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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

片手片足の英雄

作者: さくま

この小説は連載用のプロローグに書いたものを無理矢理繋げて短編にしたものです。


その名残があったり、おかしなところがあったりするかもしれませんがご容赦下さい。

そこは戦場だった。魔と人が互いを殺しあうこの世の地獄だった。


そこには一人の少年がいた。右手を失い、残った左手を伸ばしながら必死に何かを叫んでいる。


彼の視線の先には美しい少女がいた。戦場には似つかわしくないとても美しい少女だった。


少女は自らの肉体に魔の王を封じ込めた。されどもその力を完全に封じることは叶わず、あふれ出した力が少女が世界で一番愛している人を傷つけてしまった。


だから彼女は逃げ出した。悲しみの心が内にある魔の王と同調して力を暴走させてしまった。


今の少女は魔の王であると同時に人間にとってはただの害悪だ。それがわかっているからこそ、少女は誰もいない場所でたった一人を待っていた。


少女とて命が惜しい。人間のために進んで死んでやるつもりなんかない。出来ることならこのまま逃げ出してしまいたかった。


それでも、それでもたった一人のために彼女は逃げ出さなかった。たった一人、彼になら殺されてもいい。彼女は本気でそう思っていた。








「会いたかったよ、ソウル。よくここまで来てくれた。心底感謝するよ」


彼女は泣いていた。不適に笑いながら、心で泣いていた。


目の前にいる満身創痍の恋人の姿を見て。こんな姿にしたのは彼女なのに、彼はそれでも彼女に会いに来た。


彼の右腕はもうない。左足だってかろうじて繋がっているだけだ。適切な治療を受けなければ彼は死んでしまうだろう。そのことは医療に詳しくない彼女にもわかった。


それでも、そんな状態になっても彼は彼女に会いに来た。


そのことが嬉しくて彼女は泣いていた。彼と別れなければいけないと言う事実が悲しくて彼女は泣いていた。


「礼にはおよばないよ。俺はカナタにベタボレなんだぜ。カナタが俺に会いたいと言ってくれるなら、俺が会いに行くのは当然じゃないか」


少年もまた泣いていた。不適に笑いながら、心で泣いていた。


彼女と再び会えたことが嬉しくて、別れが近づいていることが悲しくて彼は泣いていた。


「ここまで来るのに何人犠牲にしたんだい?皆無事じゃあ済まなかったはずだよ」


「さあ?そんなのは知らないな。俺達は皆が認めるバカップルだぜ?バカップルっていうのは自分の恋人以外は目に入らないものさ」


そう言って笑いながら、彼は思い出していた。


自分のために犠牲になってくれた友人達。


怪我でボロボロのはずなのに、普通ならとっくに死んでいてもおかしくない傷なのに、それでも笑いながら自分を送り出してくれた。


――デートに友人がついていくのは野暮ってもんさ


半身が動かないのに、笑いながらここまで守ってくれた友人がいた。


――男はデートではかっこうつけなきゃいけないの。だからどんなことがあっても絶対に情けない姿を見せちゃだめよ?


もう動けないはずなのに、それでも無理矢理体を動かして自分の盾になってくれた友人がいた。


だから彼は不適に笑う。


心では泣いていても、絶対に表情に出さない。


だってこれは友人達の言う通りただのデートなのだから。


自分達以外にとっては命がけの戦争だとしても、彼にとってはただのデートに過ぎないのだから。だから彼は絶対に情けない姿を彼女に見せない。


「あはははは。これがデートか。……そうだね、ソウルの言う通りさ。これは彼氏彼女のじゃれあいに過ぎない。少し過激なだけでね。ただこれがデートだというならムードが足りないと思わないかい?以前にも言ったけど、ソウルはもう少し女性の扱い方を学ぶべきだ」


