4:ロズヴァレ村
「ふぅ、どうにか日暮れまでに着いたわね」
モンスターを倒して剥ぎ取ってを繰り返しながら枯れ茨の谷を進んだ私の視界に、花畑に囲まれた小さくて静かな村が入ってくる。
ここがロズヴァレ村。
茨と封印の神スィルローゼ様の信仰が生まれた地であると同時に、私がホームとして設定している村でもある。
主要産業は花の生産に養蜂、それらを利用した各種生産物……と、この話は今考える事じゃないか。
「お、おおぉぉ!」
「ん?」
村に近づいていく私の姿に一日の仕事を終え、それぞれの家に戻ろうとしていたNPC村人の一人が気付く。
「エオナ様だ!エオナ様がお帰りになられたぞ!!」
「おおぉぉぉ!ご無事でしたのか!!」
「村長に連絡を!スィルローゼ様の御使いエオナ様がお帰りになられたぞ!!」
「えーと……」
一人の気付きは直ぐに他の村人にも伝わり、私が状況を把握するよりも明らかに早く騒ぎは広まっていく。
「エオナ様!ご無事でしたのですな!」
「ああ、こんなに血と土で汚れて……ですが、お怪我がないようで何よりです!」
「ううっ、貴方様に何かあったらと思うと……」
「感謝の祈りを!エオナ様をお守りくださったスィルローゼ様に感謝の祈りを!」
「お変わりのないようで何よりでございます!」
「……」
恐らくだが、これも現実化の影響なのだろう。
『Full Faith ONLine』ではNPCはワザとNPCらしく振舞うように設定されていたが、私の前で私の無事を喜び、騒ぎ、中には涙を流して祈りを捧げるその姿は明らかにNPCのそれではなく、本物の人間のそれである。
なお、エオナと言うのは私の『Full Faith ONLine』での名前であり、スィルローゼ様の御使いと呼ばれているのは私の信仰値の影響だろう。
ゲーム中でもあった仕様だ。
「これこれ、皆のもの。エオナ様を困らせるでない。ほれ、それぞれの家に帰るのじゃ。直に日暮れじゃ」
「村長」
「すみません、つい」
「嬉しいのは分かるから安心せい。スィルローゼ様に感謝を」
「「「スィルローゼ様に感謝を」」」
と、ここでロズヴァレ村の村長……白くて長いひげを蓄えた老人が杖を突きながら現れて、村人たちはほんの僅かに足取りを重くしつつ、それぞれの家に戻っていく。
「さてエオナ様。改めてご無事で何よりです。そして、お騒がせしてしまい申し訳ありません。ですが、皆もエオナ様がカミキリ城に向かって丸三日が経とうとしても戻りそうにないという事で、気が気でなかったのです」
「そうでしたか。ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。少々トラブルがあったので、帰るのが遅れてしまったのです」
「おおっ、やはりと言うべきなのでしょうなぁ……あの者たちと違ってエオナ様は変わりないのですな……」
「あの者たち?」
「ええ、あの者たちです」
私が怪訝そうな顔つきで片眉を上げると、村長も片眉を上げた上で、自身の家を杖で軽く指し示す。
どうやら、『Full Faith ONLine』が現実のものとなっておおよそ二日。
既に何かしらの問題が発生しているらしい。
そして、その話は外でするべきではないのだろう、村長は私を家に招き入れると、ロズヴァレ村特産のローズヒップティーを淹れた上で話を始めてくれる。
「事の始まりは二日前の事。村に居た神官の一部たちが突然狂いだし、訳の分からない事を叫び始めたのです。『ログアウトが出来ない』『ゲームマスターは何をしている』『助けてくれ』『此処から出してくれ』と言う具合ですな」
「……」
神官の一部……まず間違いなく私と同じプレイヤーだろう。
「それから直ぐに枯れ茨の谷の方からも同じような状態の神官たちが現れました。彼らは何かとてつもなく恐ろしいものを見たかのように震えていたり、七大神の神殿の神官様たちに何かを訴えているようでした」
「……」
恐らくだがそのプレイヤーたちはモンスターに襲われたのだろう。
そして推測になるが……死人を出してしまった。
