30:マラシアカ-2
「何故だ!何故攻め切れん!?」
「さて、何故でしょうね?」
戦闘開始から一時間。
地中を進むカミキリ兵たちの数を減らしながら、私はマラシアカの攻撃を捌き続けている。
その事にマラシアカは怒りを生じると共に理解できないと言った表情を浮かべつつも、ある程度は私に手傷を負わせる事が出来ているために、少しずつ手を変えた攻撃を繰り返している。
「一つ確かなのは、貴方の火力では私の守りは抜き切れないと言う事よ。マラシアカ。『サクルメンテ・カオス・ミ=バフ・エクステ・フュンフ』」
「戯言を!」
マラシアカが金属の槍を投げてくる。
私はそれを数歩動いただけで避けると、自分にかかっているバフを延長する。
「くそっ、茨が邪魔すぎる!『ヤルダバオト・ミアズマ・エリア……』」
「『サクルメンテ・アイス・エリア……』」
続けてマラシアカが茨の領域の解除を狙ってくる。
なので私はそれを防ぐための魔法を詠唱する。
「キャンセルだ!」
だが、私が詠唱を始めた時点で間に合わないと判断したのだろう。
詠唱を止めて巨大な金属の両刃鋏を生み出すと、それで私の体を両断しようとしてくる。
「止め。『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・アインス』」
対する私は詠唱を切り替え。
即死効果を持つ鋏の攻撃を冷静に跳んで避けつつ、魔法を発動する。
「逃がさ……っつ!?」
「知っていて食らう阿呆じゃないわよ。私は」
マラシアカが鋏を持つ手を素早く替えて、別の軌道で再び鋏が閉じられる。
空中に居た私はそれを自分の足に茨を絡ませ、地面に向けて引っ張ることで回避すると、そのまま茨を動かすことによって高速移動を開始。
「『スィルローゼ・プラト・ワン・バイン=ベノム=スィル・ツェーン』」
「ぬぐおっ!?」
そして十分に近づいたところで三度目の鋏攻撃を狙おうとしたマラシアカを拘束。
特殊行動を一時的に使えなくさせる封印とダメージを与える毒の状態異常は入らなかったが、拘束だけでも十分。
動きを止めた上で私は切り付け、マラシアカの手から鋏を叩き落す。
それだけでモンスターの能力によって出現していた鋏は消滅する。
「おのれエオナ……」
マラシアカが私の事を恨めしそうに見ている。
レベル的には自分の方が格下であっても、ステータス的にはレイドボスである自分の方が上だと確信しているから、今の状況に納得がいかないのだろう。
「スィルローゼ神官の持久戦適性を舐めないでほしいわね」
だが、私にしてみれば、これは当然の結果だ。
スィルローゼ様は茨と封印の神。
言い換えるならば、環境操作と各種拘束による持続ダメージと行動制限を与えることを得意とした神である。
また、自分が行った封印を守る為には、自分たちよりも強大で多くの敵が攻めてきても捌けるような備えは必須であるため、守りと回復に優れているのも当然。
だから、今の状況は私にとっては必然である。
「ならば、これはどうだ!!『ヤルダバオト・ミアズマ……』」
「またそれ?『サクルメンテ・アイス……』」
マラシアカが再び領域魔法解除用の魔法を唱え始める。
だから私も追いかけるように詠唱する。
「『……ワン……』」
「!?」
そして、私はマラシアカの先に放った言葉と、詠唱の一節の違いからとっさに切り替える。
「『イロジョン=デストロ=ユズレスライズ=ディスペル・フュンフ』!」
「『ミ=バフ・ディスペル=ガド・フュンフ』!」
切り替えて、私の体が靄に包まれ、一瞬の溜めを挟んだ後にマラシアカから放たれた白色の閃光によって靄が吹き飛ばされる。
「くっ!?これも防ぐのか!?」
「流石に今のはヒヤリとしたわ……ねっ!」
そしてお互いの魔法が発動すると共に私たちは動き出し、マラシアカは私の体を金属の槍で突き刺そうとし、私はそれを避けるとマラシアカの腕を斬りつける。
「くそっ、何故バレた……一度も我は見せていないぞ!」
「言動、と言ってあげるわ」
今のは危なかった。
マラシアカが使ったのは個人を対象としたバフ解除魔法。
はっきり言って、上位になればなるほど多くの神官にとっては脅威となる魔法。
反射的に使う魔法を切り替えることに失敗していたら、即死の可能性すら見えていただろう。
「『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』」
「ぬぐおっ!?」
私の魔法によって地面から茨の槍が出現してマラシアカの防具に覆われた胸を叩き、たたらを踏ませ、強制的に茨の中を後退させる。
「まったく、サクルメンテ様、様々ね……」
私は二種類の魔法を簡単に使い分けられるように設定しておいてくれたサクルメンテ様に思わず感謝を捧げる。
サクルメンテ様は円と維持の神。
言い換えるならば、円を描くものや球体と言ったものの強化と、今続いているものに対する変化を拒む、あるいは持続させることを得意とする神。
故に、バフ、デバフ、環境操作、等々、持続時間を有する魔法のサポートはサクルメンテ様の専門分野であり、それらを解除する魔法に対する対抗策も当然持ち合わせている。
ほぼ全ての神と相性がいい、最高のサブ信仰候補と言われるのは伊達ではないと言う事だ。
「エオナめ……ワザと致命傷にならないように攻撃を加えるとは……一体何のつもりだ!いい加減に答えろ!」
「答えるわけないでしょ。敵相手に」
敵の質問全てに答える馬鹿は居ない。
答えるにしても、間違った答えに行きつくように、ブラフを仕掛ける。
それくらいは当然である。
だから私は普通に剣を構える。
「くそっ……」
そして、マラシアカの態度から私は一つの判断を下す。
ヤルダバオトの加護を受けているモンスターたちは自殺する事が出来ない。
と言うのも、もしもマラシアカが自殺を出来るのであれば、リポップ能力と合わせて、こんな状況下での戦いに拘泥せず、仕切り直しを図ればいいのだから。
「いいだろう。だが分かっているな。此処からは我らモンスターの時間……」
尤も、これから来るものを考えたら、仕切り直しをするにはまだ早いという判断もあるのかもしれない。
何故ならば……
「夜だ!」
枯れ茨の谷に差し込んでいた太陽は山の陰にその身を隠し、満天の星と共に夜の闇が広がることになったからだ。
04/27誤字訂正




