ユーコさんと学校
天地 飛鳥は魔族だった。
魔族といのは代々人の世に紛れて静かに魔の血筋と勢力を保つことが仕事だった。この世には人と魔族の二種類がある。世間には知られていないが魔族は魔族同士でコミュニティを持っているものが多く、その数も一定数いる。魔族は人々が文明を持つもっと前に繁栄していた種族だ。魔法を扱い広大な大地を我が物として操ってきた魔族だったが、その文明は人間の登場とともに次第になりを潜めていった。人間と同調して生きていった方が種にとって利益があると考えたらしい。しかしその中でも一部の力の強い魔族たちは、魔族による人間の支配を夢見るものたちがあった。それが魔王だ。
飛鳥が通う高校に魔王がいるらしいと親に聞かされたのは入学の4日前だった。魔族は魔族同士引き合うものがあって誰とはわからなくても近くいることは分かる。そしてその予感とも言える感覚が、近くにとても強大な力を察知したのだ。成熟した大人である親たちはその魔力を感知したらしく、それが高校の近くにいるということまでわかっていた。飛鳥は正直魔族だの人間だの、たいして変わりはないのだからとあまり気にすることがなかったが、両親は魔族の中でもかなり魔力のあるほうでそれを誇りに思っていた。そして魔族の象徴である魔王の存在を信仰している魔族たちの一人でもあった。魔王を主として奉り魔族の世界を築くこと、それら彼らの野望だった。そんな飛鳥が高校に通って数か月、突然転機は訪れた。
「魔王勇子です。でも名前が嫌いなので呼ばないでください。私のことはユーコと呼んでください。これからよろしく」
そう目の前の美少女、ユーコは言った。それを見て飛鳥は初めて魔王という存在に興味を抱き、ちょっと様子を見てみようと思ったのだった。
そもそも魔王が「魔王さん」などと安直すぎる名前を名乗っている可能性の方がずっと低いことは当たり前にして分かっている。しかしその名前が魔王と全く無関係とも思えない。聞けば昔から今に至るまで、魔王は脈々と血を受け継ぎ、代々何かしらの形で人間界を牛耳り暗躍していると噂されていた。その欠片として魔王という名前のものがいてもなんらおかしくはない。
まぁ、魔王さん、ユーコが魔王と関係あるかどうかこっそり影から見るのも悪くない。それが分かったところで何をするかなんて考えてないけど。飛鳥はユーコをじっと見つめながら頬杖をついてその姿を目に焼き付けたのだった。
「学校を案内しろ」
そんな端的な命令で行動を束縛された圭太は昼休みにコンビニに行く予定だったのが中止されることとなった。まるで鶴の一声、いや河童の一声か。と内心ちょっと笑っているとユーコの睨みがきつくなってきたので素直に案内することになった。まだ出会って2日目だが、ユーコは分かりやすい性格なので圭太には何を考えているのかなんとなく察することができた。ユーコは偉そうに強がっているが実際は初めての学校にかなり戸惑っているらしいことがわかった。心眼持ちの件もあるが、ずっとそわそわしているし、1時間目の休み時間にはクラスメイトのほぼ全員からかわるがわるに話しかけられて困惑している様子だった。この魔王、意外とコミュ障だなと内心微笑ましく思った圭太であったが、そんな彼も今はすこし困った状況にあった。
昼休みだからと、朝の校門で見かけたユーコの噂が広まったのか他クラス他学年からユーコを一目見ようと人が集まってきて、案内するにもクラスのそとは人だかりだった。そりゃあんだけ美人だったらそうなるよなと納得した。ざわつく校内をなんとか案内しようとユーコを連れて歩き出すが、さながらモーセのように人の海を割って進んでいくのは骨が折れる。ユーコの美貌に恐れるように近づくと人が割れていくのでなんだか有名人のSPをやっている気分だった。
「なんでこんなに校内は混んでるんだ?」
「それは十中八九あなたのせいですよユーコさん」
ユーコは自分の見た目というのをどうやら自覚していないらしい。今まで学校に来なかったようにずっと引きこもりでもしていたのかと疑うほど世間を知らないようで、そのうちツボでも買わされるんじゃないかと少し心配である。
ユーコを見たさに集まる人に廊下は息が詰まったが、昨日の失禁ではなく、失神事件に比べればなんでもないことに思えた。あの魔王姿に比べれば人の視線も怖くない。怖くない。
「ここが音楽室、となりが美術室。この廊下を行った先が体育館でこっちが講堂ね。普段使う施設はこのくらいだから。あと食堂が地下にあるんだ。行ってみる?」
「ちょうどお昼ご飯を持ってなかったんだ。行く!」
人をかき分け、食堂につくとすぐに食堂の使い方を説明した。無事にカレーライスをゲットし、木で出来た長い机の端に二人で並んで座る。暖かな雰囲気の食堂は木で出来た机と椅子で揃えられており、安心する気持ちになれる。柔らかい照明に照らされて一層おいしそうにみえるカレーライスが香ばしいスパイスの香りをふわりと立たせていた。親子丼にしたらしいユーコさんと並んでいただきますをする。本当になんでこんな美少女と二人で食事をとっているのか。いつもならコンビニでパンを買って友達と漫画を読みながら一緒に食べるとこだったのに。僕の人生は昨日から一変してしまったのか。そう悩みながら一口を口にしたときそれはやってきた。
「新聞部です!写真とらせてください!」
小柄な眼鏡男子が体に似合わない大きな質の良いカメラを手に現れた。どうする?戦う?魔法?アイテム?逃げる?
ぜひ逃げるを選択したい所存の圭太だったがそれはユーコによって遮られた。
「写真?何につかうの」
ユーコさんは無知だった。こうしてユーコとそれに巻き込まれた圭太のドタバタスクールライフが幕を開けてしまった。