いや、そうでなくとも、モンスターから飛び散る血と臓物に何の支えもなく突然見せられれば、恐慌状態に陥るのが一般的な反応ではあるか。
スィルローゼ様への信仰と考える暇もない状況が合わさったために、その辺りを耐え切る他なかった私には無縁の話だが。
「彼らはそれから?」
「ある者はクレセートへ向かうと言って村を去りました。またある者は自ら命を断ちました。またある者は神殿で拘束されているか、日々の祈りすらもせずに引き籠っています」
「……。そうですか」
どうやらプレイヤーたちの状況はかなり悪いようだ。
それは村長が浮かべた失望と悲しみが入り混じった表情からも窺える。
まあ、クレセート……『フィーデイ』七大都市の一つで、『Full Faith ONLine』でも最もプレイヤーが多かった街の一つへ向かったプレイヤーたちについては大丈夫だろう。
自分で動く気力が残っているのだから。
自殺した者については諦めるしかない。
完全に死んだ者を生き返らせる手段は存在しない、あっても禁忌なのだから。
拘束されている者と引き籠っている者は……この後に、村長の許可を貰って個別に対応する他ないか。
「いったい彼らに何があったというのでしょうか。エオナ様、エオナ様は何かご存知ではありませんか?」
「そうですね……」
さて、村長の質問にはどう答えたものだろうか。
プレイヤーや『Full Faith ONLine』の話を出したところで村長が理解できる筈が無い。
だが、彼らに何が起きたのかは私には分かっている。
なので、私は暫し悩んだ後に口を開く。
「簡単に言ってしまえば、大規模かつ無差別で無秩序な神託があったのです。一部の神官たちの異常な行動も恐らくはそれに起因するものでしょう」
「神託……ですか」
まあ、嘘ではないだろう。
神託と言うよりは神意あるいは神威と呼んだ方が良さそうな気もするが。
「ええそうです。私もそれを受け取りました」
「っつ!?」
「ご安心を。スィルローゼ様のものではない神託如きでは私の心は小動もしません」
「あ、はい。エオナ様ならば確かにそうですな。エオナ様ですし」
村長の顔色が二転三転する。
なお、もしもスィルローゼ様からの神託が本当に来たら、私は発狂する。
狂喜乱舞と言う意味での発狂だが。
あ、うん、神託で思い出したが、どうせ現実化したならば、後で一つ試してみるべき魔法があった。
上手くいけば状況の打開にも繋がるかもしれない。
「さて、そうなると目下の問題は拘束あるいは引き籠りの状態にある神官たちをどうにかする事でしょうか」
話を戻そう。
「そうですな。エオナ様が何とかしてくださるならば、こちらとしても助かります。彼らにはエオナ様ほどの力はありませんが、それでも彼らが力づくで何かをしようとしたならば、村に駐在している神官殿以外ではどうすることも出来ませんので」
「分かりました。では、早速神殿に居る神官たちとやらに会うとしましょうか」
「あ、ありがとうございます」
私が今やるべきなのはこのロズヴァレ村で起きている問題の解決。
平穏を好むスィルローゼ様の為にも、これは絶対だ。
「ですが、その、その格好で会われるのは……」
「何か問題が……ありましたね」
「はい、血塗れと言うのは流石によくないと思います。それと今日はもう遅くもありますし……」
「分かりました。では、流れの神官に会うのは明日に致しましょう」
「よろしくお願いいたします」
だが、流石に血と土で汚れたこの姿で会うのは、相手を無暗に刺激するだけでよくないだろう。
村長の指摘でその事に気づいた私は、止むを得ず問題の解決を明日に伸ばすことにする。
「では、今日はもうお暇させていただきます。ご説明とお茶、ありがとうございました。村長」
「いえいえそんな……こちらこそありがとうございます。では、また明日」
「ええ、また明日。お願いいたしますね」
そうして私は村長の家を出ると、ゲーム時代から変わらない位置にある私の家……スィルローゼ様を祀る祠の直ぐ隣に建てられた一軒家へと向かった。
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