「そいつはすまないな。ただ、俺はカナタ以外をデートに誘うつもりはないからね。君さえ喜んでくれればそれでいいんだ。もしかしてカナタはデートに退屈していたりする?」


「まさか。知っているかもしれないけど私はソウルにベタボレなんだよ。ソウルと二人きりになれた時点で最高の気分だ。私がソウルとのデートで退屈するなんてありえないよ」


彼女はそう言うと照れくさそうに笑った。


そんな彼女を見て、彼もまた照れくさそうに笑った。


誰もいない荒野で彼と彼女は二人きり。二人はお互いを見つめあい、とても幸せそうに笑った。


何も言わず、ただお互いの顔を見つめて笑っていた。


他人が見たらこの光景はデートなどとはとても言えない。


だけど、彼と彼女にとっては間違いなくデートだった。手を繋いで町を歩くのと同じくらい、二人で夜を過ごすのと同じくらい、彼と彼女にとってはとても楽しいデートだった。


「……それじゃあ、そろそろデートを終わりにしようか?」


彼女は名残惜しそうにそう言って、異形と化した右手を彼に向けた。


「おいおい、少し早くないかい?それにこのデートが終わることはありえないよ。だって家にかえるまでがデートなんだからね。カナタと俺が家に帰るまではデートは終わらないんだ」


そう言って笑って、彼は残っている左手で剣を握り彼女に向けた。




右手と剣がぶつかり合う。ガキンと金属がぶつかり合う音が静かな荒野に鳴り響く。


続いて二撃目。彼が突き出した剣は彼女の左手を突き刺し、彼女の右手は彼の左足を完全に太ももから分離させた。


その後も二人はお互いを傷つけあった。彼女が右手を振るえばボロボロの彼の身体が更に傷つき、片足の彼が剣を振るえば彼女の身体から鮮血が飛び散った。


二人とも痛みを感じているはずだ。特に元々重傷だった彼はショック死をしてもおかしくはないほどの苦痛を感じているはずだ。


だけど、それでも二人は笑っていた。


お互いを傷つけあいながらも笑っていた。笑いながら、幸せそうに、愛を語りあうように二人はデートを楽しんでいた。






「ねえソウル、大好きだよ。過去も未来も含めて世界で一番ソウルのことが大好きだ。それこそ、君のためなら世界なんでどうでもいいと思ってしまうぐらい大好きだ」


「そのセリフをそっくり返すね。カナタ、俺は君が大好きだ。好きで好きで仕方が無い。君のためなら世界なんてどうでもいい。君が死ぬほど大好きだ。だから俺は君を殺すよ。俺は君のために、俺のために君を殺す」


