46:グレジファム村にて-3
今回は別キャラ視点となります
「ビッケンさん、今日は何時来ますかねぇ。連中」
「分からん。こう言うのは間断なく攻め続けるか、不規則に攻め続けるかの二択で、敵は明らかに後者の攻め方をしてきているからな」
俺の名前はビッケン。
『Full Faith ONLine』のルナリド系ギルドの最高峰の一角『満月の巡礼者』で切り込み隊長を務めていたプレイヤーで、レベルは90。
信仰はメインが陰と黄泉の神ルナリド、サブが金と文明の神シビメタと剣と権力の神ブレドパワのほぼフルアタ編成。
好きな物は酒と煙草とゲームで、嫌いな物は特にない。
今はギルマスの頼みでグレジファム村の守備隊隊長と言う役目に就いていて、フルムス寄りの壁の上から外の様子を窺っている。
「不規則に攻め続ける、ですか」
「ああそうだ。不規則に攻め続けて、相手に疲労を蓄積させ、物資を浪費させる。『満月の巡礼者』でも都市間模擬戦争で時々使っていた手だな」
俺たちがこの世界……『Full Faith ONLine』の世界を模した異世界『フィーデイ』に飛ばされた一件、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた『悪神の宣戦』から一月。
この一月の間に起きた様々な出来事は、今も俺の心の中に鮮明に残っている。
そして、一月過ぎた結果として……俺たちは戦える者、戦えない者に分かれることになった。
「そんなに効果があるものなんで?」
「あるさ。こうして焚いている火の燃料だって馬鹿にならないし、俺らの食料と道具だって無限じゃない。もう少し敵の襲撃頻度が上がったら、睡眠不足と騒音、何時戦闘が始まるのかっていう緊張、それらがまとまって生じるストレスなんかの問題も出てくる。嫌らしい手だ」
そう、戦える者と戦えない者だ。
ゲームが現実となって、まず全体の半分ほどが様々な要因でもって死ぬか、行方不明になるかのどちらかになった。
残った半分の内、三分の二ほどは戦えない者になって、やる気がある奴は生産者か普通の神官として生きる道を選び、やる気がない奴は引き籠りか浮浪者として落ちぶれることになった。
そして残りは俺たち戦える者として、ヤルダバオトの加護を受けているモンスターたちとの戦いに身を投じた。
「ま、普通なら自分たちの側のリソース消費も馬鹿にならないからやらない手だ。リソース無限のチート陣営には関係なしみたいだけどな」
「そこだけゲームのまんまとか、本当にずるいっすよねぇ……」
正直に言って戦いは怖い。
死に戻りと言う最後の安全帯が無くなったのだから。
だがそれでも俺は戦う事を望んだ。
戦う以外に能が無かったと言うのもあるし、高レベルプレイヤー、トップギルドの一員として誇りや矜持と言うのもあったからだ。
そして戦いを糧とする生活は……俺の想像以上に俺に馴染んだ。
半分クソニートとして過ごしていた現実世界で生きるよりも、良い部下や慕ってくれる住民たちに囲まれたこちらの世界で生きる方が、よほど充実した生活を送る事が出来ていた。
「俺たちこの先どうなるんすかね……相手のリソースは無限大とか、どうやって勝てば……」
「大丈夫だ。そんなに心配すんなって。その内、ウチの作戦班がいい作戦を思いついてくれる。それまでの辛抱だ。ほれ、一杯飲んどけ。牛乳酒も案外行けるもんだぞ」
「本当に酒好きっすねぇ。ビッケンさん」
「酒は俺の燃料だからな」
そう、俺は『フィーデイ』と言う世界に適応する事が出来ていた。
少なくとも、生産活動や慈善活動すらせずに、自堕落に過ごしているような連中よりははるかに。
「ビッケンさん!」
「どうした?」
と、村の反対側の門の守りを任せていた部下が俺の元へ駆け込んでくる。
その表情に俺は一瞬、今日は反対側から連中が攻めてきたのかと警戒する。
「村の外に不審なプレイヤーが一名です」
「質問は?」
「答えました。名前はエオナ、レベル87のギルド未所属、スィルローゼ信仰とのことです。ビッケンさん?」
咽た。
部下が言った名前に反応して、俺は変な煙草の吸い方をしてしまい、咽てしまっていた。
「げほっ、ごほっ、うえっ……」
「えと、その……やはり、不審なプレイヤーだったんでしょうか。マズい!俺、アイツを奴と二人っきりに……」
「待て、大丈夫だ!そいつは聞き覚えがあるプレイヤーだ。手を出さなければ大丈夫だ」
「そ、そうなんですか……?」
俺は慌てて部下を止める。
どういう理由にせよ、エオナは手を出すべき相手ではないからだ。
いや、むしろ、ゲーム時代のアイツを考えれば、協力を要請するべきプレイヤーと言ってもいい。
「ああ、だから大丈夫だ。あー、門の外で待たせてあるんだよな。だったら、今から俺が迎えに行こ……」
そう判断して俺がエオナに会いに行こうとした瞬間だった。
「っつ!?」
「なっ!?」
「ひうっ!?」
全身の毛が逆立つような感覚を俺は覚えた。
同時に、グレジファム村の外からこちらに向けて進んでくるモンスターたちの姿も見えた。
だが、俺が今覚えている感覚の主は、真逆の方向から俺たちの真上に向けて飛んできていた。
そう、飛んでいた。
「まさか……」
馬に跨り、槍を投げる態勢を取った人型の何かが、花弁のようなものを撒き散らしながら、月を背後に夜空を駆けていた。
そして、俺たちの目の前で槍は巨大化し、青い木属性の光を放ち始め……死そのものとなった上でモンスターの集団へと、青い光芒を残しながら投じられる。
「アレは……ぐっ……」
爆発が起きた。
音が遅れてやってくる。
モンスターは消し飛んで、キノコ雲が生じて、後には茨の森が生まれていた。
明らかに人間業ではなく、レイドボスかそれに類する何かの一撃、アルテ系と呼ばれる信仰値を犠牲にする魔法のツェーンでも早々起こせるとは思えない現象が起きていた。
「お前……は……」
だが、俺たちの前に音もなく降り立ち、濃厚な薔薇の匂いと花弁を撒いているのは間違いなく人間であり、俺が知っているプレイヤーだった。
「敵を捕らえました。尋問するので、来たければどうぞ」
「あ、おい待て!エオナっ!」
そして、俺が呼び止める暇もなく、そいつは壁の下へと馬を飛び降りさせ、茨の森へと消えていく。
「ビッケンさん、今の奴が……」
「分かってる。エオナと名乗ったプレイヤーだろ……」
そう、俺はこの世界に適応する事が出来ていた。
適応出来ていた“だけ”だった。
「なあ、『満月の巡礼者』のギルマスが、この世界で生きるにあたって重要な事として挙げた三つを覚えているか?」
「えと、他人の信仰を蔑ろにするな。格上に挑もうとするな。英雄の後を追おうとするな。でしたっけ。でもなんで急に……」
「今から此処に戻ってくるのが、その三つ全てに大きく関わる本物……他人の信仰を蔑ろにする者は決して許さない、俺たちよりも格上の、英雄を通り越した狂信者様だ」
「!?」
本物の狂信者は……『スィルローゼ第一の使徒』『薔薇女王』『遅延戦闘の毒華』『LAキラー』と呼ばれた女プレイヤー、エオナはゲームの時を遥かに超えた力を手にしていた。
俺は震える自分の体を見て、それを悟らざるを得なかった。
05/11誤字訂正




