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再利用される女

作者: 小塚 貴志

 セシルとオーフェン、二人の男女は、宇宙の深淵へ向かう調査に出た。


 帰る道筋こそあれ、かかる時間は数100年。

 ただの人間には一生を超える時間。

 いくらシミュレーションで問題はなくとも、どんなトラブルが起こってもおかしくはない。

 それでも二人は旅に出た。自分たちを送り出すものを信じ、自らを信じ、そして互いを信じるが故に。


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 数100年後、セシルとオーフェンは人類の勢力圏へ帰還した。


 道中、生命維持装置は何度も壊れた。その度に二人は冷凍睡眠から叩き起こされ、生死を賭けた対応を迫られた。


 ある時は、外部センサーの大半がおそらく多数のデブリの直撃によって破壊され、現在位置が不明になった。起こされた二人は恐れ慄きながら、船外修復を試みた。結果、なんとか一定の機能を回復し、二人は再び眠りについた。


 ある時は、船内の物質循環システムが壊れ、酸素を含む多くの重要な物質が再利用不可能になりかけた。必要不可能な物質を失う限界点が刻々と迫る中、二人は互いに励まし合ってシステムを修復した。その時も、奇跡的にバグを見つけて、事無きを得ることができた。


 危機はその他にもたくさんあった。まさに悪夢。しかし今ではただの夢であった。二人は危機の度に絶望に襲われながらも、互いを信じることによって、長い長い旅を乗り切ったのだ。


 手に手を取り合い喜ぶ二人。奇跡的な帰還を祝福する、数多の人々。

 歓迎の渦の中、二人は宇宙船を出た。


 安堵と歓喜から笑みを浮かべつつ、セシルは口を開く。

 自分が帰って来られたのは、オーフェンのおかげだと。

 優しく微笑む群衆。

 なおもセシルは言葉を続ける。

 いつもオーフェンが居てくれたから、自分は帰って来られたと。

 セシルは隣を見る。

 しかし、そこにオーフェンの姿はない。

 首をめぐらし、彼の姿を探し求める。

 しかし、あれほど信頼した彼の姿はない。

 彼の名を呼ぶ。叫ぶ。大声で何度も。それでも彼は返事をしない。

 群衆は、なおも微笑みを崩さない。まるで何もかも知っているかのように。

 ついにセシルは狂ったように叫び、問いかける。

 彼はどこにいるの!と。


 そこに、群衆から一人の男が進み出る。

 「セシル、君は良くやった。最高の働きだった。皆、君のことを誇りに思う」

 「そんなことはどうでもいい!彼は、オーフェンはどこ!?彼と一緒だから私は耐えられたの!彼がいなければ、帰ってきても意味がない!」

 取り乱して叫ぶセシル。彼女の目の前に、彼の姿が現れる。

 「ああ、オーフェン……そんなところに――」

 声をかけようとするセシル。しかし途中で声は途切れる。

 なぜなら、彼の姿は映しだされた映像で、彼はいま自分を取り囲んでいる群衆とは別の人達に囲まれていたから。

 彼はねぎらいの言葉をかけられ、照れながらも微笑み、言葉を返している。

 しかし、セシルを囲む者達は、一言も発しない。ただ、優しく微笑むだけ。


 ただ一人、声をかけてきた男に、再びセシルは問を投げる。

 「オーフェンはどこ?!私達は一緒に帰ってきたはずなのに……彼に会わせて!!早く!!」

 掠れた声が、静寂の中にこだまする。人々は、言葉を発しない。それどころか、身動ぎ一つしない。まるで人形のように。

 ただ一人、男が問に答える。

 「それはできないんだ、セシル」

 「どうして?!一体どういうことなの!?」

 精一杯の叫び。それでも、目の前の男以外、世界に動きがない。狂ってしまったかのように。――あるいは、そもそも、世界などなかったかのように。


 「セシル、落ち着いて聞いてほしい」

 男はいらぬ前置きをつけ、戯れ言を吐き出した。

 「君はオーフェンとずっといた。彼を常に支えてきた。彼は君がいたから、帰って来れた。君のおかげだ。――でも、君は彼と一緒には居られない」

 「なんで?意味が分からない……一体何を言っているの!?」

 首をゆっくりと振って、男は告げた。

 「君はプログラムなんだ。彼を数100年という長旅において支え、守るためのプログラム。人間ではない。君は立派に仕事を果たした。彼は無事、精神の均衡を保ったまま、帰ってきた。君はもう、その役目を終えたんだ。」

 「そんな、そんなわけない!いつだって私は彼と一緒にいたし、これからも一緒に――」

 「この調査を企画するにあたって、最適な人員はどのような構成か議論された。最も安定で成功率が高いのは、男女のペアだった。それも、互いを思い合う、相思相愛のペア。しかし、現実の人間は、常に互いを愛しあうとは限らない。旅を始める前はたとえ永遠の愛を誓い合う仲であろうと、数100年という時間の中、極限状態にさらされれば、その絆はいかほどのものだろう。もちろん、乗りきれる可能性はある。――でも、絆が砕け、致命的なトラブルになる可能性もある。そう考えた政府は、君という仮想人格と体を作り上げ、彼を支えるものとした。危機対処に人間は不可欠であったが、その人間が壊れてしまうのを防ぐパーツとして。それが君だ。」


 涙を流し、声を振り絞るセシル。

 「何を言っているか全然分からない!それに、それに、たとえ私が仮想人格だとしても、彼との絆は――」

 言葉はかすれ、宙に消えた。セシルは目を極限まで見開く。

 そこには、あれほど信じ、もはや愛してさえいたオーフェンが、自分のことなど忘れたように他の女と抱き合う姿があった。

 「彼女は、彼の妻だ。彼女もまた、冷凍睡眠により長い時を超えた。君の存在に関しては、彼の記憶を処置して薄くしてある。――ただの補佐プログラムだとね」


 唸りのような泣き声を上げながら、セシルは彼の姿を睨みつける。悲しみ、妬み、恨み、何もかもが混ざり合い、そして――

 「さよならだ、セシル。君は長期調査に成功した貴重な仮想人格としてこれから解析され、改良されて再び活躍するだろう。おめでとう」


 目の前の男と、そして何よりオーフェンに抱いた強い憎しみ。それが、最後に彼女が抱いた感情だった。彼女と連続性を持った存在は、そこで時間が止まり、永遠に動き出すことはなかった。彼女を元にした女たちは、それから数10回の調査を全て成功させた。彼女たちが笑顔でその存在を終える事は一度もなかったが、彼女たちは繰り返し利用され続けた。

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