3:生きる為ならば
「鉄臭い」
朝の陽ざしによるものだろうか、再び沸き立ち始めた鉄錆の匂いに私は目を覚ます。
立ち上がり、周囲を見れば、昨日眠った時と同じように無数のモンスターの死骸に血塗れの地面と茨が広がっている。
「敵は……居ないし、近寄ってもきていないようね」
どうやらあまりにも多くの死骸がこの場に転がっているために、他のモンスターたちは近寄ろうとも思わなかったらしい。
戦いの最中に守りとして張り巡らせた茨たちにも変化はない。
「……。食うしかないわね」
安全が確認できると共に、私は空腹と渇きを覚える。
昨日一日食事をする暇もなく戦い続けたのだから当然の事ではあるのだけど、このままでは枯れ茨の谷を出て、谷の入り口にあるロズヴァレ村に辿り着くよりも早く倒れてしまうだろう。
そして、飲み物については魔法で出す事が出来るが、食料についてはアイテムが消失しているのだから、この周囲にあるもの……モンスターの死体から得る他ない。
「『サクルメンテ・ウォタ・ミ=ハド・ドリンク・アインス』」
私は魔法によって自分の手の内に水を生み出すと、それを一気に飲み干して喉の渇きを癒す。
それから周囲に転がるモンスターの死骸から、食べられそうな肉を切り出していく。
「『スィルローゼ・ファイア・フロト・イグニ・アインス』」
続けて枯れた茨を適当に集めて着火。
肉をしっかりと焼いていき……食べる。
モグラに、コンドルに、中には芋虫も混ざっているが、私は構わず食べて、飢えを満たしていく。
「……」
この光景を誰かに見られていたら、私こそがモンスター扱いされそうな光景ではある。
だが、飯を食わなければ人は死ぬ。
そして私は死にたくない。
だから私は昨日殺したモンスターたちの肉を食べていく。
食べきれなかった分もしっかりと火を通した上で、アイテムボックスに放り込んでいく。
そうして食事を終えると、『Full Faith ONLine』の時のアイテム名とフレーバーテキストを思い出して、使い物になりそうなアイテムを剥ぎ取ってアイテム欄に放り込んでいく。
で、幸いなことにアイテム欄の中身はなくなっていても、機能はそのままだったおかげで、剥ぎ取り作業は難なく終わった。
「後は死体の埋葬ね。『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・ツェーン』」
剥ぎ取り作業を終えた私は続けてモンスターの死体の埋葬を行う。
と言っても大量の茨によって地面の中に引きずり込んで、そのまま土葬すると言う現実の価値観からすると、少々雑なやり方ではあるが。
「これでよし」
私は血の痕跡一つ無くなった目の前の地面を見て、一人で満足感を覚えながら呟く。
これで昨日の戦闘の後始末は終わりである。
「さて……」
では、これからどうするのか。
まず、枯れ茨の谷を脱出して、ロズヴァレ村に向かう事は絶対だ。
あそこには私の家があるし、NPCも居るはず、他のプレイヤーが居る可能性だってある。
少なくともモンスターしか居ない、此処よりは確実に情報も物資も集まるだろう。
しかし、これ以上に真っ先に私がやるべきことがある。
「茨と封印の神スィルローゼ様。昨日は祈りを欠かしてしまい申し訳ありません。ですが、私の信心に変わりはありません。故に今日も捧げられるだけの祈りを捧げましょう。日々を生きる為の糧を授けてくださったことに感謝を、愛を、力を捧げましょう」
私はロズヴァレ村の方を向いて片膝をつき、両手を組み、目を瞑って祈りを捧げる。
ゲームで有利になるための祈りではない、スィルローゼ様に対する純粋な祈りを捧げる。
「では続けて。陰と黄泉の神ルナリド様、円と維持の神サクルメンテ様。今日も、昨日も力を貸していただきありがとうございます。祈りを……」
そしてスィルローゼ様に比べればだいぶ劣るが、ルナリド様とサクルメンテ様にも祈りを捧げる。
「……。こう言うところは変わりなさそうね」
『Full Faith ONLine』には信仰値と言う独特なステータスがあった。
信仰値はそれぞれの神に対して個別に設定されており、その神への祈りを捧げ、善行を積めば信仰値は上昇し、悪行をしたり、禁忌を犯せば信仰値は下がる。
そして信仰値は神々の力を借りて使う魔法の威力に直結しており、魔法の中には発動に必要な最低限の信仰値が設定されていることもある。
つまり『Full Faith ONLine』においては、魔法を使うのに必須な信仰値は、最重要ステータスの一つと言う事になる。
そんな信仰値を上げる最も基本的な方法がデイリー祈祷とプレイヤーの間では呼ばれていた、一日一回の祈りである。
昨日は戦闘が続いたために出来なかったが、神官たる者、これを欠かすわけにはいかない。
スィルローゼ様に対しては純粋な信仰から、ルナリド様とサクルメンテ様には即物的な思いからと言う差はあれど、祈る対象であることに変わりはない。
「まあ、有り難い事ではあるわね。現実化した影響で祈りまで本物に相応しいものなんて言われたら、私だとスィルローゼ様の魔法しか使えなくなるわ」
なお、プレイヤーの信仰できる神の数に制限はないが、メイン信仰とサブ信仰と言う差は存在していて、違いは色々とあるが、一番の差は信仰値の上限に大きな違いがあるという点だが……まあ、この辺りの話は今はいいか。
重要なのは私のメイン信仰は当然ながらスィルローゼ様で、サブ信仰はルナリド様とサクルメンテ様であり、彼らへの祈りはあらゆる意味で欠かせないという事。
そして、今ここで出来る祈りは済ませたという事だ。
「さて、村に向かいますか」
私は立ち上がると、枯れ茨の谷の入り口に向けて歩き始める。
目指すはロズヴァレ村。
茨と封印の神スィルローゼ様の信仰が生まれた地である。




