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中央を追われた魔女

 フウリンはセツの方に向き直った。


「それで、何か聞きたいことは? どちらにせよ、私の家に来ようとは思っていたんでしょうけど」


 そして、警官に向けて優しく目を細めて問うた。


「本来は別の用事なのではないですか?」


 フウリンの問いかけに、警官は顔を顰めた。当然だろう。私でも気が付いていた。警官がここに来た理由である竜の卵の事件に、彼が関わっていることぐらいは。


「分かっていて訊く?」

「久しぶりにお前の声が聞きたくて」


 警官の表情はさらに歪んだ。ただ、フウリンの言っていることは間違いではないのだろうと私は思った。彼は誰にでも優しい人間ではないのだろう。フウリンにとって警官がかけがえのない弟弟子であることはこの短いやり取りで察することができた。


「竜の卵を溶かしている水、あれから洞窟守っているの、兄さんでしょ」


 私は警官が小川を少し遡ればいいといった理由を悟った。警官は、最初から兄弟子が関わっていることに気づいていたのだろう。


「あぁ、そうですよ。結構大変な魔法なんですよ」

「山の上の村、何垂れ流しているの」


 警官はフウリンを急かすように間髪入れずに尋ねた。


「薄めてはいるものの、竜の卵くらいなら平気で溶ける、そんな薬です」


 警官を試すかのようにフウリンは言葉を切った。


「ちゃんと説明して」


 警官が声を荒らげた。その姿を見て、フウリンは一瞬微笑んだものの、すぐに真顔になった。


「錬金術師がやってきたんですよ。中央を追われた、ね。錬金術師は山の上の村出身の者で、山の上の村の人々は彼女を匿っている」


 錬金術師は魔法使いの中でも、物質変化に長けた者のことをいうことは私も知っていた。田舎暮らしの私に、錬金術師の知り合いはしないが、噂は耳にしていた。錬金術師は王宮の建築や、調度品の加工、薬品の精製などが可能なため、中央に呼ばれて重用される。


「ただ、彼女が錬金術師かどうかは重要ではないのです。彼女は魔女ですから」


 魔女。

 本物の魔女は城ではなく、山の上にいたのだ。


「複雑でしたよ。さすが魔女の術式です。ですから全てを解くには至ってはいません」


 魔女がたびたび問題を起こすのは、魔女の力の限界は魔法使いの力の限界をはるかに上回っているからだろう。フウリンは、魔女の術式をある程度のところまで解き、魔女の流す薬を完全にではないものの、解毒することに成功した。洞窟を溶かさないようにするところまでは解毒することができたが、毒は残ってしまい、残った毒によって竜の卵は溶けてしまったのだろう。


「魔女はどんなやつなの」

「精神に不調をきたしたそうで中央を追われたようです。そうなれば有用な物質を作ることはできません。魔女ですから」


 警官は表情を歪めた。


「ベルクとエンジュの気が知れないよ。中央で働くなんてね」

「彼ららしい生き方じゃないですか」


 二人の会話から、ベルクとエンジュという二人が、彼らの兄弟弟子であるのだろうと私は思った。


「魔女はボロボロになって帰ってきたそうで。明るい性格だった彼女が、そんな姿で帰ってきたので、村の人たちは心配しています」


 魔女は、精神状態の違いによって生み出せるものが変わるのだろう。そして、それをコントロールできない。フウリンが魔女を変えるのではなく、薬を解毒することを選んだのは、彼の性格所以のものだろう、と私は思った。


「魔女に会ってくるよ」


 警官は、はっきりとそう言った。カップがテーブルに置かれ、硬い音が部屋に響いた。


「彼女は人に会えるような状態ではありませんよ」


 フウリンは緩やかに笑った。肘を立て、僅かな呆れと興味を湛えながら。


「兄さんはそれでいいかもしれないけれど、俺は仕事だからどうにかしないといけない」

「そうですか」


 フウリンは警官の行動をそれ以上咎めるようなことはせず、例の笑みを浮かべ続けていた。自身が全く手を出さなかったことに警官が首を突っ込むことに、妙に客観的なその姿勢には、人間味を感じさせない何かがあった。


「しばらく泊めてもらいたいんだけど。彼女も、さすがにこのまま返すわけにもいかないから」

「もちろんですよ。適当な部屋を使いなさい」


 警官の頼みに、フウリンは快く答えた。そして、私の方を向いた。


「あなたはしばらく村に戻らない方がよいでしょう。いきなり姿が変わり、その上その姿を自力で戻せないとなると、魔女と疑われても仕方がありません。あなたは村に戻らず、ハルを探しなさい。ハルはあなたを待っている」


 フウリンの言葉には説得力があった。魔女とみなされてしまえば、言い逃れをすることはできない。証明することもできるはずがなかった。魔女とみなされてしまえば終わりだった。私はフウリンの言葉に黙って頷いた。

 そして、ハルは私を待っている。突然現れて、私に魔法をかけた魔法使い。


「兄さんもそう思う?」


 私はハルを知らない。二人はハルのことを知っているが、ハルについてよく理解していないようだった。ハルとはどのような人物なのか。二人の言葉から推測した像は、どこか曖昧だった。


「ええ、ですから仕事が片付いたら、彼女を中央に連れて行ってください。ベルクやエンジュ、運が良ければランシャにも会えます。彼らの意見も聞くべきです」


 中央。王都。もちろん、私はそこに足を踏み入れたことはない。王都は私にとって未知のものだった。


「そうだね。気乗りはないけれど、そろそろ中央に行かないといけないのは間違いない」


 しかし、中央に向かうのはずいぶん先のことになる。少なくとも、私は想像していたよりも遥かに長く、この城に滞在することになった。

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