238:夜の語らい-6
「それにしても千客万来だねぇ……」
「お手数をお掛けして申し訳ありません」
私ことエオナ=フェイスは目の前の光景に対して、ルナリド様へ頭を下げて謝罪する以外の選択肢はなかった。
と言うのもだ。
「その考え方はおかしい。僕の教義に従うならば……」
「変だね。君がさっき言ったことと矛盾しているよ」
「落ち着きたまえ。まずは落ち着かないと、真偽を判断する事なんて出来ないよ」
エオナ=フィーデイが『エオナガルド』に飛ばし、エオナ=トレインが拘束と治療をした人々の洗脳解除を他ならぬルナリド様にやってもらっているのだから。
「私たちに説法をする力が足りないばかりにルナリド様ご自身が出る事になってしまうとは……ルナリド様の一信者として恥ずかしい限りです」
「別に構わないよ。僕としても言葉だけで人々を正しき道に帰す経験は貴重な物だからね。なんなら、外で扇動されている人たちも『エオナガルド』に招いて構わないよ。僕の分体はまだまだ出せる」
「いえ、これ以上のご迷惑はかけられません。それに、今外に居る方々は魔法で一時的に操られているだけですし、一度に全員を『エオナガルド』に送れるわけでもありません。セキセズ枢機卿の動きを考えると、それは悪手でしょう」
「うん、よく分かっているね。神の言う事であろうと直ぐに承諾せず、その手助けが必要か否かをきちんと判断し、断れるのは僕の信者として正しい姿だ」
どうやらさり気なくルナリド様は私の事も試していたらしい。
回答を誤らなくて何よりである。
「ルナリド様。フィーデイの私からの質問ですが、セキセズ枢機卿はルナリド様の力を借りているのか、だそうです」
「いや、もう止めてあるよ。今は僕の魔法を完全再現したヤルダバオトの魔法をそうとは知らずに使っている状態だ」
私が質問をし始めた時点でルナリド様は『フィーデイ』に居る私にも直接電波を飛ばして回答しているようだ。
微妙に内容が異なる答えが二重になって聞こえている。
「止めた理由は仲間への攻撃ですか?」
「いや、僕の教義的に仲間への攻撃は即時停止になるほどのNG行動ではないし、自分を裏切って戦場から逃げ出そうとし、戦線を崩壊させようとした相手への攻撃なら猶更だ。まあ、僕としてはそもそも逃げ出さないようにちゃんと言葉を重ねて信頼関係を築く努力を司令官はするべきだし、周りの兵士にしてもきちんと上官を疑って信用出来ないなら作戦前に逃げ出すべきだとは思うけど……今回は少々厳しいかな」
『フィーデイ』の私は戦闘に集中しないといけないし、この先については私が聞いておくとしよう。
「厳しいのですか」
「厳しいね。セキセズ枢機卿の背後にはあのメダルの製作者が居る。彼女は僕のメダルに偽装したヤルダバオトのメダルを作り出した……と、言いたいところだけど、もっと厄介な事案が隠れている。だから、狼と超克の神バンユマジュの信者ではない『フィーデイ』の一般人や普通のプレイヤーに対して、ちゃんと調べておけば逃げられただろう、なんて心無い責めを言う気にはなれないね」
「なるほど」
どうやらG35はかなり厄介な力を有しているらしい。
ルナリド様が直接手を下したり、答えを言わない辺り、上手くやってもいそうだ。
なお、狼と超克の神バンユマジュ様と言うのは……困難な状況であればあるほど燃え上がり、如何なる苦難であっても乗り越えていく狼頭の神様、だった気がする。
緊急状況への適応力が極めて高いとかで、一流のバンユマジュ信者のプレイヤーは高レベルクエストの初見クエストだと一人は欲しいと言われるはずだ。
尤も、信仰取得が厳しいだとかで、私の知り合いには一人も居ないが。
「……。そう言えばルナリド様。蛇と策謀の神グロディウス様と言うのはどういう御方なのですか?」
『フィーデイ』に居る私がヤマカガシのせいで攻撃を受けた。
恐らくは状況を良くするために必要な一手なのだろうが、この後を楽にするためにもグロディウス様についての情報は集めておいた方が良さそうだ。
「グロディウス?あー、彼は……まあ、ちょっと特殊な神だね。ゲーム的には蛇らしい熱源感知や毒使い、策謀の神らしい広域補助や土を利用した魔法を使う指揮官型だね。魔眼による状態異常攻撃もパッシブとして取得できるよ。うん、ヤマカガシは実にグロディウスの代行者らしい動きをしているね」
アチラの状況はルナリド様も把握しているからだろう。
極普通に教えて下さる。
「教義的にはどうなのですか?」
「勝つためならば何でもする。不意打ち、毒、裏切り、離反工作、何でもありだと考えている。味方への攻撃や被害も勝つためならば許容するね。勝ちに繋がらなかったらNGだけど」
「なるほど」
「そう言えば、以前に彼と会った時に、好きな女性の為に街一つだとか国一つだとか滅ぼしたって話も聞いたなぁ……」
「……。よく、プレイヤー側ですね」
「まあ、運営陣の半数……いや、三分の一くらいはヤルダバオト側でも問題ないと思うよ。ゲームの仕様上、全員こっち側だけど」
どうやらグロディウス様は一般的には邪神に分類されてもおかしくない神様であるらしい。
『Full Faith ONLine』の仕様として敵はヤルダバオトなので、味方の側になっているが。
「ああそうだ。さっき言いそびれたことがあったよ」
「なんでしょうか?」
「僕がセキセズ枢機卿の魔法を一発で止めた理由」
「お聞かせください」
いつの間にか少し話がずれていたようだ。
ルナリド様が軌道修正をしてくださった。
「僕の教義における禁忌とは黄泉の法を荒らす事。つまりは完全に死した者を生き返らせる行為だ。これを犯したルナリド信者を異端として扱うのは正しい」
「はい」
「だが、これにはセキセズ枢機卿は触れていない。僕が止めた理由は別にある」
私は姿勢を改めて正して、ルナリド様の御言葉を聞く。
「そう、明言はしていないけど、『Full Faith ONLine』の運営陣には共通の禁忌がもう一つあるんだ」
「共通の禁忌?」
共通……と言う事はスィルローゼ様も禁忌と判断される行為と言う事だから、決して聞き逃してはいけない。
「異端とするものを人間の都合で定める事だ。セキセズ枢機卿はこれに反した。故にセキセズ枢機卿こそが異端者として扱うべき対象だ」
ルナリド様の言葉は、ある意味では当然の話だった。




