18:カミキリ城の戦い-3
「さあ、覚悟はいいな。エオナ。此処が貴様の墓場だ」
「ふんっ、やれるものならやってみなさい」
私の正面には『皆断ちの魔蟲王マラシアカ』。
私の後方には開け放たれた状態のカミキリ城正門。
そして周囲には少なく見積もっても50体、多く見積もれば100体を超えるカミキリ兵たち。
今回私がカミキリ城に攻め入った理由である『悪と叛乱の神の種子』は既に入手済み。
で、これまでの発言と、かなりの数を倒したにも関わらず数が減った気配がしないカミキリ兵たちからして、リポップ能力は相変わらずであるらしい。
うん、これ以上やり合っても、こっちの消耗が進むだけ、逃げるべきだ。
「「「全軍突撃いいぃぃ!!」」」
「「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」
「行くぞおおぉぉ!」
私に向けてカミキリ兵たちが一斉に仕掛けてくる。
槍、剣、盾と言った近接装備を持ったカミキリ兵たちは突撃を仕掛け、弓を持ったカミキリ兵たちは屋内であることも気にせずに射かけ、杖を握ったカミキリ魔法兵たちは金属や土の塊を杖の先から投じてくる。
マラシアカも四本の腕それぞれに槍を持って突っ込んでくる。
「『サクルメンテ・ウォタ・ラウド・ブロ・フュンフ』」
「「「っ!?」」」
「ぬぐっ……」
対する私は『サクルメンテ・ウォタ・ラウド・ブロ・フュンフ』によって全方位に衝撃波を放つ。
かつてはモンスターだけを吹き飛ばす魔法だった『サクルメンテ・ウォタ・ラウド・ブロ・フュンフ』は現実化した影響を最も受けた魔法と言っていいだろう。
なにせ、私に突っ込んで来ようとしたカミキリ兵たちだけでなく、私に向けられて放たれた矢も魔法もまとめて吹き飛ばしたのだから。
吹き飛ばなかったのはただ一つ、圧倒的な重量を誇るマラシアカだけだった。
「こんなものが効くかあっ!」
「アンタに効かないのは予定通りよ」
マラシアカが槍を振り下ろし、私は身体を僅かに動かして槍を回避する。
そして素早く二つの魔法を詠唱する。
「『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・ツェーン』、『スィルローゼ・ファイア・フロト・イグニ・アハト』」
「つ……ぬぐおっ!?」
「「「マラシアカ様!?」」」
本来ならばだ。
『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・ツェーン』は死体を土葬するための魔法。
『スィルローゼ・ファイア・フロト・イグニ・アハト』は乾いた植物を焼いて肥料などを作るための魔法である。
だが、この二つの魔法もまた現実化の影響を大きく受けていた。
「つ、蔓が!?」
「地面に引き!?」
「た、助けてくれぇ!?」
「エオナきさ……!」
『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・ツェーン』は地面から大量に湧き出した茨がマラシアカとカミキリ兵たちに絡みつき、地面に引き摺り込もうとする魔法に変わっていた。
対象が死体でないためにマラシアカ程強大な相手ではその場で縛り付けるだけにとどまり、カミキリ兵たちも地面に這いつくばらせるのが限界になっているが、今はそれで充分である。
「ぐおおおおおおぉぉぉぉ!?」
「「「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ!!」」」
「木は火を助ける、金は火に弱い、よ」
そう、『スィルローゼ・ファイア・フロト・イグニ・アハト』も相手に絡みついた茨を焼くことで、拘束した相手を高温によって熱する魔法に変化しているのだから。
しかもただ燃やすだけではない。
五行思想に沿って木属性の茨を燃料とする事で火勢を増している。
この攻撃は金属性を得たマラシアカにとってこの炎は痛打になるだろう。
「「「『ヤルダバオト・ミスト・エリア・アンファイ・アインス』!」」」
「ちっ」
だが、この攻撃もマラシアカは予想していたのだろう。
直ぐにカミキリ魔法兵たちから消火用の魔法が飛んでくる。
しかし、私にとってありがたい事に、それは水属性の霧を充満させる事によって消火する魔法で、私の視界は白色の霧によって包まれていく。
「『ルナリド・ダク・エリア・ブラスモ・ゼクス』」
だから私は更に視界を悪くすることにした。
魔法が発動すると共に生じた黒い煙が私の周囲に放たれて、霧と入り混じって上下すらはっきりしないようにする。
「こ、この煙はいった……ギャアッ!?」
「お、落ち着け!敵は一人だ!慌てずに固まり、警戒を……グエッ!?」
「な、何が起きている!?」
「……」
そして直ぐに駆け出す。
