12:シヨンの情報
「端的に言って、フルムスは壊滅しました」
「やっぱりか……」
「まあ、想像はしていたわ」
フルムス。
それは七大都市であるクレセートの傘下にある都市の一つであり、ロズヴァレ村の近くでは最も大きな街である。
そのため、クレセート程ではないが、多くのプレイヤーが拠点にしていた街でもある。
その街は壊滅した。
モンスターの襲撃ではなく、突如溢れかえった流れの神官たちと言う名のプレイヤーによって。
「初めは皆さん混乱していて……」
暴行、傷害、殺人、この辺りまでならば許されることではないが、発生するのは分かる。
ジャックのように状況の混乱から結果としてそう言う行動をとってしまったと言うのが有り得るからだ。
それこそ、多少強力な魔法を一発試しに撃ってしまったら、偶々近くを通りがかってしまった人間を巻き込み、傷つけてしまった、殺してしまった、と言うような悲惨な事件の発生は十や二十では済まないだろう。
「でも、その内一部のプレイヤーが本当の意味でおかしくなったんです。私は嫌がる女性を何処かへ無理やり引き摺り込んでいく男性プレイヤーを見ました。他にも同じような……明らかに自分の意志で犯罪をし始める人が出て来たんです」
だが、フルムスで起きているのはそれだけではないらしい。
誘拐、強姦、強盗、それらが前述の行為と合わせて、自発的な意思で行われているらしい。
それもプレイヤーが使う魔法を組み合わせる形で。
「勿論、善良なプレイヤーさんたちと街の人たちが力を合わせて、そういう人たちの排除には乗り出しました。けれど……」
「排除しきるまでに次のトラブルが起きてしまった」
「はい。急に信じられない数の人が現れたことで食料や水の問題が発生して、何処かからか暴動が起きて、それに乗じて悪徳プレイヤーたちが街の支配に乗り出して……もう、どうしようもなくなったという事で、私とシーさんは一緒に逃げ出したんです」
「だから、フルムスは実質的に壊滅した、か」
「はい、そうなります。これが、おおよそ四日前のことになります」
シヨンが嘘を吐いているとは思えない。
彼女の表情は絶望的な何かを見た人間のそれであるし、時折外から漏れ聞こえてくる村長たちとシー・マコトリスの会話内容とも合致するからだ。
だが、シヨンの話にはおかしな点がある。
「解せねえな。どうやって悪徳プレイヤー連中は犯罪行為に魔法を使った。誘拐、強盗、強姦なんて、確実に悪行分類。それも重い悪行だ。あっという間に信仰値が底を突いて無力になるだろ」
「分かりません。でも、彼らは確かに拘束魔法も攻撃魔法も使っていました」
それはジャックも指摘した点、何故そんなプレイヤーたちが街を支配出来るようになるだけの期間、魔法を使え続けたかだ。
これはプレイヤー自身の実力でどうにかなる問題ではない。
元の信仰値がカンストの255であっても、数日間悪行を続けていたら、信仰値は確実に0になり、そうなれば魔法など使えなくなる。
だが……手が無いわけでもない。
「もしかしたら、彼らは既に人間ではなくモンスターなのかもしれないわね」
「モンスターって……」
「悪と叛乱の神ヤルダバオトか」
「ええ、元々そう言った素質があったプレイヤーに加護を与えて、自身の先兵にする。悪を司る神が好みそうな手じゃない?」
「そんな事が……」
そう、ヤルダバオトが絡んでいるのであれば、十分に可能だ。
実際、私が記憶しているクエストの中には街の中でヤルダバオトの加護によってモンスター化した悪徳神官を倒すというものが幾つかある。
それと同じことが彼らの身に起きているのであれば……理論上は可能だ。
「って、待ってください!ヤルダバオトは設定上の存在で、実在なんて」
「あ、実在してるのは確認済みよ。この前ツェーンの神託魔法を使ったらヤルダバオトの奴に妨害されたし。で、ノイン以下だとそもそも繋がる気配すらないから、今の『フィーデイ』では神託魔法は普通に使っても駄目な魔法なのよねぇ」
「ええっ!?実在!?それにツェーンの神託魔法って!?」
「ふぁっ!?ちょっと待て!?その話は俺も聞いてねえぞ!?てかツェーンの神託魔法ってなんだ!?」
「そう言えば、話してもしょうがないから話してなかったわねぇ」
私の言葉にシヨンとジャックは頭を抱えている。
そんなにヤルダバオトの実在がショックだったのだろうか。
後、ツェーンの神託魔法がそんなに珍しいのだろうか?
