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後篇 500mLの密室

色々あって投稿遅れました。

解決篇です。

「さぁて。そんじゃまぁ、始めますか」


「「「…………」」」


 何だか分からない内に現場に集められ、怪しいロン毛野郎に突然そう宣言されて、真理・絵里子・砂雪の三名は互いの顔を見合わせた。

 返す言葉が浮かばなかったのだろう、三人の視線は相対する駆色に並ぶ私に注がれた。

 時刻はPM4:15。

 激しかった日差しこそ和らいだものの、纏わり付く湿気は一向に私達を開放せず、夏の満喫方法の模範を示す様に遠く響く蝉の声が、恨めしく思えた。

 駆色は犯人を知っており、私も、彼の言動から見当はついている。

 だが、それでも分からない。

 どうして?

 たった四文字の疑問符が、私の心を凍て付かせ、行動を支配していた。


「あんま見んな、後が面倒になるのは御免だ」


「……分かってる」


 これから、駆色は彼女を追い詰める。

 どこかの推理漫画の様に証拠で堤を築き、アリバイを干上がらせ、醜いトリックを陽の元に曝し、満を持してその名を告げる。

 さながら中世のギロチンの様に恙なく淡々と進行して行く精神的公開処刑に、私は今から立ち会うのだ。

 嫌でも高鳴る拍動を抑え込む為、大きく深呼吸する。


「………なぁ、レンコン」


「……え?何?」


「こぉいう場合何から話し始めりゃいぃんだ?」


「…………は?」


「いや俺こんなん初めてだからよ。何から言ってきゃいぃんだ?取り敢えず犯人言うか?」


「知らないわよそんなの、ってか何も考えてなかった訳?」


「あぁいやぁ何つぅかその……誰かが勝手に始めてくれるもんだと思ってたからよぉ」


「……要するに、何も考えてないと……」


「……はい」


 アンタの見せ場でしょーが!何考えてんのこの馬鹿!

 そうこうしている内に、場の空気がドンドン重たくなってハードルが上がって来た。

 取り敢えず何か言わないと…えーっと、えーっと…


「あのー、それではですねー「七五三砂雪、お前が犯人だな?」……おい、人に振っといて何勝手に始めてんのよアンタ」


「あ、悪ぃ……でもやっぱいぃや。始まっちゃったし」


 そりゃそーだよ、人が折角導入部考えてやってんのにいきなり始めんだもん自分でどーにかしなさいよ!

 そう横目に駆色を睨んでいると、早速砂雪の声が聞こえて来た。

 震えながらも気丈な口調に、胸が痛む。


「え?何ですかいきなり?誰なんですか貴方」


「どぉでもいぃだろんな事ぁよぉ。船串篤之を殺したのはお前だなって訊いてんだ。イエスかノーで答えろ」


「はあ?何言ってるんですか、犯人はそこの堀越さんなんでしょう?私に何の関係が」


「人の話聞いてねぇのかテメェは、イエスかノーで答えろっつってんだ」


「何なんですかそれ…横暴で高圧的で…まるで「いぃからサッサと答えろよ」…っ!ノーに決まってるじゃないですか!いい加減にして下さい!大体さっきから何なんですか!私は友達を殺されてるんですよ?なのに何で私が」


「500mL」


 加速度的に激しさを増す口論に気圧されて、誰もが口を挟めないでいた。

 ボルテージの上がり切った砂雪は上気した顔に怒りを刻み、呪う様に駆色を睨めつける。

 初めて見る剥き出しの憎悪に、私の呼吸は詰まった。

 恐らく、それは駆色も同じだったのだろう。砂雪の言葉を遮ると同時に言葉を切った彼は、ゆっくりと息を吐き切り、背後に佇む古川刑事に「あれくれ」と手を差し出す。

 そして指紋付着防止のビニールが被されたそれを手に、正面から砂雪の視線を受け止める。


「飲料そのものからは毒素は検出されていない。

 が、どぉ見たって船串篤之は毒殺された。

 さて、じゃあどぉやって船串に毒を盛ったか?

