魔王勇子の初登校
俺は今物凄い美少女と共に登校している。長い黒髪は絹のように細やかで、肌は陶磁のごとく白くきめ細かい。長いまつ毛ふっくらとした頬に影を落とし、藍色の透き通る瞳は空の輝きを映してきらきらと輝いている。形の良い鼻とふんわりした柔らかそうな唇はその人の気品を物語っているかのように優美だった。夢に出てきそうな可憐な、少し猫目の乙女は圭太の横を同じ速度で歩んでいた。
まさに絶世の美少女といった感じだが、それもそのはず、彼女は世を騒がせた伝説のアイドル聖子様の娘なのだ。美しくないわけがない。最も彼女に顔に見合った品性があればなおのことよかったのだが。
「何じろじろ見てんのよ」
整った眉を吊り上げてじろりとこちらを見る少女から出る声は低く不愛想だ。まったく、せっかく聖子様の血を受け継いでこんなにも可愛く生きているというのになんと可愛げのないことか。聖子様の天然ほわほわな雰囲気も遺伝してくれればよかったのに。圭太はやれやれといった感じで首を振ると、言葉にしなくてもなんとなく意味が伝わったのか、美少女はさらに睨みをきかせて圭太に批難の視線を送るのだった。
「この私があんたと一緒に登校してあげてるんだから、少しは嬉しそうな顔したらどうなの」
「いやぁ、僕は聖子様派なので」
「若い私より母さん派ってどういうこと!ひどすぎんでしょ馬鹿凡人」
馬鹿凡人と、なんとなく聞き覚えのあるようなないような良くわからない例え方で罵られた圭太であったが、特に気にする必要はなかった。普段の圭太なら、こんな美少女とすれ違っただけでもドギマギしてしまうところだったが、なんせファーストインプレッションがいまいちだったので平生を保つどころか余裕の対応が出来てしまう。だって、この絶世の美少女、ほんとは河童なんだぜ?
「ていうかよくうちの母さんの本当の姿みて、まだそんなこと言えるわね」
「あの姿でも心根は美しく可愛らしいことがなんとかぎりぎり伝わったからね。それになにがあっても僕は聖子派をやめないって10歳の時から心に決めていたしね」
キリッと眉を上げていい笑顔を彼女に向けると、歩きながら器用に足蹴にしてきたので思わずよろめいてしまった。
「ちょっとやめてよ魔王さん」
「その名前で呼ぶな」
「じゃあ勇子さん」
「漢字変換するな」
「えーーじゃあなんて呼べばいいんだ」
足を進める度にどついてきそうな勢いで不機嫌さを極める彼女は、すれ違う人たちがぼうっと呆けて見つめているのにも気づかず圭太に牙を向いている。まるで子育て中の猫みたいだ。
先日、圭太が魔王宅にお邪魔し何度も失神しかけ、失禁までしかけた時、魔王もとい聖子さんは娘の登校にちょうどいいと圭太に大喜びしていた。それは圭太の持つ「心眼」にも関係している。なんでも彼ら魔族というのがこの平和ボケした日本には一定数住んでいるようで普段は結界を作って姿を人間に擬態化しているので人間にばれることなどないが、ごくまれにいる心眼の持ち主にはその本当の姿がうっかり見えてしまうことがあるらしい。つまり僕はついうっかり心臓が止まりかけた偶然の持ち主と言える。勇子さんはその心眼で本当の姿、河童姿をもし学校の誰かに見られでもしたら、と嫌で不登校していたそうだ。理由は怖くなくて恥ずかしいから、となんとも乙女チックのようでそうでない理由だが、魔族としてはそこに誇りをかけているらしい。まるで怖い見た目で子供を脅かして生計をたてているどこかの怪物集団みたいな心理だと思う。そんな訳で、心眼をもった圭太がそばにいればもし他に心眼もちに見られたとしてもすぐに口封じができるし、口封じの意味は聞かないでおいた、そもそも1つの学校に2人も心眼もちがいる確率は極めて低いから安全だと判断したそうだ。つまりだ。圭太は、突然登校しだした絶世の美少女にずっとついてまわる人、にならなくてはいけないのだ。想像するだけで周りの目が痛い。こんな美少女誰もが羨望の目で見るに決まっている。そんな彼女を突然引き連れて登校するわけだから嫉妬とついでに憎悪の視線を向けられることほぼ間違いなしだろう。しかし、だ。圭太はその約束を2つ返事で受け入れた。なぜなら
