魔族の声
私は魔族です、と突然、画面上で宣言した男は端正な顔立ちをしていた、否、していたはずだった。ざざざとノイズが走る画面は、いつものテレビ放送とは明らかに雰囲気の異なった様子で、それが普通ではないことを示していた。BGMなども勿論ない、声明めいた映像が淡々と流れ続ける。その異様な光景はリモコンをどう操作しても効かなく強制的に見させられていた。
そして今、その犯行声明ビデオには世にも恐ろしい顔が映し出されていた。皮膚は爛れ、分厚い瞼の皮が瞳に垂れ下がり、ぶつぶつと奇妙な出来物に囲まれた顔面は緑色をしている。禿山のような頭には縮れた毛がこびりつき、鼻と口が薄っぺらくついている。先ほどまでほりの深い端正な顔立ちの男性がいたはずの場所にそいつはいた。それが示すことを理解するのは圭太にとっては明らかに簡単だった。なぜなら同じことをつい昨日体験しているからだ。
「これってもしかして」
そう呟いた圭太をけん制したのはユーコだ。山田少年のほうを見やり、しっと口元に手を当てている。彼がいる間は黙っていろ、ということなのだろう。そしてその動作は、この情景が圭太の幻覚ではなくユーコにも見えていることを指示していた。
『今こそ魔族の力を示し、世に知らしめましょう』
見るだけで恐怖を煽る恐ろしい外面の悪魔は画面上でにたりと笑った。その形相に、ひっと喉が鳴るのを必死に抑えて我慢した圭太を誰か褒めてくれてもいいくらいだ。どきどきと恐怖に鼓動が波打ち、心臓を痛いほどに炙った。そうして怯えている圭太とは裏腹に、ユーコと聖子様は厳しい顔で画面に視線を捉えられていた。何を思っているのか、その横顔からは窺い知れない。しかし良く思っているわけではなさそうなことだけはわかった。
「なんですか魔族って。これってもしかしてハッカーが悪ふざけで流してるとかですか?」
山田少年の呑気で調子はずれな疑問がリビングに響き渡る。しかし誰もそれに応えようとはしなかった。応えられる余裕がなかった、のほうが正しいかもしれない。
『さぁ、魔族の時代を始めましょう』
プツリ、と電波が切れ、テレビは元の通り何も移さない電気の切れた画面に変わる。わずが数十秒の出来事であった。しかし影響を与えるには十分すぎる長さだった。現に圭太は脳裏にこびり付いた恐ろしい形相が瞼を閉じても襲い掛かってくる。見るだに恐ろしい異形の怪物の映像に身震いが止まらなかった。
この世界に魔物がいること、それは信じがたいが本当のことらしいのは今眼前にいる二人が証明していた。テレビに流れた男と相違ないかそれ以上の恐ろしい見た目を持つ聖子様、そして河童のようなユーコ。後者の存在感はいまいちだが人間でない異形のものであることには変わりない。そんな存在が、結界を通して人間と同じように振舞って現代社会を生きている。そんな事実が存在することを圭太は身をもって知っていた。そして同じような新しい怪物の存在。それは魔族の時代を始めようと、結界を外して宣言したのだ。おそらく魔族と心眼もちには彼が本当の魔族であるということがわかったはずだ。
本当の魔族が、魔族の時代を宣言する。これは革命やクーデターに変わりない。人間に擬態する時代をやめ、自らを魔族として主張しようとする誘い掛けだ。それを仲間に知らしめるためにこうして電波ジャックをして全世界に放映した。これはつまり、人間と決別し新たに魔族として世界の一部を、もしくは全部を支配しようと宣言しているものに違いなかった。彼は魔族の時代を取り戻そうと呼びかけたのだ。
圭太は魔族に全数など知らなかったが、魔族が台頭するという意味がとてつもない世界の変化をもたらすだろうことを予感した。軽々と電波ジャックをし多分全国放送で映像を流し得たその文明技術と、見た目の恐ろしさから魔族の脅威は明らかに思えた。ジャイ〇ンが見るからに強そうなのと一緒だ。見た目があれだけ恐ろしく、そして影響力もあるとなれば、きっと強いに決まっている。魔族が魔法を使えるのか、どんな技術を持っているかなど何も知らされていない圭太にもはっきりと確信できた。
もしさっきの男の声明に同調する魔族が現れたら、と想像するだに恐ろしい。きっとなにか大変なことが起こるに違いない。そう考えるだけでぶるぶると身体が未知の未来を想像して震えた。そんなとき。
「あ、今の映像ツイッターですごい話題になってます!面白いからそれを新聞部の一面にしましょう!」
山田少年だけは平和に包まれていたのだった。