239:夜の語らい-7
「ルナリド様の教えを思い出せ!疑うとは、己の意志で考える者にのみ許される行為なのだ!」
中性的なヤマカガシの声がクレセートの街中、煽られた人々の間に響き渡る。
すると、ほんの僅かにではあるが、私の周囲に居る人々の目に理性の光が戻る。
どうやら、ヤマカガシは私を利用してこの状況を改善するらしい。
「考えろ!汝らがルナリド様の信徒であるならば!!」
まあ、事前に何かやりますとは暗に言われていたし、今の私やスリサズならば全身を貫かれる程度はちょっと痛いで済む話だ。
なにせ、頭も心臓も『フィーデイ』にある体の物はあっても無くても大して差がない模造品なのだから。
なので、ヤマカガシが今の状況を好転させてくれるならば、暫くは痛覚を切って休憩とさせてもらうとしよう。
「あらた……」
「ルナリド様の異端とは黄泉の理を乱す事!そして『フィーデイ』にいらっしゃる神々の異端とは人が異端を定める事!そこで倒れられている茨の方は異端とは最も遠きものであるぞ!!」
セキセズ枢機卿が再び人々を煽り立てようとする。
だがそれよりも早く、そして大きくヤマカガシの声が響き渡り、セキセズ枢機卿の魔法から人々を守護する。
「いきょ……」
「ルナリド様も含め『フィーデイ』の神々に他の神々を排する考えはない!陽がなくば陰は生まれず!五行損なえば如何なるものも乱れる!ルナリド様を第一とするならばこそ、他の神々も敬わなければ月も黄泉も意味を為さぬぞ!!」
恐らくだが、この演説こそが蛇と策謀の神グロディウス様の代行者であるヤマカガシの魔法なのだろう。
先程まで私はセキセズ枢機卿にやられていたのと同じように先手先手でセキセズ枢機卿の反論を潰している。
「いい加減にしろ!私を誰だと思って……!」
セキセズ枢機卿がヤマカガシに向けて杖を向ける。
それと同時に周囲の人々の足元に向けて、何かしらの攻撃魔法を放とうとした。
悪意の高まり方と向きからして、どちらにも攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
「は?」
「見よ!ルナリド様の裁決は既に定まっているぞ!ルナリド様に仕える神官たちを束ねる枢機卿でありながら、自らを神を同格と見なした行いにルナリド様はお怒りである!故に枢機卿の立場であるにも関わらず、ルナリド様の魔法を使う事が出来なかった!!」
だが魔法は発動しなかった。
そして呆然とするセキセズ枢機卿をヤマカガシは堂々と指差して非難。
人々にセキセズ枢機卿のおかしさを知らしめる。
「疾く心得よ!今のセキセズはルナリド様の信徒にあらず!これより先神の力を借りる事が出来るとするならば、それは悪と叛乱の神ヤルダバオトの他にない!そして、その行動もヤルダバオトが為に違いないだろう!!」
うん、おかしい。
セキセズ枢機卿自身に自覚は無いが、私への攻撃を開始した時点でセキセズ枢機卿が使う魔法の源はルナリド様からヤルダバオトに切り替わっていたはず。
今だけ発動しないのはおかしい。
となれば……たぶん、ヤマカガシが事前に何かをしているのあろう。
「ふざけるなアアァァ!!」
セキセズ枢機卿が杖を勢いよく振り下ろす。
するとそれに合わせるようにヤマカガシの頭上に黒い箱のような物が現れ、ヤマカガシを押し潰す。
が、押し潰される寸前にヤマカガシの体は土で出来た人形に代わっていた。
どうやらグロディウス様の身代わり魔法のようだ。
そして、それだけでは終わらないのがヤマカガシだった。
「見たか!セキセズは己の過ちを示した者を力で捻じ伏せようとした!それは他者を疑い、誤った道へ行こうとするならば止めるルナリド様の教えに反する悪の行いである!例えヤルダバオトに誘惑されたものであっても見過ごしていい物ではない!!」
「くっ……この……」
役者が違う。
それが私の正直な感想だ。
完全にヤマカガシのペースになっていて、セキセズ枢機卿が人々を煽るために使っていた魔法が無効化されて行っている。
しかし……先程からヤマカガシには魔法の詠唱をしている様子が一切見られないのだが、一体どうなっているのだろうか?
「既にセキセズは我を失い、力なき者を手にかける事も躊躇わぬ悪党と化している!故に此処よりは戦う力を持つ者の役目!人々よ疾く散れ!散ってセキセズの魔手より逃れ!他の者たちにも伝えるのだ!!己の命を守るための逃走をルナリド様は認められている!!」
人々が一斉に、けれど整然とした様子でセキセズ枢機卿から少しでも早く、遠くへ逃れられるように動き出す。
それは明らかに誰かが指示している動きであり、人々がヤマカガシの影響下にあることを窺わせる動きでもあった。
「貴様だけは……」
そして当然ながらセキセズ枢機卿はヤマカガシに向けて怒りに満ちた目を向けつつ、攻撃を仕掛けようとする。
その姿は完全に私の存在を忘れ、とにかくヤマカガシだけを葬り去る事だけを考えている動きだった。
『今です。エオナさん。ふ……』
「言われなくても!」
「っつ!?」
耳元の地面からヤマカガシの声が響く。
同時に私は跳ね起きて、セキセズ枢機卿に向けてニグロム・ローザを振りかぶる。
勿論、ここでただ切れば、セキセズ枢機卿の持つ身代わりの札によって無用な被害が生じるだろう。
だが、その手のアイテムには致命的な欠陥がある。
「む……へ?」
「札だけを切らせてもらうわ」
鞭化した剣が私の意図した通り動いて、セキセズ枢機卿の身に着けている物、ヨミノマガタマと銀色の杖以外の全てを切り裂き、破壊する。
私の行動に身代わりの札は効果を発揮しない。
当然だ、セキセズ枢機卿の持つ身代わりの札は致命傷となる攻撃にしか反応しないのだから。
そして、破壊されたアイテムは効果を発揮しなくなるのだから、これでセキセズ枢機卿は自分の身を守る術を失ったことになる。
「なめ……」
だが、セキセズ枢機卿にはまだ何かあるらしい。
ヨミノマガタマに手を当てようとする。
「『グロディウス・サンダ・ワン=アイテム・ブレイク=スネク・フュンフ』」
「ぎっ!?」
しかしそれよりも早くに稲妻の蛇がセキセズ枢機卿に噛みついて、その動きを止めると共に、何かを破壊したようなエフェクトを生じさせる。
そして、稲妻の蛇によって硬直したセキセズ枢機卿の姿は隙だらけと言う他なかった。
「まずは一度死になさい」
だから私は更に剣を振るって、セキセズ枢機卿の首を落した。