「聖子様のお役にたてるならなんだってする!」
「なんだよ突然、ちょっとキモイからやめて」
「いいんだ!これが僕の心の一番のアイドルに向ける誠意の在り方なんだ!」
つまるところ圭太は筋金入りの聖子馬鹿だったというわけだ。
校門を入った時点で周囲は色めき立ち、何あの子綺麗、あんな子うちの学校にいなかったよな、え、なになにモデルの転校生?、だれだよあの子の隣にいるのうらやましい、などと様々な声が聞こえてくる。しかし心眼もちのことを気にしている勇子はどうにも気が落ち着かないようでそわそわと辺りを見渡しながらずっと小さい声で、私大丈夫だよね?見られてないよね?と聞いてくる始末だ。ええ、見られていますとも、すごく。
どうやら天然具合は少し遺伝したらしい彼女は校門から教室にはいるまでずっと圭太の横にぴったりとくっつきそわそわしていたのだった。これはたぶん、あとで質問攻めで死ぬな。
「榊君、おはよう。横の子は誰?」
教室に入ってすぐに声がかかった。浅海先生だ。
「おはようございます浅海先生。彼女は不登校だった魔王勇子さんです」
「ちょっと名前を大声で言うなってば」
どうも名前もコンプレックスらしい勇子は圭太の肘の皮をつねりながら小声でいなしてきた。それを聞いた浅海先生は驚いたように目を見開き、そしてふわっと天使のように笑った。かわいい。
「魔王さん!? 良かったー学校きてくれたのね!それに榊君とずいぶん仲が良いみたいだし本当に良かった。これからよろしくね」
ずいぶん仲が良い、と称されて圭太は焦る。いや違うたしかにこんな絶世の美少女と並べて嬉しいは嬉しいが、僕の心はレジェンド聖子様を置いては浅海先生が一番なわけで誤解されては困る。圭太は慌てて、そ、そんな仲良くもないですよ!とわたわた否定し、それを聞いた勇子がさらにきつくつねってきたのは言うまでもない。
「出来るだけ目立たないように学校生活を送らせてください先生」
勇子はそうぶっきらぼうに告げると部屋の隅の壁に背をもたせた。
いやぁ、それは無理でしょ勇子さん。そんだけの美少女っぷりで目立ちたくないって。今からでもいいからキャラデザかえてこないと無理ですよ。そんな圭太の言葉は届かず。
「じゃあみんなに紹介しなくっちゃね」
ウインクをつけて答えた浅海先生はそれはもう悶絶ものの可愛さだった。
始業前だけどちょっと聞いて、とクラスの注目を集めた先生はさらりと勇子を紹介する。
「いままでちょっと事情があって休んでいたけど今日から登校できるようになった魔王勇子さんです。これからみんなで仲良くしてあげてね」
その紹介にクラスにはわぁっと歓声が上がった。可愛い!モデルなの!写真撮らせて!だのなんだのそれはもう五月蠅い。そんな紹介にすっと背を伸ばした勇子は教卓の前まで行くと、一息ついて、凛とした声でクラスをくまなく見据えながら話し始めた。
「魔王勇子です。でも名前が嫌いなので呼ばないでください。私のことはユーコと呼んでください。これからよろしく」
I have a dreamと話し始めそうな威厳でそういった美少女は、クラス全体をぽかんとさせるだけの力があった。そうそして、今ここに、ユーコが爆誕したのだった。
ついでにユーコのファンクラブもね。