47:グレジファム村にて-4
「俺はグレジファム村守備隊長をやらせてもらっているビッケンだ。そちらも念のために改めて名乗ってほしい」
モンスターを始末した私が茨の馬に跨ってグレジファム村に帰ってくると、その門前には武装したプレイヤーたちが並んでいた。
そして、プレイヤーたちの中でも一番偉そうな、私が知っているギルドエンブレムを付けたプレイヤーが自分の名前を名乗る。
彼らに敵意はない。
だが、何処か怯えている気配はする。
となれば、これ以上、怯えさせるのは良くないだろう。
「私の名前はエオナ。スィルローゼ様に仕える神官です」
そう判断した私は茨の馬を消して着地すると、彼らに対して出来る限り丁寧に挨拶をする。
なお、この時点で既に隠蔽スイッチは入れてある。
何処から私が御使いではなく代行者である事がバレるか、その後の反応も含めて分からないからだ。
「エオナね……『スィルローゼ第一の使徒』のエオナで間違いないですか?後、そんなにかしこまらなくてもいいです。同じプレイヤーなんで」
「では口調はお互いに。で、二つ名については向こうの公式実況でそんな二つ名を付けられたこともあるわ。私如きが第一なんて烏滸がましいから、普段は使ってないけど」
「分かった。それでエオナ、お前に一つ聞きたいことがある」
「何かしら?」
どうやらビッケンと名乗ったプレイヤーは守備隊の隊長を任されるだけあって、冷静で合理的な判断が出来る人間であるらしい。
そして実力の方もしっかりとあるのだろう。
他のプレイヤーたちと違ってかなり落ち着いているし、身に着けている装備品も装備品の効果が薄い『Full Faith ONLine』にあっても、目に見えるだけの各種ブーストがかかるレアな装備品である。
「ロズヴァレ村はどうした?」
「……」
ただ、この脈絡のない質問はビッケンが考えたものではなく、彼が所属しているギルド……『満月の巡礼者』のギルマスが考えたものだろう。
彼女ならば私がロズヴァレ村を出た後、グレジファム村へ向かうことくらいは予想出来ているはずだ。
そして、この質問には……幾つもの意図が隠されている。
隠されているが……幾らでも裏を取れる情報であるし、正直に答える他ない。
「マラシアカを始末したことでロズヴァレ村の安全は確保してあります。他の雑魚モンスターについてもプレイヤーが一人、ロズヴァレ村に駐留してくれているので、大丈夫でしょう。まあ、応援が来てくれるならそれに越したことはありませんが」
「始末した?」
「マラシアカってレイドボスだよな……」
「いや、リポップ……」
「心を壊したって……」
「ざわつくな、お前ら」
私の言葉にビッケン以外のプレイヤーたちがざわつき始める。
どうやら、彼らもモンスターがリポップする事についての知識は既にあるらしい。
その知識がありながら、今の『フィーデイ』で村の守備隊……守る戦いを選べる辺り、この場に居るプレイヤーはかなり善良な部類に入ると判断して良さそうだ。
「方法について詳しく窺ってもいいか?」
「駄目ね。具体的な方法については信用できる人間以外に話せる情報ではないわ。ただ、マラシアカがロズヴァレ村含め、人間を襲う事はもう二度とないと断言するわ」
「そうか」
とは言え、流石に今出会ったばかりの彼らに対してスィルローゼ様から直接授かった魔法について教えるのはリスクが大きい。
私にとっても、彼らにとっても、だ。
「話を変えよう。尋問をすると言っていたが、敵はどうした?」
「自分たちがミナモツキの能力によって複製された存在である、と言う事すら知らないようだったから、普通に始末したわ。他のモンスターについては素材と肉を少々剥ぎ取った上で埋葬済みよ」
「埋葬?」
「ええ、埋葬よ。しないの?神官として相手がモンスターであっても、ちゃんと弔って、冥福を祈るのは当然の話でしょう?」
「「「……」」」
何故かは知らないが、彼らは微妙に唖然としているようだった。
そんなにモンスターの埋葬行為が珍しいことだと言うのだろうか?
私としては神官としての責務を抜きにしても、アンデッド化を防いだり、あるかは知らないが疫病の発生を抑えたり、少しではあるが信仰値を稼ぐ手段となったり、正しい輪廻に魂を導くことでヤルダバオトの力を削ぐ一助となったりで、むしろ積極的にやるべき行為だと認識していたのだが……そんなにおかしい行為なのだろうか?
「あー、その、なんだ。俺たちも埋葬そのものはやるんだが、そこまで真剣にやるものだとは捉えてなくてな……」
「ああなるほど。貴方たちはまだ……そう言う事なの」
ビッケンの言葉に私は彼らの反応の理由を察する。
それと同時にこの場には居ない大多数のプレイヤーの現状認識もおおよそだが察する。
早い話が……彼らはまだ、『フィーデイ』が現実であり、自分たちの信仰する神様とヤルダバオトが実在することを知らない、あるいは受け入れきれてないのだ。
その認識を無理に正す気にはならないが……そうなると、やはり彼らには代行者の件や、スィルローゼ様たちから授かった魔法の件は話すべきでなさそうだ。
どんな反応を生じるかの予想がつかない。
「ま、いいわ。信仰の重さは人それぞれ。重ければ尊いと言うものではなく、軽ければ粗末なものとも限らない。埋葬作業そのものを欠かしていないのであれば、私からこれ以上言うことは無いわ」
「お、おう、そうか……」
「それで、私は今晩の宿としてグレジファム村で休みたいのだけれど、村には入れてもらえるのかしら?」
「と、そうだった。エオナ、グレジファム村守備隊隊長として、敵を倒してくれて感謝する。強い上に人間の味方をしてくれるプレイヤーが村に入るのを断る理由もない。ぜひとも歓迎させてくれ」
「ふふっ、ありがとう」
どうやら村には入れてもらえるらしい。
ビッケンの言葉で門が開かれる。
「と、そうだ。さっきのエオナの一撃で、たぶんだが村の人間たちが怯えている。それで村人を落ち着かせるために事情説明をしてもらいたいんだが……説得力を持たせるためにも、御使いモードになった上で、さっきの茨の馬に跨ってくれないか?」
「……。分かったわ。『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』」
私はビッケンの村人たちを気遣って発せられた言葉に応えるべく、茨の馬を出現させる。
そうして、御使いの範疇に収まるように隠蔽スイッチを心の中で調整しながら、私はグレジファム村の中へと入っていった。
05/11誤字訂正