 そこでコイツだ。

 お前はこのペットボトルの、たった500mLしかない密室を利用し、船串篤之に毒を盛った」


 誰もが駆色の言葉に傾注し、彼の掲げる袋詰めされたスポーツ飲料に注目する。

 船串篤之が最後に口にした飲み物は大半を残したまま地面に落ち、殆どが吐き出され、今となっては微かな量が残るだけだ。

 チャプチャプと左右にペットボトルを振って、駆色は袋の上部を派手に裂いた。


「ある程度の保存を求められるペットボトル飲料にとって防腐は重要だ。

 しかし安全に五月蠅い日本では防腐剤をバカスカ入れる訳にもいかねぇ。

 そこで飲料会社の連中が考えた対策が、製品を詰めたペットボトルの残りの空間を真空状態にする事だ。

 キャップを開けた時にするプシュって音の正体がこれだな。

 特にこぉゆぅ糖分タップリの飲み物の場合はこいつをやんなきゃ即行で腐り出す。

 ただな、この真空対策だけじゃ不十分なんだ。

 もう一ヶ所、防腐対策をしなきゃなんねぇ場所がある。


 飲み口だ。

 

 取り分けキャップをはめ込む溝には製品を詰める際に飲み物が流れ込む事があるらしい。

 聞くだけで厄介そぉな感じがするよなぁ、何せキャップで塞がれる訳だから意識が向かねぇ。

 さて、そんじゃどぉすっか。

 涙ぐましぃ企業努力の末、業界が見出した対策方がこの――」

 

ふと、どこからかアコースティックギターの音色が流れて来て、駆色の口が止まった。

 フォークロックの大御所ボブ・ディランのThe Times They Are A-Changin’。

 ロック程垢抜けず、それでいてフォーク程芋臭くもないディランの曲は、ベッドタウンたる埼玉を彩るにふさわしい音楽に思えた。

 傍らでポケットを探る者がいる。


「悪ぃな、こいつも必要な演出だからよぉ、ちょい待っててくれや」


 メジャーアーティストのマイナーソング(まあベスト盤には収録されていたけど)を垂れ流す正体は駆色の取り出したスマートフォンだった。

 律儀にと言うか、若干呆れ気味に全員で見ていると、意外に早く待機時間は終わりを告げた。


「おぉ、そぉか、ゴミ回収には間に合ったか…OK、ちょっとそのまま待ってろよ…さて、話が追い付いてねぇから若干巻きで行くぞ。

 えぇっと……レンコン、俺どこまで話したっけ?」


「え?何でまた私……えーっと……あー駄目だキャップがどうこうって位しか覚えてないよ」


「じゃまぁいぃや、溝の話はしたな?

 そこを洗浄するのに考案されたのが、キャップのこの部分だ。

 見えっか?

 キャップの上に僅かに開けられたスリットが」


 言いながら、駆色は袋越しにペットボトルのキャップを指示する。

 よく見なければ分からない程微小ではあったが、確かにソレはあった。

 円柱上部に等間隔で刻まれた短い傷。

 それが何の為にあるのかは、最早言われずとも分かった。


「このスリットから注がれた水は溝に沿ってボトル内には入らずに飲み口の下に抜けて行く。

 その道程で残存する製品を洗い流す訳だ」


 そうして洗浄を終えた後、スリットは温風の通り道となる。


「言ぃてぇ事ぁ分かったな?

 お前はこの空間に毒物を仕込んだ。

 こりゃ想像以上に合理的な殺り方だと思ぅぜ。

 何せ残った殆どのドリンクが転がりながら飲み口を洗浄してくれるんだからな」


 恐ろしいあの景色が蘇る。

 強張った顔のまま血を吐いて倒れて行く褐色の男。

 それはまるで足元で転がるペットボトルから吐き出されるものに似て、堪らない程私の胸を締め付ける。

 酸味が逆流してくる気がして、私は思わず手で口を覆う。

 だが弱音を吐いている場合でもなかった。

 目の前では、否定の言葉を重ねる為に七五三砂雪が獣の様に牙を剥いている。


「貴方の言いたい事は分かりました。でもそれが私とどう関係してるって言うんですか? 貴方の言う事は全て推論の域を出ていないし、その事実で私を犯人と断定するのは浅薄です。物的証拠でもあるんならともかく………」