彼女は彼に笑いかけた。愛おしそうに、幸せそうに笑いかけた。そして慈愛に満ちた目で語りかけた。


「約束してくれないかい?どんなことがあってソウルは生きるって。どんなに辛い目にあっても、どんなに苦しくても絶対に自分から命を捨てるような真似はしないって」


「ああ、約束しよう。カナタとの約束なら俺は絶対に守らなければいけないな。約束するよ。俺は絶対に生きる。何があろうとも、絶対に命を粗末にするような真似はしない」


「なら安心だ。ソウルが私との約束を破ったことはないからね。……おいおい、まだデートは終わってないんだろう?だったら最後までかっこつけなよ」


彼女は呆れたように、だけど嬉しそうに笑った。


彼女の目には涙を流す彼の顔が映っていた。今にも死んでしまいそうな、とても悲しい目をして彼は涙を流していた。


「ああ、すまない。ダメだなぁ、俺は。最後までカッコつけようと思ったのに、最後の最後に耐え切れなかった。情けない姿を見せてゴメン」


「いいよ。私は君が情けない事なんてとっくに知っていたからね。それにそこが君の好きなところの一つなんだ」


彼は泣いていた。ボロボロと涙を流しながら、顔をぐちゃぐちゃにしながら彼女のことを見ていた。


彼の目には死にかけの彼女の姿が映っていた。


四肢が無くなっていて、胴体には無数の切り傷があった。


血だまりの中にある彼女が死んでいくのが彼にはよくわかった。


「それじゃあ、『また』な。俺は君との約束を守るつもりだからすぐにはカナタのところに行けない。でも俺が死んだら絶対に会いに行くから。それまではお別れだ」


「ああ、『また』な。ソウルと会えて本当に良かった。君の恋人になれて心の底から幸せだった。最後にもう一度だけ言うよ。大好きだ、ソウル。私の人生は最高だった」


涙を流しながら剣を振り上げた彼は、血だまりの中で幸せそうに笑う彼女に向かってその手を下ろした。





この日、長年に渡る人と魔の戦争は人間の勝利という形で終結した。


後に人魔戦争と呼ばれることになるその戦争では多くの犠牲者と共に多くの英雄が誕生した。


人々は戦争の終結を喜ぶと同時に帰還してくる英雄達を諸手を挙げて歓迎した。


そして訪れた平和に歓喜の涙を流した。


ただ彼等は知らない。平和の代償に一人の少女の命が支払われたことを。


彼等は知らない。片手片足の少年が戦争を終結させた真なる英雄だということを。



×××



そこには男がいた。精悍な顔付きの男で、服の上からでも鍛え抜かれた肉体がわかり、誰もを惹きつける圧倒的なカリスマを持つ、そんな男だった。


人々は彼の事を勇者と呼ぶ。人魔戦争で人類を勝利に導いた英雄の中の英雄と。


人々は彼の事を、グレンこそが人類最強最高の英雄だと言う。


だけどそう呼ばれる男は勇者と呼ばれるたびに死にたくなる位の罪悪感と羞恥心に襲われる。


グレンは知っている。自分は英雄などではないという事を。自分などはたまたま生き残った生存者に過ぎないということを誰よりも知っていた。


そもそもあの戦争に英雄などはいなかった。


あの場所は魔と人が互いの生存をかけて殺し合う、獣と獣の殺しあいの場所でしかなかった。


間違いなく英雄という高尚な存在はあの場所にはいなかった。


もし英雄と呼ばれる存在がいるとしたら、それは今自分の横にいる片手片足の弟とその恋人の少女だけだということをグレンは誰よりも知っていた。


「……三ヶ月後に姫様と結婚する事になった。国王様が直々に声をかけて下さってな。これで俺も次期国王だ」


兄の言葉を聞いたソウルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま嬉しそうに笑みをこぼした。


「そっか。おめでとう、兄さん。いや、次期国王様って呼んだ方がいいかな?さすがは勇者様だね」


弟のからかいの言葉にグレンは心底嫌そうに顔をしかめた。


「勇者は止めろ。俺はそんな存在などではない。そんな風に呼ばれる存在はどこにもいない。もしいるとしたらお前こそが……『お前達』こそが勇者だ。俺などは勇者の名を語る偽者に過ぎない」


戦争が終結したあの日、弟とその恋人に何があったのかグレンは詳しく知らない。


右手を失った重傷の弟が、全てを投げ出して恋人の元に向かうのをグレンは黙って見送った。


もう動けないはずなのに、半死半生の体なのにそれでも弟と恋人のために戦った戦友達のように自分は戦う事が出来なかった。


だから右手に加え左足まで失った弟が帰ってきた時、グレンは何も聞かなかった。聞けなかった。


グレンにとっては弟が帰ってきた事と、彼等が戦争を終わらせたという事がわかればそれで十分だった。


「……これからどうするつもりだ?」


「どうするって?生きるよ。俺は生きる。どんなに辛い目にあっても、どんな事をしてでも絶対に生きなければいけない。だってそれがカナタとの約束だからね」


片手片足の弟のとても強い意思を込めたその瞳を見てグレンは心の底から安堵した。


そして改めて思う。やはり自分は英雄などではない。


片手片足を失ってなお、それでも強い意思で未来を語る弟こそが英雄に相応しいと。


「だったら貴族になるつもりはないか?俺は三ヶ月後には次期国王だ。ある程度の権力は持っているし、俺の影響力を考えれば内心はどう思っていようと迂闊に俺の言葉に逆らえない。……その体では肉体労働は難しいだろう?書類仕事が主な領主ならその体でも大丈夫なはずだ。お前は次期国王の弟だからな。あの戦争では貴族にも多くの被害者が出たから、案外すんなりと受け入れられると思うぞ?」


