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隣人が魔王でした。  作者: なずく
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魔王との邂逅

榊圭太は完全に石のように硬直していた、否、身動きが取れなかった。扉を開けたら、はーいという声とと共にエプロン姿の中年の女性が出てくるとばかり思っていた。最悪、頭が3つにブロック分けされたパンチパーマであっても驚かないつもりではいた。しかしそんな、当たり前の予想を当たり前のように裏切って現実は圭太の心身を鉛でぶちのめした。どこ〇もドアを開けたらジャイ〇ンの入浴シーンだった、のほうがまだ1000倍マシだったと言えよう。


眼前の光景に圭太は一瞬にして周囲から音が消え全身を粟立つ恐怖が視界を昏くするのを感じた。背中を、内臓を冷たい手で逆撫でされる感覚。一体なんだこれは。圭太は目の前に現れた異形に完全に混乱し、心臓が警鐘を上げるのを聞いた。本能的な恐怖。圭太の精神を一瞬にして破壊するに余りある光景は、ただその異物が出てきた家の奥から微かに漂う家庭的な匂いによって辛うじて理性を縫い止められた。

瞬時に圭太は思考を巡らす。何だこれは。一体何なんだこれは。あり得ない、おかしい。信じられない。仮装しては威圧感が過ぎるし、何より体全体を包む鱗のような硬い質感と呼吸とともに僅かに上下に動く黒い磐のような胸板がリアルすぎた。何よりもこちらを睨む深淵の闇を孕んだ双眸はじっと圭太の恐怖に引き攣った顔をを鮮明に映している。先ほどのように白昼夢を見ているのか?俺の脳が作り出す妄想にしては恐ろしすぎる。俺はこんな暴力的な恐怖の怪物を創り出せるほど豊な脳みそはしていない。


目の前を塞ぐ大きな怪物に完全に思考停止した圭太は指先すらピクリとも動かせず、魔女に魅入られて石化したかと思うほどだった。そんな緊迫した静寂を解いたのは一つの声だった。


「あらぁ~、ごめんなさい私ったら、そうよねいきなり私見たらびっくりするわよね。その様子だと私のこと知ってるこのかしら?若いのに、嬉しいわぁ。化粧の途中で半端顔でお出迎えしてごめんなさいね、さ。入って。」


その声は、魔王のような魔物の方面から聞こえた。背後に人がいるわけではない。その証拠に、恐ろしい魔王の口が音と同時に動いているのが見えたからだ。


・・・え?

この魔王が喋ってる?しかも、人の好さそうな優しい中年女性の声で、この見た目で?俺は幽霊や妖怪は割と信じる方だが、これははるかに信じがたい。直視しがたい恐ろしい魔王が何等かの間違いで実存するとしても、だ。

「ギャップありすぎるだろ・・・。」

思いは思わず声に出ていた。魔王は機嫌がいいのか、血のようにというか絶対血だろ、に真っ赤で裂けた身の毛もよだつ大きな口をさらに大きく歪ませ、恐らく満面の笑みで家の中へ促そうとする。中に入ったら絶対食べられる。圭太の本能がそう告げていた。元来、凶悪な外敵というのは、羊を騙す狼であったり、航海士を騙す人魚であったりと声だけは美しいと相場が決まっているんだ。絶対罠だこれ。


「いや、あの、ハハハ。書類を届けに来ただけなんで。すぐ帰ります」

何とか声を絞り出しただけでも全世界は俺を誉めてほしいと思う。勇気のある人選手権があったら今ナンバーワンなのは確実に俺だ。書類も持っていた手を魔王に向ける。恐怖で足は震え、勿論声も震え、書類を差し出そうとする手は震度7で揺れている。目を直視したら魂を抜かれそうだから目線は下に、書類だけなんとか魔王に近づける。心臓の音が耳の奥でバクバクと大音量で鳴っている。夏だというのに冷や汗で全身を濡らした圭太の手は氷のように冷たかった。


「あら、あなた」


魔王の声で驚きを孕んだ音色を奏でる。地獄の窯のような色をした獰猛な瞳がじっと圭太を捉え、そして動かない。

何か気に障ったんだろうか。やっぱりこんなことで返してくれるような魔王じゃないだろう、やばい殺される。舐めた真似をして逃げようとしたのを咎めているに違いない。この目はあれだ、楽に死ねると思うなよと言っているに違いない。俺こんなところで死にたくない怖い怖い怖い!


圭太の脳内で吹き荒ぶ思考の嵐は圭太の瞳の焦点をぐらぐらと揺らす。正直限界に近かった。恐怖で心臓が止まるというのは実在するらしい。今にも心臓が花火を上げてその活動を放棄しそうだ。

魔王はゆっくりと瞬きをする。圭太の恐怖は最高潮に達し、それでも尚失禁せずに堪えていることが奇跡だった。


「あなた、大丈夫?」


手が伸びる。荒波に曝された岩礁に似た黒く大きい手が、喉を簡単に引き裂けそうな恐ろしい爪の付いた手が圭太に伸びる。影のようにゆっくりとその手は近づき。


「死ぬ」


圭太はその二文字を最後に奈落の暗闇へと落とされたのだった。




全身を熱い光が包む感覚。ああ、これが死後の世界というやつか。余多の優しい手に撫でられ、甘い少女の囁きが幾重にも波になって体を包む。癒し、という海にゆっくりと沈んでいるようだった。美しい、妖精の羽の輝きに包まれ、心地よく冷たい水が体に染み渡る。

ここが天国か。体は動かず瞼も開かないが、まるで胎内にいるようで自然と心が安らいだ。これはなかなか悪くない、というか良い。なんで俺死んだんだっけ。何か思い出せずにいるが、思い出さないほうがいい気がする。このまま漂っているのも悪くない。

ふっと体を抱かれた感覚がした。強張っていた体が軽くなる。そうだ、目を開けてみよう。天国がどんなところか見てみたかったんだ。圭太はぼんやりとしていた意識をはっきりさせ、外に向ける。ゆっくりと瞼を開いた。


「あら!良かった~、起きたのね!」


訂正、目が覚めたら地獄が健在に俺を飲み込んでいました。

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