1:プロローグ
初めましての方は初めまして。
久しぶりの方はこんにちは。
新作でございます。
今回もよろしくお願いします。
初日は3時間ごとに4話まで更新予定となっています。
「『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』」
「ぬぐおっ!?」
石畳の地面を突き破って生じた茨の槍が私の目の前にいる巨大な黒いカミキリムシをモチーフにしたモンスター……魔蟲王マラシアカの腹に突き刺さり、大量の赤い光を生み出すと共にたたらを踏ませる。
「おのれ人間風情が!!」
「おっと」
魔蟲王マラシアカの四本の腕に土の槍が生じると、私に向かってそれを投げつけてくる。
私はそれを右、左、前、そして斜め右前へと慣れた足取りで跳んで攻撃を回避。
そして、魔蟲王マラシアカの懐へと潜り込む。
「『スィルローゼ・プラト・エクイプ・ベノム=ソンウェプ・ノイン』」
「ぎ、が、ぐげ……!?」
私の詠唱完了と共に手に持った薔薇飾りのついた剣が茨の鞭へと変化。
私はそれを振るって、三度、四度と打ち据え、怯ませつつ毒を与える。
これで魔蟲王マラシアカの残りHPは残り僅か。
「よくもやってくれたなああぁぁ!!」
魔蟲王マラシアカは再び土の槍を生み出すと縦横無尽に振るってきて、私を無理やりに遠ざけてくる。
そうして、距離が出来たところで口から緑色の粘液をブレスとして放ってくる。
直撃すれば大ダメージに加えて、一時的な行動不能と大幅な防御低下を招く危険な攻撃。
だが、私は既にこの攻撃を何十回と見ている。
だから、大きく弧を描くように魔蟲王マラシアカの周りを回って攻撃を回避。
「茨と封印の神スィルローゼの名の下に」
そうやって逃げている間にも魔蟲王マラシアカのHPは私が与えた毒によって削り取られていき、極僅かになっていく。
故に私は一つの準備をする。
「ぬ……ぐお……馬鹿な……神の力を借りているとは言え……悪神ヤルダバオト様の加護を受けるこの私が……たかが人間如きにこの私が……ぬおおおぉぉぉ!」
毒によって魔蟲王マラシアカのHPが底を突く。
だが、HPがゼロになっても魔蟲王マラシアカは倒れない。
それどころかその身に宿した土気の力を体内の一点に集めて、何かを仕掛けようとしてくる。
「せめて貴様だけは道連れにしてくれるわ!!」
それは魔蟲王マラシアカのラストアタック。
この四方が石畳に覆われて、逃げ場も隠れる場所もない部屋全域を対象とした自爆攻撃で、威力は無対策では今のトップクラスのプレイヤーでも致命傷になりかねない強さを持っている。
実装当時は勝利に喜ぶプレイヤーたちを絶望に陥れ、今でもなお魔蟲王マラシアカを不人気ボスにしている原因の一つである。
「我が敵の威、全てを封じ込めよ」
だがそれも過去の話。
実装から約三年も経った今では、対策さえしっかりと立てればソロでも勝てるどころか、周回すら可能な相手である。
「死……」
「『スィルローゼ・ウド・エリア・アルテ=スィル=エタナ=アブソ=バリア・ツェーン』」
魔蟲王マラシアカの周囲を囲うように茨が現れ、球体を形成する。
その表面には薔薇をモチーフにした文様が生じ、赤い薔薇が幾つも咲き誇っている。
これこそが茨と封印の神スィルローゼの誇る究極封印結界魔法。
封じ込めた相手のあらゆる抵抗を許さず、恒久的に無力化する奇跡。
勿論、プレイヤーが使うものにそこまでの力はないが、それでも問題は無い。
「っつ!?」
現に私の封印結界が張られた直後、薔薇の隙間から黄色い光が漏れ出し、魔蟲王マラシアカの自爆魔法による爆発が発生する。
だが、封印結界を破った衝撃波によって減った私のHPは極僅かな物であり、直ぐに予めかけておいた自動回復系のバフによってHPは元通りになる。
「ふう、戦闘終了ね」
当然、自爆魔法を放ったのだから、破られた封印結界の中には何も残っていない。
そして、ボスを倒したことを示すように、半透明のウィンドウが私の目の前に表示される。
「さあて、ドロップは……」
私はリザルトを表すウィンドウの文章に目を通していく。
その内容の大半はここ最近ではすっかり見慣れてしまっているものである。
だが、その末尾には見慣れないアイテムが表示されていた。
「きったぁああああぁぁぁぁぁ!!スィルローゼ様ばんざああぁぁぁい!!愛してるううぅぅ!!」
私はそのアイテムの名前に思わず飛び跳ね、舞い踊る。
アイテムの名前は『スキルブック-スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・アインス』。
スィルローゼ様の持つ無数の魔法の中で、実装済みの中では唯一手に入れてなかった魔法を習得するためのアイテム。
既に出現させた茨を追加で操るだけの産廃魔法?
そんな世間の評価なんてどうでもいいんです!
街で見かけた2周年PVの端っこに写っていた茨と封印の神スィルローゼ様の御姿に惚れ込んで始めた世界初のオープンワールド式VRMMO『Full Faith ONLine』。
百を超える神々から選んだ神の神官となって、悪神の手先と魔物たちを相手に戦うこのゲーム。
私はまるで情報の無かったスィルローゼ様信仰を得るための場所探しから始め、信仰値を高めて神官から御使いとなって、スィルローゼ様の為だけに数多くのイベントとクエストをこなし、スィルローゼ様の為に三年間ゲームを続けた。
デフォルメされてはいても巨大昆虫と言うべき見た目の魔蟲王マラシアカが通常ドロップとは別にレアドロップとして最後の魔法を持っていると知った時には絶望しかけたが、それでもスィルローゼ様への愛のおかげで私はソロで何十回と魔蟲王マラシアカを虐殺する事が出来た。
そうして、ようやく……ようやく、スィルローゼ様の信徒として果たすべき目標を一つ達成出来たのである。
これが喜ばないでいられようか、いや、ない。
「ではさっそく取得、と」
もう、これ以上待つことなどできない。
私は早速スキルブックを使用して、新たな魔法を習得する。
これで後はダンジョンの外に出て、スキルスロットを入れ替えれば使用できるはずだ。
「ふへへへへ、楽しみだなぁ。と、ちょうど5周年か」
私はダンジョン脱出用のゲートに触れると、魔蟲王マラシアカの居城であるカミキリ城から枯れ茨の谷へと移動。
後は此処から私のホームであるロズヴァレまで歩いて帰るのみである。
運営から5周年を祝うメッセージとプレゼントが送られてきたのは、そんなタイミングだった。
「プレゼントはいつも通りな感じで……」
私は直ぐにプレゼントを開けるが、こちらはいつも通りにゲーム内通貨やプレイ上便利なアイテムの詰め合わせである。
うん、実にありがたい。
スィルローゼ様実装の時点で神運営のなのは知っているが、こう言うのは幾らあっても困らない物だし。
「メッセージは……」
だから私はメッセージも躊躇いなく開けた。
「『Welcome to Fidei』?」
そこに書かれていたのは日本語に直してしまえば、『ようこそフィーデイ』へ、と言うそっけない文章。
「フィーデイはこの世界のなま……あっ……」
私がその文面に疑問を感じた時。
私の視界は既に暗転を始めていた。




