をせずにはいられなかった。
もしもジャック・ジャック以外の引退勢まで巻き込まれているのであれば、もしもサーバー上にデータさえ残っていればいいのであるならば……今頃、七大都市含めて、全ての主要都市は地獄と化しているのではないかと言う、とても嫌な想像をせずにはいられなかった。
「だがまあ、俺はまだ幸運な方なんだろうな。この状況に動転して村人を殴っちまったのに、普通の装備だけを没収して、此処にぶち込むだけで済ましてくれた。飯だって貰えてる。謝罪の言葉も一応ではあるが受け入れてもらえた……本当に幸運だよ」
「そうね。幸運だと思うわ。この村で生きている私たち二人はかなり幸運だと思う。モンスターに襲われて死んだプレイヤーや、自殺してしまったプレイヤー、それからアチラの方に居るプレイヤーに比べて」
「まったくだ」
同じようなことはジャック・ジャックも考えていたのだろう。
昨日または一昨日の内に何人ものプレイヤーが向かったというクレセートの方角を向くと、何かを察するように目を細めている。
だが、この件に関して私たちに出来ることは無い。
精々が、マトモなプレイヤーが音頭を取ってくれることを願う事ぐらいなものだ。
だから私は話題を変える事にする。
「それで、貴方はこれからどうするの?貴方の反省具合からして、そう遠くないうちに出してはもらえると思うけど」
「当然、元の世界に帰る方法を探す。そして、可能なら、こんな事をしたやつをぶっ飛ばす」
「信仰値が自然経過で減る下限値の状態で?」
「……。それを言わないでくれ。と言うか、3年近くほったらかしにしたデータなんだ。信仰値なんて残ってるわけないだろ……」
私の言葉にジャック・ジャックは分かり易く落ち込む。
まあ、『Full Faith ONLine』ではシステム上、デイリー祈祷を欠かすと信仰値が下がるので、こればかりは仕方がないか。
「問題は他にもあるわね」
「問題?」
「貴方、本物の殺気と血の匂いに塗れて戦える?」
「……。分からない。分からないが……いきなりはたぶん無理だと思う」
私の言葉にジャック・ジャックは視線を逸らしながら答える。
どうやら一般的な日本人として、そういう経験は無いらしい。
「つまり、そちら方面での訓練も必須、と言う訳ね」
「そう言うアンタは?」
「目覚めたのが枯れ茨の谷の奥底だったおかげで初日から殲滅戦。次の日には大規模な解体作業。ついでに言えば、さっき六人ほど自殺者の埋葬も済ませてきたわ」
「……。アンタ、元の世界での職業は?」
「ただの大学生だけど?」
「ぜってー嘘だ……プロの傭兵とか、屠殺業者とか、解剖医とかだろ……」
「失礼ねぇ。私は現実含めてスィルローゼ様を信仰しているだけでただの文系大学生よ。それ以外の何者でもないわ」
「信じられねぇ……」
ジャック・ジャックは信じられないという顔をしているが、これは事実だ。
私がこれまでに見た衝撃的なものたちに耐えられているのは、スィルローゼ様への信仰心があるからこそである。
「ま、戦闘訓練は信仰値を戻してからの話。で、その信仰値については地道に戻していくしかないわね。シビメタ様の神官なら、農機具や調理器具の修理でも信仰値が稼げるはずだから、ここの神官さんに相談してみなさい」
「信仰が無くなったことに対する言い訳はどうするんだ?この世界の常識なら、神官が日々の祈りを欠かすなんて有り得ない事だろう」
「そっちについては悪と叛乱の神ヤルダバオトに積み上げてきた信仰を奪われてしまったようだとでも言えばいいと思うわ。今回の件はヤルダバオトが原因だと、神官たちも考えているようだから」
「あー、モンスターたちに加護を与えている神……だったか。まあ、説得力はあるか。気が動転したこと含めて……いや、もしかしたら本当にヤルダバオトの仕業と言う可能性もあるのか」
「そう言う事ね」
ヤルダバオトが実在するかどうかは不明である。
だが、現状では元凶の第一候補として挙げておいていいだろう。
「いずれにせよ。まずは此処ロズヴァレ村で足場固めをしっかりとする事ね。何をするにしても拠点は必要になるから」
「そうだな。戦うための力に装備、生きる為に必要な水に食料。これからどうするにせよ、これからどうなるにせよ、此処は守るべき場所になるか」
「そんな訳でロズヴァレ村に二人だけ残ったプレイヤーとして仲良くしましょうか。ジャック・ジャック」
私はジャック・ジャックに向けて右手を伸ばす。
「ジャックかJJでいいよ。誕生日から付けた適当な名前だしな。何にせよよろしく。エオナ」
「ええ、よろしく。ジャック」
そしてジャックも右手を伸ばし、私とジャックは握手を交わした。
04/05誤字訂正