カミキリ兵たちが落としていた武器を当たるを幸いに高速で投げ飛ばして混乱を巻き起こしつつ、出口に向けて全力で走っていく。
「これで……」
これで後はマラシアカが追ってくるならばリポップされる前提で倒した上で帰還。
追ってこないならばそのまま枯れ茨の谷を駆け抜けるだけ。
私はそう考えていた。
「っつ!?『スィルローゼ・ウド・エリア……』」
だが、カミキリ城の正門に足をかけた瞬間。
私は反射的に身体の前後を反転させながら、前方に向かって飛んでいた。
濃密な死の気配を感じ取って、薔薇の芳香を周囲に漂わせながら詠唱を始めていた。
「『……アルテ=スィル=エタナ=アブソ=バリア……』!?」
そして、私の対応は正しかった。
詠唱が半分を過ぎたところで私の身体は左肩から右腰に向けて両断されていた。
完全に即死だった。
だが、こちらに来た初日にかけていた自動復活魔法によって、その死は傷ごと無かったことにされる。
「『……ツェーン』!!」
直後、私の魔法が完成し、スィルローゼ様の究極封印結界魔法が発動。
同時に恐ろしく硬い物同士がぶつかり合い、引き裂き合うような音が周囲一帯に響き渡り始め……霧が晴れると共に止む。
「ぐっ、はぁはぁ……間一髪ね……『ルナリド・ムン・ミ・リザレ・フィーア』」
「仕損じたか。だが、久しぶりに貴様の自動復活を使わせる事が出来たようだな」
霧が晴れた先には茨の結界に包み込まれ、身動きが取れなくなったマラシアカが居た。
それは私の意図した通りだからいい。
問題は……結界から鋏のように交差する形で両刃の二本の金属が突き出していて、その二本の刃の片刃には赤いものがしっかりと付いていたと言う点。
どうやら私はあの鋏によって一回殺されたらしい。
そして、スィルローゼ様の結界によってマラシアカの動きを封じていなければ、今頃は再交差された刃によって私は完全に死んでいたようだ。
「口の鋏を使いなさいよ。マラシアカ……」
「ふん、誰が木属性の貴様に土属性の鋏など使うか、使うなら金属性の鋏だ」
私は立ち上がりつつ、マラシアカに対して強気な立ち振る舞いを取る。
しかし、内心では非常に焦っていた。
マラシアカが即死攻撃を使ったことは別にいい、それは『Full Faith ONLine』の時から近接範囲の即死攻撃としてあったものだからだ。
だが、二連続かつ金属性の即死攻撃、それは……完全にスィルローゼ神官でありながら、自動復活魔法を持てるルナリド神官でもある私対策の攻撃だ。
「マ、マラシアカ様、今御助けを……」
「エオナにトドメを刺しに……」
「どちらもしなくていい。この結界は暴れなければ直に何事もなく解けるし、奴はもう退く。これ以上は我々にとって無益だ」
どうやら、『Full Faith ONLine』で何十度と殺された恨みはマラシアカの脳裏に随分と深く刻み込まれていたらしい。
まさか、ここまで私個人を対象とした対策を練っているとは……流石に想定外である。
「さてエオナよ。もう気付いているな。我らに負けはない。我らはヤルダバオト様の力が尽きぬ限り蘇るし、ヤルダバオト様の力とは我らが捧げる信仰と供物なのだからな。正しく無限の力と言う訳だ」
「やっぱりそうなのね。はっきり言ってくれると助かるわ」
既にカミキリ兵たちの数は私が来る前と同じ数にまで戻っている。
生まれた後に訓練が必要なのか、カミキリ魔法兵の姿は少ないが、無限に復活出来るのなら大した問題ではないだろう。
「故に覚悟するといい。エオナ、貴様が我らに蹂躙され、我らが血肉となることを」
「……」
マラシアカは金属の刃を収めると、茨の結界の中で腕を組んで私の事を睨みつけてくる。
あの結界の効果時間は……咄嗟に張れる範囲では全力で張ったから、恐らく三日保つ。
「そして貴様が死ねば、次は谷の入り口の村に住む人間たちだ。一人として逃がす気はない」
「そんな事をさせる気はないわ」
「好きに言っていろ」
ならば、その三日の間に対策を見つけ出す他ない。
そう判断した私はマラシアカとカミキリ城に背を向けて、ロズヴァレ村に帰ろうとする。
だが……
「スィルローゼなどと言う三流マイナー神が我の前で頭を垂れ、慈悲を乞いつつも我が卵を育む苗床として滅ぼされる結末は変わら……っつ!?」
この発言だけは許せなかった。
だから私は顔だけをマラシアカに向け、溢れ出る怒りの念を内に留め、可能な限りの笑顔を作った上で口を開く。
「マラシアカ。貴方はルナリド様の禁忌を破ってでもスィルローゼ様に捧げる栄養剤に加工してあげる。だから、三日の間だけだけど、その結界の中でぬくぬくと過ごしているといいわ」
「やはり化け物か……」
そして、生き返らせてでも私の手で殺す、そう宣言をした上で、私は薔薇の花弁を撒き散らしつつロズヴァレ村に帰った。
04/15誤字訂正




