黒戸 紅の世界一の人〜前編〜
私は黒戸 紅、薄紫色の髪に三白眼の目が特徴的で、黒戸 白は私の実のお兄ちゃんである。
今は桜野中学校に通う15歳、3年生で中学校では生徒会長を任され、才色兼備で学問も運動も沙汰なくこなす。
同級生や、後輩からも好かれていて、非の打ち所がない女子中学生であり、もし欠点があるとするならば、極度のブラザーコンプレックス……ブラコンである事なのかもしれない。
私にとって白お兄ちゃんは大切な人以上のの存在で、世界一大好きなのである……ただ、私からしたらその事は欠点でもなく、むしろお兄ちゃんが好きで何が悪いとと言いたい、だからある意味欠点がないと言って良いだろう。
そのブラコンだが、別に昔からお兄ちゃんが好きと言うわけではない、仲が良かったくらいだっただろう、あの小学一年生までは。
小さい子供の頃よく白お兄ちゃんとお隣の白間 美希、別名クソ女、これからはビッチと呼称しよう、とにかく三人でよく遊んだものだ。
小学生になってからは、白お兄ちゃんとはあまり遊ぶ機会も減り寂しかったが、一つしか歳も離れていないため、一年間待てばまた三人で仲良く遊べると思っていた……しかしそれは叶う事はなかった。
私が花川小学校に入学してしばらく経った頃ある事件は起こったからだ。
白間……いや、ビッチ美希が白に向かってストーカー呼ばわりし、その発言は瞬く間に小学校全体に広がった。
当然妹である私にもその余波は徐々に私にも及び、ある日登校すると机には『ストーカーの妹』とか『妹は誰をストーカーするんだ』とか書かれていたり、歩いていると背中に貼り紙を貼られ、それには『私はストーカーです』と書かれていた。
周りの同級生も皆私を避け、毎日のように誰かが遠くで私の事をヒソヒソ話しているのが聞こえる日もあった。
家に帰ればお兄ちゃんの顔を見るたび腹が立ち。
「お前の、お前のせいだ! 私は何もしてないのに……お前が、お前なんか大っ嫌いだ!!」
これが初めてかもしれない、白を何度も叩き、『お前』呼ばわりして、大嫌いなんて言ってしまったのは。
こんな状態だから友達も出来ず、学校に行けば何かしら嫌がらせを受け、すぐに私の精神は疲弊していった。
そんな日々が続き、私は入学してすぐに不登校になり、家に閉じこもる日が増えた。
私ですらそんな状態なのにお兄ちゃんはそれでも毎日学校に登校していた。
私は白が学校に行ってる間に白の机に『死ね』とか『帰ってくんな』、『消えろ』とか書き、ドアには『一生恨んでやる』と貼り紙を貼り、私が学校で受けた行為をお兄ちゃんにやり返していた。
お兄ちゃんは帰ってきても私に文句を言うでもなく、淡々と貼り紙を捨て、机に書いた落書きを消し、毎日を普通のように生活していた。
私はそんなお兄ちゃんの態度に更に腹が立ち、何度も繰り返し机に落書きしたり貼り紙も貼ったり、家で顔を合わせたら叩いたり、暴言を吐いたりを毎日続けた。
それでも白はやり返すでも、怒鳴るでもなく、私に対し「ごめんな」と困った優しい笑顔で対応してきた。
そんな日々が続いたある日、私の部屋のドアの前に一冊のノートが置かれていた。
ノートには小学一年生の勉強する範囲の解説や説明、問題など、各教科ごとにビッシリと書き出されていて、そんなノートの中に紛れて手紙が一枚入っていた。
『僕のせいで嫌な思いさせてごめんな、こんな手紙をもらうのも紅は嫌かもしれないが、僕に出来る事を色々考えてみたんだ。
僕はそんな頭良くはないけどさ、もし紅が良ければ、僕が勉強見てあげるから、だからこのノートにとりあえず今学んでる一年生の学習要綱をまとめておいたから使ってみてよ』
