53:羊食いの森-2
「『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』」
「『ルナリド・ムン・エクイプ・エンチャ・ツェーン』」
「「「ーーーーー!?」」」
私の剣が青い光を、ビッケンの大剣が蘇芳色の光を放つ。
そして振るわれた二つの刃は、私たちに襲い掛かろうとしたアタシプロウ……狼型のモンスターたちを難なく蒸発させる。
「「「ガアアッ!!」」」
「「「グルアアッ!!」」」
「「「バウバウアッ!!」」」
「なんつう数だ」
「全くね」
しかし、息つく暇もなく次のアタシプロウたちが襲い掛かってきて、迎撃を余儀なくされる。
だが、数が多いだけ。
所詮は遥かに格下のモンスターである。
ビッケンが大剣で多くのアタシプロウを消し飛ばし、その隙を突こうとしたアタシプロウを私の剣が切り払う事で、何事もなく捌くことに成功する。
「「「ガアアッ!!」」」
「「「グルアアッ!!」」」
「「「バウバウアッ!!」」」
「いや、多いなんて次元じゃねえな。これ」
「そうね。明らかに異常だわ」
そう、数がどれほど増えようとも、捌くのに支障は無い。
しかし……流石に50を軽く超える数を消し飛ばしても、まるで尽きる様子も怯む様子も見られないのは異常である。
「ちょっと確かめるわ。『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・アインス』」
「ギャイン!?」
私の魔法によってアタシプロウの足元から茨の槍が出現し、その体を激しく打つ。
飢えでやせ細った体では私の攻撃に耐える事など出来るはずもなく、アタシプロウは命を失った上でその身を宙に舞わせ……地面に着くと同時に腐敗して骨だけになり、骨も直ぐに砕け散って消滅する。
「おいおい、何だよ今のは……エオナ、お前の魔法じゃないよな」
「当然違うわ」
私とビッケンは無数のアタシプロウたちに対応しつつ、今見えた物が何だったのかを話し合う。
「たぶんだけど、今のはプレイヤーの死に戻りと同質の現象だと思う」
「死に戻り……おい、そうなるともしかして俺たちに今襲い掛かっているこいつらが、どいつもこいつもやせ細ってたり手負いだったりする理由って、デスペナルティか?」
切っても切ってもアタシプロウたちの数に減る様子は見えない。
間断なくアタシプロウたちは私たちに襲い掛かり、消滅させられている。
「そうね。もしかしたら、そうかもしれないわ」
「だがどうやれば、そんな事が……」
「たぶんだけどリポップする間隔だけを短くしたんじゃないかしら」
「は?なんだそりゃ?」
既に倒したアタシプロウの数は優に100を超えている。
羊食いの森の規模から考えて、これは明らかに異常な数である。
「たぶんだけど、死んでからリポップするまでの期間って、本来は体を万全の状態に戻すための時間でもあるのよ。モンスターもプレイヤーも」
「だからリポップした際にはHPMPが全回復するだけじゃなくて、満腹度とかも元通りってか?」
「ええそうよ。じゃあ、そこで、死んでいる時間だけ短くして、他がそのままだったら?」
「なるほど。再生が間に合わずに飢えたり、微妙に手負いだったりする状態で再登場って事か」
倒したアタシプロウは、こちらの攻撃の威力の大きさとは無関係に、瞬く間に消えてなくなる。
そして、再び飢え衰えた姿で私たちの前に現れてくる。
「しかし、どうしてそんな真似を……」
「枷の外し方を間違え……ま、ボスの頭の問題でしょうね。これは。とりあえず『スィルローゼ・プラト・ウィ・レジスト=エリダメ・ズィーベン』『スィルローゼ・プラト・ラウド・スィル=ベノム=ソンカペト・アハト』」
「「「ーーーーー!?」」」
私は私とビッケンを対象に地形ダメージ軽減魔法を張った上で、茨の領域を展開する。