「……ゴメン、兄さん。ありがたい話だけど断らせてもらうよ」


「何故だ?確かにいきなり領地経営は難しいかもしれないが、ソウルは頭が良いからやっていく内に馴れると思うぞ。それにいきなりお前一人にやれと言うわけではない。優秀な補佐官を何人かつけるし、利益が出るまでは補償もするつもりだぞ?」


「そうじゃないんだ。貴族になるって事は後継ぎを作らなければいけないだろう?俺はカナタ以外に恋人を作るつもりはないんだ」


カナタ――彼女の名前が出てしまったらグレンには何の言う事が出来ない。


彼女は死んだのだとか彼女を忘れて新しい恋人を見つけろとか無数の言葉が頭によぎったがそれを口に出すことは決してない。


そんなことを言う資格など自分にはないのだから。絶対に口に出すことは出来ない。


だからグレンは一層顔をしかめてまた提案した。


「だったら城の政務官としてはどうだ?貴族ほど金は貰えないが、それなりの給料は出るはずだぞ。俺が言えば休みもそれなりに取れるだろうし、お前の体を治すことも可能かもしれない」


そんなグレンの誘いにもソウルは笑って断りの返事をした。


「ありがたいけどそれもやっぱりね。俺みたいなのがいきなりお城に勤めるようになったら兄さんのコネだって皆わかるよ。時期国王は身内を贔屓するなんて噂が流れたら兄さんも困るでしょ?それに俺は体を治すつもりはないんだ。失った右手も左足も、全部俺と彼女の思い出だから。義手も義足もつけるつもりはないんだ」


そう言って笑うソウルの顔には先ほどと同じように強い意志が込められていて、グレンには弟の説得が不可能だということがわかってしまった。


貴族になれば手足がなくても楽な暮らしが出来ただろう。城の政務官だって自分がすぐそばにいるから弟に何かあればすぐにフォロー出来るだろう。


グレンは弟にとって楽な道を用意した。あの時に何も出来なかった分この弟には、喝采を浴びることのない真の英雄に報いてやりたいと思っている。


でも弟はそれをよしとしないという。楽な道を選ばず、過去を抱いて生きていくという。


普段はどこか気弱なところがあるこの弟が、一度決めたことにはとても頑固であるということをグレンは良く知っていた。


だったらグレンが兄として弟に出来ることは別の道を指し示すだけだ。楽な道ではないけど、苦しい道でもない、新しい道を。


「だったら教師になってみないか?」


「教師?」


「ああ。実は俺が王族になったら学校を建てるつもりなんだ。お前にはそこの教師になってもらいたい。お前が次代の子供達を導くんだ」


「こんな体で?今の俺は全盛期の十分の一も実力は出せないよ」


「子供達に教えることは戦闘だけではない。学園では魔法や剣術は勿論だが、歴史などの座学も教えるつもりだ。好きな科目を選べ。お前ならどの教科でも大丈夫なはずだぞ。元々お前は戦闘より頭脳労働の方が得意だったからな」


「大丈夫だとは思うけど……でも……」


それでも渋る弟を説得するためにグレンは切り札を出した。


「お前はこの先恋人を作るつもりはないんだろう?だったら学園の生徒達をお前と彼女の子供だと思って育ててみないか?人類を救ったお前が子供を育てるんだ。……俺が言う資格はないかもしれないが、彼女もきっと喜ぶと思うぞ」


ソウルはその顔に笑みを浮かべた。過去に思いをはせる憧憬に満ちた瞳で。今はもういない、自分が殺した彼女が笑って頷く姿が瞼に浮かんだような気がした。


「……ああ、カナタなら確かに喜ぶかもしれないな。教師か……。うん、悪くないかもしれない」


「よし!お前が了承してくれてよかった。学園は遅くても一年後には建てるつもりだからそのつもりで準備をしておいてくれ。既に内定している教師陣にはお前の顔見知りもいるから車椅子のお前を何かとフォローしてくれるだろう」


