55:羊食いの森-4
「殺スウウゥゥ!!」
「ちっ」
「さて……」
アタシプロウ・ドンが右前足を振り上げ、私たちに向けて叩きつける。
私もビッケンもそれを左右に分かれて跳ぶ事で回避する。
「『スィルローゼ・プラト・ラウド・スィル=ベノム=ソンカペト・アハト』『サクルメンテ・ウォタ・サクル・エクステ・フュンフ』」
そして、私は茨の領域を展開、強化。
周囲のアタシプロウたちが戦いに加われないようにする。
「『ルナリド・ムン・ミ・ダメジ=リフレク・フュンフ』」
「グギッ!?」
対するビッケンは自身に反射魔法をかけた上でアタシプロウ・ドンに攻撃。
アタシプロウ・ドンの反撃によるダメージの一部を反射して、ダメージを積み重ねる。
「フウウゥゥ……何ヲ……」
不可解な反撃を受けたアタシプロウ・ドンは森の木々をなぎ倒しつつ距離を取る。
当然、その移動の際には私の茨によってダメージを受けるが……分厚い脂肪のせいか、どうにも効きが悪い感じがある。
「『ブレドパワ・メタル・エクイプ=ソド・エハンス=ヘビ・ツェーン』。で、一体何をどうやったら、あの状況からあんなに動き回れるようになるんだ?火力もレベル50のパーティボスクラスにはなってるぞ」
「『スィルローゼ・プラト・ワン・ヒル・ツェーン』。ヤルダバオトの加護によって何かを得たんでしょうね。あの口ぶりからして私の魔法の危険性だけは理解しているようだし」
ビッケンは自分の魔法によって剣の強化を重ねる。
私はビッケンの傷を癒しつつ、アタシプロウ・ドンをどうやって封印するかと言う戦術を組み立てていく。
「具体的には?」
「ゼロ距離でも最高速で行動……くらいはあると思うわ。でないと、あの巨体でもこの森の木々をなぎ倒すとか無理だと思うし」
「なるほど。それぐらいはありそうだな。『ルナリド・ムン・ミ・ミラジュ・フュンフ』」
アタシプロウ・ドンは遠くから私たちの様子を窺っている。
が、間違っても油断は出来ない。
『Full Faith ONLine』の時と違って森の木々が破壊可能になったとは言え、加速のために必要なスペースもないのに木々をなぎ倒しながら一瞬で長距離を移動できるのだ。
となれば、瞬時に加速が完了するぐらいの異常な能力ぐらいは得ていると判断するべきだろう。
「しかし、幾つの自己バフを持っているのよ。ビッケン……あ、『サクルメンテ・カオス・ワン=バフ・エクステ・フュンフ』」
「こちとら『満月の巡礼者』の切り込み隊長だぞ。相手が何を仕掛けて来ても対応出来なければ、そんな立ち位置には居られないさ。『ブレドパワ・ミアズマ・ロウ=ネクス=バフ・ブロク・アハト』」
だが、攻めてこないのなら、それはそれで好都合。
と言う訳で、私は強化を延長し……ビッケンは試しにだろう、珍しい魔法を使う。
「殺……ヌグオッ!?」
アタシプロウ・ドンが突っ込もうとしてくる。。
だが、その動きは先程までのそれと違って明らかに鈍く、太った体もあって、木の一本もなぎ倒せず移動に失敗。
それどころか、木の幹に激しく頭を打ち付けてふらつく。
「オーケー、強化魔法で確定だ」
何故そんな事になったのか。
それはビッケンの使った『ブレドパワ・ミアズマ・ロウ=ネクス=バフ・ブロク・アハト』の効果が、自分の周囲で使われた次の強化魔法や能力の発動を阻害するという非常に独特かつ特殊な効果を有する魔法であり、アタシプロウ・ドンの能力が自己強化の一種であったためである。
「強化阻害とか、ビッケンも人の事を言えない程度にはエグい魔法を持ってるじゃない。『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』」
「俺にとっては副産物みたいなものだけどな。『ブレドパワ・メタル・エクイプ=ソド・エハンス=キン・ツェーン』」
ただ、この阻害魔法……扱いがかなり難しい。
なにせ、阻害対象の指定が次の強化しかないため、タイミングを誤ると味方の強化魔法を阻害してしまうのだ。
その為パーティで使うならば、相応の連携が取れる相手である事が前提の魔法である。
「ふんっ!?」
「ギャイン!?コノッ……ッ!?」
「お生憎様。幻影だ」
ビッケンの剣がアタシプロウ・ドンの脚を切り裂く。
そして反撃がビッケンに当たるが、攻撃が当たったはずのビッケンの姿は霞のように消え去り、離れた場所に何事もなく現れる。
これは『ルナリド・ムン・ミ・ミラジュ・フュンフ』の効果だ。
「『スィルローゼ・プラト・ワン・バイン=ベノム=スィル・ツェーン』……ビッケン!そのまま一度倒しちゃって!」
「分かった。MPの残りがちょいとキツいが……『ルナリド・シャドウ・ワン・スライス・ツェーン』!」
「!?」
私の茨がアタシプロウ・ドンを拘束する。
勿論、ボス相手にそう長続きはしないが……ビッケンが影の刃を生み出して、アタシプロウ・ドンの首を落とすには十分すぎる時間である。
「首を落としたが……本当に早いな」
首が落ち始めたアタシプロウ・ドンは瞬く間に肉が崩れ、骨が砕け、力の抜けた体が崩れ落ちるよりも早くに体が消滅する。
そして、直ぐに不完全な形ではあるもののリポップを始める事だろう。
「それでこれから……」
「『サクルメンテ・カオス・ミ=ゴギオ・エハンス・フュンフ』、『サクルメンテ・ウォタ・ラウド・ドリンク・フュンフ』、『スィルローゼ・ウド・ミ・ブスタ・ツェーン』、『スィルローゼ・プラト・ラウド・スィル=ベノム=ソンカペト・アハト』、『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』、『サクルメンテ・ウォタ・サクル・エクステ・フュンフ』」
だから私は隠蔽スイッチを切って代行者としての姿を現した上で、既にリポップを開始しているアタシプロウ・ドンに備えた詠唱を始める。
周囲に茨を敷き詰め、私とビッケンの近くを安全圏にしつつも、目的の場所にそれを仕掛けていく。
アタシプロウ・ドンの骨が構築され、肉が生まれ、皮が張られていく中で、急いで準備を整えていく。
「ちょ、おまっ、何を……」
「アオオオォォ……」
そうしてアタシプロウ・ドンが完全にリポップして、先程までよりも少し痩せた姿をしっかりと現したタイミングで……
「『スィルローゼ・ファイア・フロト・イグニ・アハト』」
着火。
「する……!?」
「ン!?」
アタシプロウ・ドンの巨体を容易に包み込んだ上、天まで焦がすような勢いで火柱を生じさせた。




