21:エオナの影響
「ソ……『ソイクト・アス・ワン・ヒル・フュンフ』!」
「あー、心配しなくても直ぐに治るから大丈夫よ」
「いや、直ぐに治るからって問題じゃねえから!とりあえずこれを着ておけ!」
「ん?ああ、またズタボロになったのね。んー、この分だとその内着る物が底を突きそうね」
千年封印薔薇を手に立ち上がった私はシヨンから回復魔法を、ジャックからコートのようなものを渡される。
どちらも必要性は特に感じなかったのだが……人の好意を無碍にするのもどうかと思うので、アイテム欄に千年封印薔薇を入れた私は素直に回復してもらいつつ、ズタボロになった衣服の上からコートを羽織る。
「ああもう、目的の物が手に入ったからいいけど、どうしてこうお前は後先考えずに……いや、周囲に相談もなく突っ走るんだ!」
「どうしてって言われてもねぇ……相談してどうにかなるような事柄じゃないし?」
「お前、絶対にチームプレイの類が出来ない奴だろ」
「失礼ね。ちゃんとパーティを組んでレイドボスに挑む時は事前の相談通りに動くわよ」
それにしても……うん、どうやら茨様は私のためにだいぶ融通を効かせてくれたらしい。
本来ならば千年封印薔薇は何十輪と咲くのだが、今回私が手に入れたのは一輪だけ。
だが、その代わりとして予想ではもっと時間がかかると思っていたものが、まだ夜が明けた直後と言うところで済んでいる。
この差は大きい。
「ふわっ……とりあえず流石に一眠りするわ」
「そう言えばお前、枯れ茨の谷の源泉水を取りに行ってから一睡も……」
「してないわね。この先の作業も慎重に進めないといけないものだし、ちゃんと寝ておかないとね。二人も見守っていてくれて、ありがとうね。じゃ」
「「……」」
私は家の中に戻ると、ベッドの中で眠り始める。
そう、まだ素材が手に入っただけなのだ。
だから、十分に休まないといけない。
私にとっての本番はまだ先、アイテムが出来上がってからなのだから。
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「アイツは全く……言われた傍から人の事なんて気にしていないって感じだな……」
「何と言いますか、あんな血だらけの状態でも平然としてて、私たちの事をそこまで気にした様子もないとなると、一種の精神障害か何かなんじゃないかって思えてきますよね……」
エオナが自分の家の中に戻った後、ジャックとシヨンは半ば呆然とした様子でスィルローゼの祠の前に立ち続けていた。
「精神障害……か。まあ、エオナにとってみれば、俺たちは村のNPCよりは戦力的に頼れる相手、と言うところでしかないんだろうな」
「エオナさんにとっては私たちもNPCも変わらない。と言う事ですか」
「良くも悪くもそう言う事だろうな。なんと言うか、どうにもエオナと話をしていると、同じ人間と話をしている感じがしない」
だが何時までも呆然としているわけにもいかないと、ジャックもシヨンも自分たちの宿でもある七大神の神殿の宿舎へ向かって歩き出す。
エオナと違って交代で仮眠をとりつつであったが、それでも二人とも一晩中エオナに付き合っていて、疲れていたのは事実だった。
「……。もしかしたら、エオナさんはもう人間じゃないのかもしれないですね」
「それはどういう意味だ?」
「エオナさんってゲーム時代でもスィルローゼ様の信仰を鍛え上げた人と言う事で……まあ、色々と有名な人だったんです。で、その逸話の中にこう言うのがあるんですよ」
シヨンが語ったのは、かつてゲームだった『Full Faith ONLine』の中でエオナが取ったとある行動。
NPCなど碌に顧みないプレイヤーが大半の中で、ちょっとした困り事でも構わずに引き受けて解決していった。
他人の信仰対象を馬鹿にしたプレイヤーに対して本気で仕掛けて、実力的にも論理的にも撃ち破ってみせた姿。
ゲームのフレーバーテキストを真剣に読み込む事で、それまで誰も知らなかった未知のエリアや新たな魔法を入手する手段を見つけていく姿。
そして、これらを行った時の姿は他のプレイヤーからはこう映っていたと言う、『薔薇の花が舞い、香りが漂っていて、自分たちと同じ人間ではなく天使かそれに類する何かが行動をしているようだった』と。
「これに加えて、信仰値101以上のプレイヤーは御使いと呼ばれるようになって、見た目に変化が生じると言う仕様もあります。エオナさんのように元からゲームに関係なく強い信仰を抱いているなら……」
「こっちでは本物の御使い……人間以外の何かになってしまっていてもおかしくはない、と言う事か」
「はい」
「まあ、ゲームが現実のものになって、神様も本物になったのなら、あり得ない話でもない、か」
そうして話をしている間に村の家屋からは朝食の準備のために炊煙が上がり始める。
「幾ら生き残るためとはいえ、人間を辞めたくはねえなぁ……」
「そうですね。それは流石にちょっとどうかと思います。でも……」
「特定のクエストをこなさなければ大丈夫ってか?それはゲーム時代の話だろう。今もそうとは限らない」
「そうですけど……たぶん、大丈夫だと思います。エオナさん程でなければ」
「まあ、それはそうか」
「そうでないと怖すぎますって……」
やがて二人は神殿に着き、シヤドー神官に事情を説明した上で、仮眠を取り始める。
「……。どうしてエオナはあそこまで架空の神様を信じられるんだろうな。無信心者の俺には分からねえし、真似も出来ないが……せめて、この村を守れるくらいの力は欲しいぜ。シビメタ様、バンデス様……」
「……。きっとエオナさんはもうこの世界で生き抜く覚悟を決めているんだろうな。私は……逃げてばっかりだ。フルムスでもそうだった。もう、逃げなくてもいいようになりたいな……ソイクト様、シンセップ様……」
二人の独り言は彼ら自身の他には誰も聞いていない。
だが、『フィーデイ』が現実となり、そこで生きる他なくなった影響は全ての者に生じ始めている証拠として、朝の空気の中に溶け込んでいった。
04/18誤字訂正




