7話
僕はゴブリンのゴブン。この村の村長の孫になります。生まれて3ヶ月、ようやく一人前の戦士になれた僕はお爺ちゃんから今日ショートソードを貰えるんだ。
「ゴブンよ。今日からお前も立派な戦士だ。ワシの体はもう思うように動けん。だからお前にワシの愛用していた剣を授けよう。」
「お爺ちゃん、ありがとう!お爺ちゃんに代わってこの村を守る戦士になるよ!」
「頼もしいな。ワシの孫は。」
お爺ちゃんは僕にショートソードを渡すとその手で僕の頭をワシャワシャと撫でる。
「もう!僕はもう子供じゃないんだよ!」
「そうだった。すまんすまん!ヒャヒャヒャ!」
何か納得いかないけど、お爺ちゃんが楽しそうなら良いや!僕はこれからこの村の皆んなの笑顔のために頑張るんだ!
村長の小屋から外へ出ると幼馴染のリンカが手招きしていた。何だろ?僕はトテトテとリンカのもとへ歩いて行くと、リンカは僕の手を掴んで村から少し離れた木陰に連れて行かれた。
「こんなとこまで連れてきてどうしたの?」
リンカは木の根元の穴から何かを取り出して僕に差し出してきた。
「こ、これ、ゴブンの為に作った。良かったら貰ってくれない?」
その手には少し不恰好な木の兜があった。
「リンカが作ってくれたの?」
「うん。嫌だっかな?」
「そんなことないよ!ありがとう!大切にするよ!」
僕は嬉しさのあまりリンカを抱き締めてしまった。
「あっ!ご、ごめん!嬉しかったからつい…」
慌てて離れようとするとリンカは僕を抱き締め返してきた。女の子の良い香りや柔らかさが伝わってきて赤面してしまう。
「私も嬉しいから…もう少しだけこのままで」
「うん。」
僕も改めてリンカを抱き締める。リンカは何があっても守ってみせると心に誓った瞬間だった。二人は暫くの間そのまま抱き締め合い、ゆっくりと離れていった。
「兜、ありがとう」
僕は照れ隠しにリンカからもらった兜を深めにかぶる。
「う、うん。」
リンカは耳まで真っ赤にして俯いていた。
「そろそろお昼だし、戻ろうか?」
リンカが頷いたので手を握って村へと戻っていく。恥ずかしくてリンカを見ることが出来ないし、どこを見れば良いのかわからなかった僕は思わず空を見上げた。
「あっ、珍しいな。鳥が旋回してるよ」
「本当だね。」
鳥が一羽空を旋回しいた。珍しい事もあるもんだ。
………
……
…
村の皆んなが寝静まった時間。今晩の警戒担当の一人が大きな欠伸をする。
「ブンタ先輩、警戒中に欠伸なんてしてて良いんですか?」
「ん?良いんだよ。長年この仕事やってるけど、この村に夜襲なんて一度もなかったし、精々迷い狼とか猪が来るくらいだ。」
「それも十分危険じゃないですか。村を守るのが僕らの仕事なんですから。」
「ケケケ。張り切るのはわかるよ。村長からは剣を、愛しのリンカ嬢からはその兜を貰ったんだもんな。羨ましいねぇ、ゴブン君。」
「ちゃ、茶化さないでくださいよ!そうじゃなくても先輩はいつもいつ
僕が先輩の普段の行いに文句を言おうとすると先輩が真剣な表情で僕の口を手で塞いできた。
「静かに…。何か聞こえないか?」
気持ちを切り替えて、耳を澄ます。聞こえてくる音は松明の燃える音、風の音、虫の鳴き声……おかしい。いつもなら聞こえる鳥の声がない。それどころか虫の声がいつもより騒がしい気がする。
「音がいつもと違う気が
ゴゴゴゴ
メキメキ
バサッ
遠くから聞いたことのない異音と、木が倒れていく音が聞こえてきた。
僕と先輩は視線を交わすと頷きあって行動を開始する。先輩は物音を確かめに音のする方向へと進んでいき、僕は守備隊長へ報告と相談の為に走って行った。
村長の家には守備隊長か副長がいつも待機している。
「ゴブンか?慌ててどうした?」
「報告します。南側の森の中から聞いたことのない異音と、木々が倒れている音がしました。先輩が斥候に向かっています。」
「わかった。念の為に俺は村長へ報告してくる。ゴブンは各家を回って戦士達に準備を促して、南側に集合するように伝えてくれ。」
「了解しました」
村長の家を出ると異音は村全体に聞こえるほど近づいて来ていた。駆け足で各家を回ると戦士達もこの異音に気付いたらしくすぐに戦闘準備をし始めてくれた。
一足先に南側に到着して、戦士達の到着を待っていると隊長と副長が歩んできた。
「ゴブン、通達は終わったか?」
「はい!全員、この異音に気付いていたらしくすぐに準備を始めてくれました。間もなく到着するかと。」
「ご苦労だった。あとは斥候に出たブンタが早く戻ってくれれば対策がしやすいな。」
その時、パンッと何かが弾けたよう小さい音が森の中から聞こえたような気がした。
ゴブリンの戦士達はすぐに南側に集結した。その総数は34人、これなら狼だろうが猪だろうが問題なく倒せるだろう。
ゴゴゴゴ
キュルキュル
メキメキ
バサッ
異音が大きくなるにつれ、地面が振動し始める。僕を含めて他の戦士達にも恐怖の色が浮かんでいた。今までにない、異質な音と振動。僕の心臓が煩いくらいに鳴り響き手足が震える。
そして目の前の木が薙ぎ倒されるとそこには今まで見た事もない巨大な何かが姿を現した。
「戦士達よ!!この村を守る為に、家族を守る為に、ここより先にあの化け物をッ
ブォンッ!!!
爆発音と巨大な何かの後方から光が溢れるとそれは、唐突に加速して僕の横をすり抜けていた。
僕は何が起きたのかその時まるで理解出来なかった。生温い液体が僕の頬にかかり、風圧で転倒した。恐る恐る通り過ぎた場所を見ると、そこにいたはずの戦士達の姿は無かった。
生温かい液体に触れ、それを見た時、僕は、理解した。
これは戦士達の“血”だ。
「うワァァァぁぁァア!!!!」
僕は理解を拒むように叫んでいた。
キュルキュルキュル
ゴゴゴゴ
僕の叫びを掻き消すように何かは動いている。そして再び爆発音と発光を起こすと直進していく、その先には村長の、お爺ちゃんの家がある。
「や、やめろぉぉぉお!!」
手に持った剣を強く握り僕は何かに向かって駆け出していた。
しかし何かは僕より速く為す術なくお爺ちゃんの家は押し潰された。視界には同じように潰された家がいくつかある。無意識のうちにリンカの家を見るとまだ無事なようだ。
キュルキュルキュルキュル
何かはその場で回り始める。これは多分方向を変えているんだろう。そしてその先にはリンカの家がある。
「リンカは僕が守るっっっ!!!!」
地面を蹴って、何かを斬りつける為に、飛び掛かる。
パンッ!
その音が響いた瞬間、何もかもが暗闇に飲まれた。