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シン・えんとつ町のプペル  作者: にしの あきひる
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シン・えんとつ町のプペル

『同志アレクサンドロヴナ。革命家に必要な資質は何か?』

『同志ウリヤノフ。思想、意思、自制、魅力、統率、扇動であります。』

『90点だ。同志アレクサンドロヴナ。』

『………。』

『私にはあと10点が足りなかった。私が革命をついに為し遂げられなかったならば、残り10点の欠落が故だろう。』

『………その10点とは何でありますか。同志ウリヤノフ。』

『同志アレクサンドロヴナ。その10点とは、、、


――同志アレクサンドロヴナ。風船を用いた飛行船によってルビッチとプペルが煙に突入。全て計画通りに進行中。

鼓膜をこするような雑音混じりの伝令通信により、アレクサンドロヴナは甘い微睡まどろみから目覚めた。

即座に胸まで浸かりかけた追懐を殺す。感傷を潰す。

――同志アレクサンドロヴナ。

素早く一つ、いや二つ、深呼吸する。

「了解。正念場である。身命惜しまず監視を続けよ。」

――了解。


憲兵どもの銃弾にこめかみを貫かれた同志ウリヤノフの胸をナイフで引き裂き、大動脈と大静脈を引きちぎって心臓を掻き抱きながら敗走したあの日から、私は私ではない。

埋葬もなく、墓標もなく、告別すらなく憲兵どもの放った犬の餌になり果てた同志ウリヤノフの手足であり、声であり、遺志だ。

故に自身に宿った同志の一粒種にも、父親を演じる部下を通して同志の言葉を贈り続けた。


「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」


残党になり下がり、地下に潜った革命軍に残された希望は、少年に育った一粒種ルビッチと同志ウリヤノフの心臓、それのみであったが、心臓の所在が遂に憲兵どもに摑まれた。

危機はしかし、好機だった。

当局がまだその存在を把握していないルビッチをアレクサンドロヴナが、同志ウリヤノフの心臓を父親役の部下が、それぞれ抱えて逃走した。

部下は心臓を8つ複製し、それぞれを異なる配達屋に預けたうえ、町の果てまで追走してきた憲兵どもの目の前で自刃した。見事な最期だったという。

何も知らぬ配達屋たちは全員、我々が仕組んだとおりに配達途中で心臓を取り落とした。

手間と賃金を換算し、目論見どおり配達屋たちは誰一人捜索に一切着手せず、何事もなかったかのように配達業務に戻った。

憲兵どもに拉致された彼らは尋問され、拷問されながら、自分が何故かような仕置きを受けているのか全く理解できぬまま死ぬことになるだろう。彼らの屍を捧げることで、同志ウリヤノフの心臓の痕跡を消し去ることができる。危機はしかし、好機だったのだ。

私は私ではない。アレクサンドロヴナは繰り返す。

私は私ではない。同志ウリヤノフの遺志を継ぐ道具。機械。

故に死後、地獄に落ちることもいとわない。


憲兵どもが配達屋たちを責めている間に同志の本物の心臓を回収し、ルビッチが父のものだとかたくなに信じている銀のペンダント、それは事実同志ウリヤノフ所有のペンダントで昔日に私に贈られたものだ、を脳核としてヒトガタを造る。

資本家ブルジョワどもが排泄したゴミでできた、哀れな人形だ。

我々最底辺労働者(プロレタリアート)そのものである。

脳核たるペンダントから、父親役だった部下の写真を取り出し、代わりにプログラムを埋め込む。

プログラム。即ち同志ウリヤノフの遺志である。

半年か、一年か。人形が起動するまでにしばしの時が必要だ。

ルビッチには、父親は漁の最中さなかに波にのまれて死んだと伝えた。

止むことなく流れる涙を見ながら、脳髄に刻むように言い聞かせる。

私は私ではない。私は同志ウリヤノフの遺志を継ぐ道具。機械。私は私ではない。私は私では、、、


――同志アレクサンドロヴナ!ルビッチとプペルが煙を突破しました! その先の何か、その先にある何か偉大なものに邂逅した模様!

この国では労働者は搾取され続け、資本家ブルジョワどもは肥え太り続ける。

労働者は朝も晩も、資本家ブルジョワどもの富の代償である煙に包まれ、煙によって目が冒され、肺が冒され、脳が冒され、死ぬ。

平均寿命は50に満たない。まっとうな状態でいられるのはせいぜい40までだ。残りの10年は苦しみしかない。

煙は資本家ブルジョワどもの贅肉そのものであり、この国を閉塞する蓋であり、持つものと持たざるものを隔てるイェリコの壁である。

しかし今宵、角笛は吹かれた。

壁が崩れる時が来た。

持たざるものが、煙を超えたのだ。

「諸君! 私は確信する! 遠くない未来、我々の矜持を、尊厳を、希望を、光を奪い続けた煙が晴れることを!」

万歳ウラー! 万歳ウラー! 万歳ウラー!」

「革命の父、イリヤ・ウリヤノフの息子ルビッチ! ルビッチ・ウリヤノフ! それが煙に突撃し、煙を払う者の名である!」

「同志ルビッチ・ウリヤノフ! 万歳ウラー! 同志ルビッチ・ウリヤノフ! 万歳ウラー! 」

「今宵この日は! お金の奴隷解放宣言が叶った日として永劫記憶されるだろう!」

「ギブ&ギブ! ギブ&ギブ! ギブ&ギブ!」




『その10点とは、、、「伝説」だ。』

『伝説…』

『どれだけ資質を備えていても、どれほど有能であったとしても、人は不完全だ。しかし民衆は指導者に完全を求める。残念ながら人は人ゆえに、完全には成り得ない。ではどうする?』

『………。』

『諦めだよ。同志アレクサンドロヴナ。諦めだ。』

『理解に至りません。同志ウリヤノフ。』

『彼は選ばれた者なのだ。だから盲信するしかない。そんな諦めだ。

自身と比較し秀でているから信じるのではない。自身と比較できないから信じられるのだ。』

『………。』

『たとえばこの煙。どこまで続くか誰も知らぬこの絶望の煙を超えて、その先にあるものにまみえた。そんな、常人では発想することすら笑い話になるような伝説だ。』

『煙の、その先…』

『たとえばの話だがね。…しかし、見てみたいものだな。その先にあるものを。…きみとともに。』


10年に渡る激しい革命闘争の果てに「煙突のルビッチ」を最高指導者に戴く政治結社「赤い星」は、ついに世界史上初めての社会主義革命を成就させる。

ルビッチは言う。


『他の誰も見ていなくてもいい。


黒い煙のその先に、お前が光を見たのなら、


行動しろ。思いしれ。そして、常識に屈するな。


お前がその目で見たものが真実だ。


あの日、あの時、あの光を見た自分を信じろ。


信じぬくんだ。たとえ一人になっても。


ドキドキしてる?』

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