「内定した教師ってどんな人がいるの?」


「これがリストだ。まだまだ募集をかけるつもりだが、既に内定した人材は超一流の実力者ばかりだぞ。勿論、お前も含めてな」


渡されたリストにはソウルがよく知っている名前が多数あった。いずれも自分達の友達で、共にあの地獄を生き抜いた戦友で、彼女の事を知っている大切な仲間だ。


あの戦争が終わった後すぐに自分の下に来てくれて、彼女のために泣いてくれたとても大切な仲間達。今は英雄と呼ばれる存在も多数このリストの名前にある。


「凄い人達がいるね。このリストにいる人達だけで一国と戦えそう」


「俺が想定する最高の人材を揃えたからな。一国にこれほどの戦力を集めるのは危険だという意見もあるが、その辺りはゴリ押しするつもりだ。名目上とはいえ、勇者である俺が言えば必ず実現するさ。いや、させてみせる」


勇者として扱われることを何よりも嫌うグレンが勇者の名前を出すということにソウルは軽い驚きを覚えた。


そしてグレンがそれだけ学園設立に熱意を向けているということがよくわかった。


「俺が担当する教科は……そうだな、歴史がいいかな。勉強する必要はあるだろうけど、まだ何とかいけると思う」


ソウルのその言葉を聞いてグレンは一瞬だけ辛そうな顔をした。


「……もう剣を握るつもりはないのか?」


「うん。俺は二度と剣を握るつもりはない。もうその必要はなくなったし、意味もなくなったから」


悲しそうに笑うソウルを見て、グレンは胸が締め付けられる思いをした。



グレンはソウルが戦う理由を知っていた。この争いを嫌う弟があの戦争に何故参加することを決めた理由を、そしてもうその理由がなくなってしまったということも知っていた。


「だからあの二振りの剣を彼女の亡骸と一緒に封じたのか?」


「うん。それにあれらは危険過ぎるから。平和な時代にあの二振りは必要ない。いや、あってはいけないと思ったんだ。だから彼女と一緒にお墓に埋めておいた。大丈夫。彼女の墓の場所は俺しか知らないし、今後も誰にも言うつもりはない。だからあの二振りが誰かに奪われるということはありえないから」


最後の決着の後、彼女の亡骸と共に帰ってきたソウルは本来ならソウルが独占するはずの英雄の椅子も人々の喝采も望まなかった。ただ二つ、彼が望んだことは彼女の墓を作ること。そしてその場所を誰にも言わないこと。


だからグレンは彼女の墓の場所を知らない。グレンだけでなく彼女と共にあの地獄で戦った戦友達も、彼女の肉親ですらも彼女の墓の場所を知らない。


ただ一人、ソウルのみが彼女の墓の場所を知っている。それがソウルの望んだ唯一の我侭だったから。


「そうか。お前がそう言うなら大丈夫なのだろうな。……そろそろ俺はいかなければいかん。これでも忙しい身なのでな。また来るから体を休ませておけよ」


「うん。忙しいのに悪かったね。……兄さん、さそってくれてありがとう。それに俺のためにごめんね」


「ふっ。気にするな。これでも俺はお前の兄だからな。兄が弟の為に苦労するのは当たり前のことだ」


満足そうに笑った後グレンは城へと帰っていった。グレンは三ヶ月後には次期国王だ。貴族への挨拶や政務などやるべきことはいくらでもあるのだろう


グレンの言った通り本気で忙しいのだろう。それなのにわざわざ自分のために時間を割いてくれた兄の気遣いを感じて、ソウルは去り行く兄の背中に向かって無言で頭を下げた。


そして顔をあげて今はもういない最愛の人にソウルは報告する。


「カナタ、俺は教師になってみるよ。もしかしたら合わなくて止めるかもしれないけど、生きていくためにやってみる。君が守った未来を俺が育てるんだ。素敵だと思わないかい?」


再び彼女が笑う姿が一瞬瞼に浮かんだ。そして強い風がソウルに吹き付ける。


『それは素敵なことだね。大丈夫。ソウルなら出来るよ。ソウルなら大丈夫』


風の音と共にそんな声も聞こえた気がして、ソウルはその場で大きな声を出して笑ってしまった。


いつまでもいつまでも、彼の笑い声が辺りに響き渡った。


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[一言] 久々にいい小説を読めました。ありがとうございます! エピローグだけなのが残念でなりません。 一からの作品でこれがラストだったなら最高の作品なのではと思います。
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