するとそこに突っ込んできたアタシプロウたちは茨によって全身をズタズタに切り刻まれ……
「ク、クウゥゥン……」
「エグいな、おい」
「こうでもしないと休憩一つとれないじゃない」
血塗れのぼろ雑巾になって私たちの前に転がり、それから直ぐに消え去る。
「と、一つ確認だけど、『フィーデイ』だとフレンドリーファイアってどうなっているの?」
「モンスターからの攻撃と同じように入るぞ。おかげで誤射で死んだ奴もそれなりに居る」
「まあ、神様たちの加護で大丈夫なんて、こっちの状況じゃ通用しないわよね。と、念のために『サクルメンテ・ウォタ・サクル・エクステ・フュンフ』」
「そう言う事だな。そして、結界は更にエグくなる、と」
アタシプロウたちの悲鳴はあらゆる方向から響いている。
どうやら、茨の領域が展開された程度では、彼らの足が止まることは無いらしい。
まるでレミングスだ。
「ま、そういう訳だからな。広範囲攻撃の時は気を付けてくれ。特にレベル50以下のプレイヤーを巻き込むような攻撃は厳禁だ」
「単純なステータス差のせいで、私たちにとってのジャブでも痛打になっちゃうものね」
「そう言う事だな。これに関しても何度か不幸な事故が起きてる」
「嫌な話ね」
何にせよ、これで落ち着いて状況考察をすると共に、これからの準備を支障なく行うための時間は作った。
と言う訳で、私は体の調子を確かめると周囲の状況を確認。
アタシプロウたちの断末魔の叫びが特にどちらの方角から来ているのかを探る。
ビッケンは懐から取り出した煙草に火を点けると一服し、煙を吐き出して周囲の空気の流れを見ると共に、煙草の強烈で独特な臭いに反応して動く物が無いかを探る。
「全ての方向から攻め込んできてはいる。けれど、あっちの方角から特に多くのアタシプロウたちが来ているわね」
「エネヨセの葉を使った煙草に反応する奴が居ないな。羊食いの森の動物系モンスターはアタシプロウだけだが、植物系や物質系も居たはず。こりゃあ、その辺も弄ったか?」
いま私たちが倒そうとしているアタシプロウ・ドンのような群れ系ボスの場合、その配下たちはボスの近くで現れるパターンが多く、アタシプロウ・ドンはその例に漏れない。
つまり、悲鳴が多い方にアタシプロウ・ドンは居ると考えていいだろう。
そしてビッケンが使ったエネヨセの葉を使った煙草。
これは火を点けると周囲のモンスターを刺激して、呼び寄せると言う効果を持っている。
だが、それに反応しないという事は……アタシプロウ・ドンはリポップするモンスターの種類も弄ってしまったのかもしれない。
「どうにもアタシプロウ・ドンは頭が残念なようね」
「まったくだ。まあ、所詮は低レベルの狼のボスって事なんだろう」
うん、色々と残念だ。
リポップする早さだけを高めて、部下たちを底なしの飢餓地獄に落としてしまっている点だけではない。
私たちの前に姿すら見せられないのに部下を突っ込ませ続けている点も、自分と同じ種族のモンスターしか現れないようにしてしまった点も残念だ。
全てもう少し想像する頭と考える頭があるなら、絶対にやらない手である。
成功していると言えるのが、森の木々の密度を上げて、暗くしたぐらいである。
「で、エオナ。お前の恒常的な無力化手段ってのは、どの程度の射程……と言うか条件を持っているんだ?それに合わせて俺は足止めを仕掛けるぞ」
「そうねぇ……とりあえず相手が生きていて、姿が見えるくらいは必須ね」
「分かった。じゃ、補助魔法をかけ終わったらアタシプロウ・ドンの居る方に向かうとしよう」
「ええ、そうしましょう」
そうして私たちは守りを固めるための魔法を中心として、補助魔法を一通りかけると、アタシプロウ・ドンが居るであろう方向に向かった。
05/16誤字訂正




