黒と白の狭間
ふわふわとして、けれども寒くて。
俺は何も無いように感じる空間に、いつの間にかいた。
感じると言うのも、目が見えないと言う訳ではない。体が無いのだ。意識しか無く、ただあぁこうだったな〜としか思考出来ない。
いつだったか、小説で主人公が死んだ後、白い空間に行き神様に会ったりする…なんて言うのを読んだ。
何だ、実際は違うじゃないか。
神様に会わないし、白い空間なんてのも無い。そもそも、産まれた後に前世の記憶があるなんて言うのも現実では可笑しいのか。
あぁ、俺はこの後どうなるんだ?
まさかずっとこのままなのか?
暇だ。
どうなるのかと、ずっと考えていても飽きて暇になる。
だからと言って他にやる事はない。
後考える事と言ったら、今までの人生を振り返るくらいだ。
どれ程の時間、ここにいたのかも分からなくなってきた。
と言うか、ここで時間は通用するんだろうか。しない気がするな。
する事もなくなって、こうやってボーッとしていると浮かんでくるのは家族や友人達の顔。
思い出が次々に思い出されては、色んな人の顔が浮かんで消えていく。
こう言うのを走馬灯と言うのだろうか。
そう言えば、母さんには中学の時に反抗期で迷惑とかいっぱい掛けたな。
それなのにいざという時には俺の味方してくれてさ、恥ずかしくてお礼とか言えなかったけど嬉しかった。
普段仕事で家に居ない父さんは、俺の憧れだったな。小さい頃からスポーツ三昧だったらしい父さんは、運動神経が凄くて、サッカーを一緒にやった時なんかめちゃくちゃカッコ良かった。
今思えば中学高校とスポーツやってたのはその影響か。
綾は…物心ついた頃から最後の最後まで優しい子だったな。
俺が高校の時にやった文化祭に来てくれた時は、抱き締めたい程に嬉しかった。結局抱き締めなかったが。
後はアレだな、非常にひじょーーに気に食わないが、将来の旦那さんに綾を幸せにしてもらいたい。泣かせた時には悪霊になって取り憑いてやろう。
友人達はそうだな。随分馬鹿な事を一緒にやった覚えがあるが、もうそろそろ大人しくなってもいいと思うんだ。
俺の葬式で泣くヤツは絶対いないだろう。あいつらなら案外人の死とか乗り越えていけそうだ。
心配する事と言えば、恋愛事情か。そこはまぁ、各自頑張れ。
ヤバイ、なんか泣きそうだ。と言っても、涙は出ないんだがな。
こう思い返してみると結構楽しい人生だった。
生をもう一回授かるなら母さん…はあの歳では無理か。
綾の元でいいから産まれたいな。父親に嫉妬するかもしれないが。
後は心残りで親孝行を出来なかった事か。
一応もう少ししたら、一人暮らしをして仕送りを送るつもりだったんだが、それも出来なくなってしまった。
俺の葬式代とか大変そうだ。安く済ませてくれて全然構わないのに、それすらも伝えられないとは難儀なもんだ。
だから葬式には是非とも俺の貯金を使ってくれ。バイト頑張ったからなぁ、俺。
うん、今の俺って何だかジジイ臭いぞ。状況が状況だし仕方ないんだが、考えてる内容がなぁ。
それにしてもこの状況はいつまで続くのだろうか。もう随分経ったぞ?
全く、寒いわ暇だわで、ある意味苦痛だ。話したくても口がないから話せ、な、いし、。
あ、何か…変、だ。
きゅ…にしこー、が、霧が、かかっ、た、みた、…いに。
な、んな… だ。こ、れ。
「早く、…して」
だ、れ?
ま…さか、綾?
あ、やな、のか?
お、れを…よ、んで、る…?
まって、ろ、あや…い、ま、たす、けに、い…く…。
「早く、楽にして」
突如、女でも男でも老人でも子供でもない声が聞こえてきた。
けれど、何故か俺にはその声の主が綾のようが気がするんだ。
体の無い意識体、それでも俺は綾を本能的に求めた。
ほとんど思考力を失った脳で正確に、精密に、綾の姿をイメージとして思い起こす。そしてそれは体が無いからこそ俺の行動力となって、声の元へ飛んで行った。
暗い、白い、寒い。
前に進むごとに感じる、まるで黒と白が渦を巻いているかのような異次元に放り込まれた感覚。そして何より先程までとは比べようもない程の寒さ。凍えてしまいそうだ。
け、ど、この、さ…きに、あや、が……。
イメージを頼りに俺はひたすらに飛ぶ。
近付いているのか、脳はほぼ停止していた働きをゆっくりと動かし始めた。それにより、より正確に思い起こされるイメージ。
もっと、もっと速く飛ばなくては。
加速しているのかは分からないが、それでも速さを求めずにはいられない。
やがて何かが見えた。それは小さいながらも大きな希望。
光が見えたっ!あそこにいる!
手も足もないこの意識体では手を伸ばして掴み取る事が出来ない。
ならばどうするか?
こうするしかない。
届けぇぇええええええ!!!!
俺は声なき声を上げて、高速で光に飛び込んだ。
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