「あ、あの、エオナさん。一応確認ですけど、ツェーンって魔法の等級を表す、あのツェーンですよね」
「ええ、あのツェーンよ。これでもレベル87のスィルローゼ様の神官だもの。スィルローゼ様の魔法なら幾つかはツェーンだって持っているわ」
「やり込み勢ヤベェ……」
「神託のツェーンなんて持っている人居るんだ……」
なお、今更な話だが、魔法には等級と言うものがあり、詠唱の最後にあるアインス、フュンフ、ツェーンと言った文言がそれを表している。
確か元はドイツ語で。下から順にアインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーンである。
とは言え、効果の飛躍的な向上が見込めるのは比較的スキルブックの入手が容易なフュンフまでで、ツェーンともなれば完全に趣味の領域だ。
特に直接的な戦闘にも生産にも関わらない神託を受けるためだけの魔法でツェーンともなれば……所有しているのは私のように、その神に対して本気の信仰を有しているプレイヤーくらいな物だろう。
ちなみにプレイヤーのレベルについても同様の事が言えて、50までは順調にステータスが伸びていくが、それ以降は明らかに伸びが悪くなる。
なので、レベル50、等級フュンフ以降はそれらよりも立ち回りなどの方が重要と言う事である。
「ま、そんなわけだから、多分そいつらは元プレイヤーの現モンスターと捉えるのが正しいでしょうね。現実化した今なら、普通にあり得る現象だわ」
「そう……ですね」
「納得は……いくな」
話を戻そう。
「後はどうやって対応するかだけど……どう対応するにしても、そいつらがリポップするかが問題なのよねぇ」
「え、まさか何ですけど、リポップって……」
「こっちでも存在するわよ。一週間前に殲滅戦を行ったはずの枯れ茨の谷には既にモンスターが結構な数で居るもの。この分だと、魔蟲王マラシアカも居るでしょうし、その内カミキリ城の外にも出てくるかもしれない。で、倒しても復活するでしょうね」
「そんな……」
「マジかよ……」
彼らがモンスターになっているのはどうでもいい。
ちゃんとした信仰を持たず、悪徳に流れていった結果なのだから、その後にモンスターとして倒されることも含めて自業自得だ。
問題は彼らが倒した後、他のモンスターたちのように復活するかどうか。
どういう理屈かは分からないが、モンスターはどれだけ倒しても、きちんと復活してくる。
そして、このモンスターの復活問題はヤルダバオトの企みをくじく上で絶対に解決しなければならない問題でもある。
なにせ、現状のままではアチラは無限の戦力を有しているのに、こちらには限られた量の戦力しかないのだから、勝負にすらならないのは明白である。
「んー……シヨンが居れば百花の丘陵からのモンスターは大丈夫よね」
この問題については非常に困っていたのだが……シヨン、それに行商人であるシー・マコトリスが居る、今がチャンスなのかもしれない。
「へ?それはまあ、シーさんの護衛をやらせてもらってますし、こっちに来てからこれまでにも何度か戦いはしましたし、レベルも50あるので、推奨レベル20台な百花の丘陵なら問題はないですけど……」
「そうなの、じゃあ折角だし追加の質問ね。シー・マコトリスは高度数のお酒、白色系の宝石、それから栄養剤だけど持ってきてるかしら?」
「えーと、商品については私は関与してないので何とも。けれどお酒と宝石ぐらいならなら持ってきてはいると思います」
「そう、じゃあ、なんとかなりそうね」
私の脳裏にはこの状況を打開できる可能性がある一つのアイテムが思い浮かんでいた。
特殊なアイテムの上に、最近ではまるで使う機会がないと言う事もあって、一部の素材は手元に無かったのだが……今上げた素材をシー・マコトリスが売ってくれるなら作る事は出来る。
「それで何を作るつもりなんですか?」
「『スィルローゼの神憑香水』、『Full Faith ONLine』に存在する各種レアアイテムの中でも特に希少で、作る価値が薄いアイテムよ」
ごく限られた状況でしか使われないあのアイテムを。
04/12誤字訂正




