42:旅立ち-1
本日は二話更新です。
こちらは二話目になります。
「これでよし」
マラシアカ封印から二週間。
私たちが元の世界から『フィーデイ』に拉致されてからおおよそ一月が経った。
「いよいよか」
「ええ、いよいよよ」
今日まで私は必要なアイテムの作成、ロズヴァレ村の住民及びジャックの指導、それと念のために枯れ茨の谷とカミキリ城の安全確認を行っていた。
そして全てに問題が無いと判断したため、私はいよいよかねてから考えていた行動を始めることにしたのだった。
「この一月の間に状況はだいぶ悪化しただろうな……悪い、俺の実力がふがいなくて」
「この一月でどうしようもないほどに悪化するようなところは元々間に合わないわ。だから気にしなくて大丈夫よ」
「それでいいのか代行者……」
「手の届かないところまで救えるとは流石に思っていないもの」
そう、村を離れ、世界各地でのモンスター討伐の旅。
より具体的に言うのであれば、悪と叛乱の神ヤルダバオトの力を特に多く注がれている強力なモンスターたちの再封印を行う旅である。
「エオナ様。ご無事をお祈りしています」
「どうかご無事で!」
「頑張ってください!」
「皆さん、ありがとうございます」
ロズヴァレ村の村人たちも私の見送りのために集まってきてくれている。
だから私は彼ら一人一人に対して頭を下げ、礼を言う。
「えーと、それでまずは何処に向かうんだ?」
「勿論、クレセートに向かうわ。あそこには流れの神官も多いし、情報も集まっているだろうから」
「クレセートか……マトモに歩いたら二週間はかかるか……」
「マトモに歩いたらそうなるわね」
そうして礼を言い終わったところで、私は村人たちに自分から離れるように告げる。
「だから……『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』」
そして二つの魔法を発動。
自分の周囲に茨を敷き詰め、敷き詰めた茨を私の意思に沿って動かすことで変形させていく。
「これに乗っていくわ」
「本当に何でもありだな。代行者……」
馬の形に。
「では、行ってまいります。どうか皆様にもスィルローゼ様のご加護がありますように!」
そうして私は茨の馬の背にまたがると、七大都市であるクレセートを目指して、まずは百花の丘陵へと駆け出した。
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「はぁ……」
天幕の中、一人の少女が自身の目の前に積まれた大量の書類を見て、思わずと言った様子でため息を吐く。
「お疲れですか?」
「精神的にな。肉体的には何ともないが、この量の書類とか、元ニートの身だと目にするだけでキツい……」
「お気持ちはお察しします。手伝う事は無理ですけどね。俺も元ニートなんで」
「分かってる」
少女はとても嫌そうな表情をしつつも、鎧をまとった男性から書類を受け取り、目を通していく。
そして、時折ペンを手にとっては自身のサインなどを書き込んでいく。
「まったく。こんな事になるなら枢機卿になんてなるんじゃなかった……」
「今更、遅いですって。ここはほら、『脱ニート、就職したぜこの野郎!』的なノリで行きましょう。その方がまだ気持ち的にマシでしょうし。それに……」
「まあ、私以外が枢機卿になったら、状況は今以上に悪くなっていたか……」
「そう言う事です」
少女は読み終わった書類を慣れた手つきで二つの大きな箱と小さなファイルに入れていく。
そして、ある程度箱の中身が溜まってくると、天幕の外から若い神官がやってきては、何処かへと持っていく。
「だが、愚痴は言わせてくれ。選別、組み分け、訓練と教育。一月かけてこれをどうにか済ませたと思ったら、教皇様からの達成不可能クエストだからな。嘆きたくもなる」
「やはり攻略は不可能ですか」
「ああ、無理だ。局地的な勝利またはゲーム的な意味での勝利は可能であっても、大局的な意味での勝利と目標の達成は不可能だ」
書類の整理を終えた少女はそう言うと、近くに置かれた紅茶で喉を潤しつつ、男性にファイルの中身を何枚か見せる。
「……。こうなりましたか」
ファイルの中身を見た瞬間、男性は自分の眉間を手で抑える。
「私たちの相手が本物の化け物なのは分かっていた。だが、現実として出されると、ここまで萎えるものとは思わなかった」
「本当ですね。ゲームはゲーム、現実は現実。超えてはならない一線があると言うのがよく分かります」
「だがそれでも上の命令である以上、私たちはこの状況をどうにかしないといけない。この世界や信仰のためではなく、私たち自身の安全のためにも」
男性は見終えた書類をファイルに戻すと、少女に帰す。
「さて、何時までも悲観的な内容の書類とにらめっこを続けていても仕方がない」
「どちらへ?」
「激励と視察だ。私自身の目で一通り見て回って、情報が無いか集めてみようと思う」
「留守は……私ですか」
「ああ、そう言う事だ。頼んだぞサブマス。なに、一週間ほどで帰ってこれるはずだし、メイグイも連れていく」
少女は立ち上がると、見るからに重そうな法衣を脱ぎ捨て、その下に着ていた旅装を見せる。
その姿を見た瞬間、男性は今回の貧乏くじは自分が引いたのだと悟る。
「お気をつけてください。ギルマス。今の世界に絶対はありませんから」
「『満月の巡礼者』のギルマスとしてそんな事は百も承知だとも。では行ってくる」
そうして少女は天幕の外に出ていく。
夜空のように艶やかな黒い髪を風でなびかせ、満月のような金色の目を輝かせながら。