こんな物をいつ作っていたのかは分からないが、だからといって私は白を許す事は出来なかった、でも自分の為に勉強はしなきゃなとは前々から思ってはいた、白を苦しめるのとついでに、私の勉強にもなるし、いい機会なのでここぞとばかりに白を利用できるだけ利用してやろうと考えた。
その日からお兄ちゃんに対して机に落書きや、貼り紙、暴言や暴行はやめ、白のくれたノートで自主学習を始めた。
毎日朝起きると私の部屋のドアの足元に、新しい学習要綱のノートが置かれ、学習以外にもノートには面白い話、その日の日記など、日々の日常の事などを織り交ぜながら色々な事が毎日くれるノートに書きだされていた。
そんなやりとりが何日も続き、それなりに同学年の子と同じぐらいには勉強は出来るようになっていたし、ただ引きこもってる子とは違い日々充実した毎日を過ごせていると感じていた。
ある日、自主学習で分からない事があり、私は白の部屋のドアの足元に手紙でその事の質問を書いて、ついでに私の近況報告や、たわいも無い話などを文章に綴り置いた。
その日から私の部屋のドアの足元に、学習要綱のノートとは別に交換日記のノートが増え、私の分からない事の解説や説明、白との世間話のような雑談の文章が日記には記載されていた。
そんなやり取りをしていくうちに私のお兄ちゃんへの恨みなどは日に日に薄れていき、私は勉強をする事が楽しくなっていた。
そして何より白お兄ちゃんと交わす、この日記のやり取りが楽しく、学校を不登校して引きこもっている私を癒し、毎日がとても充実した気持ちで満たされていった。
そうして月日が流れある日の朝、二つのノートが置かれる事がパタリと止まり、次の日も、その次の日もノートが置かれる事が無くなった時があった。
最初は確かに利用してやろうと言う気持ちで始めた事だったが、少しずつこのお兄ちゃんとのやり取りは私の中で大切な事の一つとなっていて、それが突然消えた事は私にとってとてもショックで悲しく、唯一の味方であると思っていた心の支えであるお兄ちゃんにも見捨てられたと思った私は哀しみと怒りがこみ上げ、我慢できず自分の部屋を出て兄の部屋をノックとは言えない叩き方で、何度何度も叩いたがそれでも部屋からは返事が返ってこなかった。
私は堪らずドアを開けるとそこには誰もおらず、部屋の空気は何日も部屋を開けている雰囲気が漂っていたのだ。
あれから何時間だっただろう、私は家で両親や白が帰ってくるのを待ち、夜中の23時頃だろうかドアで鍵を開ける音がしたので直ぐに玄関に駆け寄ったがドアを開けたのは母だった。
「あら紅、どうしたの、お腹すいた?ごめんね今用意するから我慢してね」
母は「食事を催促するなんて珍しいわね」とばかりに、私の顔をみて話しかける。
「違う!違う!お兄ちゃん……白が、白までも私を裏切って……何日も私の事を蔑ろに……」
私は目に少し涙を浮かべ、母に訴えた、すると母は私を優しく両手で包み込むように抱き寄せ。
「紅、そんな事言うもんじゃないわ、白はいつだってあなたの事を大切に思ってるし、いつも気に留めているのよ。
白はね今体調を崩して入院してるのよ。あなたに心配かけないように黙っていたけどね」
そう私に告げると、母は鞄から二つのノートを取り出し。
「白がねあなたにこれを渡してって」
母から渡されたノートを開くといつもの様に学習要綱内容がびっしり書かれていた。
交換日記のノートには『何日間かノートを渡せなくてごめんね、ちょっとしばらく用事で書けないけど不安にならないでね。用が済んだら再開するから、それまでは自主学習で頑張って』
白は一切自分の今の状況を話さず、ただただ私の心配をしているだけだった。
「白は、お兄ちゃんはどうしたの?」
私は日記を読み、母に尋ねた。
「大丈夫よ、たぶん近いうちには退院するから、あなたはあなたの出来る事をやりなさい」
母は質問の答えをはぐらかす様に答えた。




