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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最後の会話

作者: 脱兎


 

「なあ知ってるか。いそいそと花粉集めに励むあの連中は、みんなメスらしいぜ」


 足に花粉の塊を引っ付けたミツバチが向こうへ飛び立っていくのを横目に、俺は女に話し掛けた。


「ふうん」


 あまり興味がないのだろう、女は気の無い返事をする。

 どうやらミツバチの話はお気に召さなかったらしい。それどころか一体いつ始めるのか、と先ほどから大きな眼で俺を睨んでいる。

 しかし、俺は構わず話を続ける。

 ろく会話もせずに事に及ぶのは、俺の流儀に反するのだ。


 何もミツバチの話でなくてはいけない理由はない。それよりも、女が食いつくような小話のひとつでも出来ればいいのだが、俺はそれ程話題のストックがある方でもなかった。おまけに、緊張のせいで頭がまともに回らないのだ。


 何しろ一世一代の大仕事だ。今日この日を迎える為に、俺は生まれたといっても過言ではないだろう。


 女と交わり、子を成す。そうして遺伝子を後世に残していく。男として生まれたからには、避けられぬ宿命。


 ついにこの日が来たのだ。気が高ぶってしまうのが抑えられない。

 しかし、慎重にならなくては。女の逆鱗に触れて噛み付かれては、元も子もないのだから。


「──そうだ。こんな話は知ってるか? 働きバチどもはな、集団であの大きなスズメバチを倒しちまうこともあるんだと。

 それにひきかえミツバチのオスはしょうもない奴らでな……交尾以外にすることがないんだぜ。

 働きバチは巣の中の種付け要員や子供、卵を守る為に、命張ってスズメバチと闘うってのによ。

 まったく、男は役立たずなもんだ」


「あらそうなの。物知りなのね」


 女の感心したような口振りとは反して、その声はひどく冷たいものだった。ぎょろっと鋭い目つきで、視線を周囲に這わせ始めた。


 まさか他の男を物色しているのか。

 俺はにわかに不安になる。ここで逃げられてはたまったものではない。


 意を決し、俺は女の背中にまたがった。

 女は特に抵抗しない。俺はホッと一息つく。



 事が順調に進んでいる最中、女は突然振り返り、


「……ねえ」


 と、尖った顎を俺に向けた。自分よりも一回りほど大きな瞳に射竦められ、俺は蛇に睨まれた時のような恐怖を感じる。

 体は動かない。


「──いいわよね? 生まれてくる子供たちの為ですもの」


「……ああ」


 反論など、ある筈もない。これもまた、俺の役割である。


 次の瞬間、女はくるりと体の向きを変え、その力強い腕で俺の体をガッチリと抑えた。


 ゆっくりとシャープな顔の輪郭が俺の眼前に迫ってくる。

 逃げようにも、俺の倍以上ある女の体から発せられる力は凄まじく、少し身をよじることすら叶わなかった。

 


 ふと、視界の端で何かが動くのに気がつく。それは、先ほど俺たちの姿を目にして、慌てて逃げていったミツバチだった。天敵が自分よりも大きな獲物を捕らえたことを確認し、安心して巣へ戻っていくのだろう。

 

 オスは役立たず。何もミツバチに限った話ではない。交尾を終えたら用無しとなるのはカマキリ(俺たち)も同じなのだ。ならば少しでも有効に活用した方が良いに決まっている……。


 メスの大きく赤い口が三日月型に笑った後で、女は俺の頭部を噛み砕いた。


カマキリは交尾を最中にメスがオスを食べる事があるらしいです。

そうすると産める卵の数が増えるとか……。

虫の生存戦略はなかなかシビアですよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやー、楽しい。背中に跨がる辺りで落ちは何となく予想がつくものの彼等が蟷螂だったとは……。 こんな切り口で小意気にスナックのねーちゃん口説けたら良いんですけどね。 あれ、問題は引き…
[一言] ゾワっとしました。 カマキリの話知っています。 子供の時聞いて怖かった思い出が蘇りました。 イカンさぶいぼが……
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