 だが、賢しい人間は獣から牙を奪う。

 砂雪を黙らせた駆色の手が、ゆっくりとスマートフォンをスピーカーモードにする。


「待たせたな眼鏡、出番だ。お前がコンビニのゴミ箱で見付けた物、報告してくれ」


 その瞬間、砂雪の表情に明らかな動揺が走った。

 一瞬の瞠目と共に、微動に引き攣る口元。

 美しい顔に垣間見えた醜いそれが、私にはとてつもなく悍ましいものに思えた。

 しかしながら、そんな僅かばかりの狂気も、電話の向こうには伝わらない。


「小せえ注射器だ。0.015mmって書いてある。これが多分針の太さだと思う。あとこれは…英語……じゃないな、何て読むんだ?」


 徐々に覇気の抜けて行く砂雪を見詰めながら、駆色が答える。

 彼の口元には、サディスティックにすら思える意地の悪い笑みが浮かんでいた。

 そして私は――


「あぁそれな、ローマ字みてぇに読んでみ?こぉ読める筈だ」


 振り下ろされる、刃を見た。


「「クラロ・デ・ルナ」」


 誰もが絶句し、誰もが彼女を見た。

 クラロ・デ・ルナ製薬広報部、七五三砂雪。

 職業欄には、確かにそう書かれていた。


「ご苦労ぉ、別動隊の連中が鑑識連れてそっち到着すんだろぉから待っててやれ…じゃな」


 駆色がそう締め括って、ようやく私達の意識に夏の景色が戻って来た。

 べとつく暑さ、耳障りな蝉の声、沸き立つ陽炎、焦げたアスファルトの匂い。

 異邦の地に降り立った様な解放感が、私を不安にさせる。

 指針が欲しい。

 明確な行動指針が。

 知り合いが殺されて、殺した者も知り合いで……。

 そんな複雑な状況の中で、

 私は一体、何を言えばいい?

 私は一体、どうすればいい?

 助けて欲しい。

 導いて欲しい。

 無力な私を叱咤する言葉を掛けて欲しい。

 そう思っていたからだろう――


「よぉし、これで俺のやる事終ぅ了ぉ。古川ぁ、後よろしくなぁ。……さぁてレンコン」


 ジャンヌ・ダルクやナイチンゲールが聴いたという、天啓を聞いた気がした。


「俺ぁガキ共が来ねぇ内に退散しようと思ってんだけど、お前荷台乗ってくか?」


 あー訂正。

 お馬鹿のトンズラ宣言を耳にし、半ば呆れた。


「ちょっと何ソレ、小学生相手に逃げる気満々な訳?」


「お前アイツ等がどんだけ性質悪いか知らねぇからんな事言えんだ。冗談抜きで面倒臭ぇんだぞアイツ等」


 私が答えるより前に、駆色は出口に歩き出す。

 徐々に加速して行く後ろ姿に、思わず追い縋った。


「だ…だからって逃げる事ないじゃない」


「うるせぇなぁ、乗んのか乗んねぇのか、どっちだ?」


「…にしてよ」


「あぁ?」「え?」


 這い寄って来た唸り声に、私と駆色の脚は縫い止められた。

 誰の声かは分かっていた。

 それなのに、傍らの探偵は態々訊いて来る。


「お前、今何か言ったか?」


「言ってないわよ……分かってるでしょ」


 振り返り様に目が合って、私の張り詰めた心にほんの少しだけたわみが出来る。

 認めたくはないが、この時どこかで確信した。

 この探偵は、私の望むものを持っている。


「いい加減にしてよ!!!!!!!!」


 七五三砂雪の力任せの罵声が鋭い眼光と共に私達を薙ぐ。

 でも、もう私の心は揺らがなかった。

 さっきよりは。


「あんたの理屈は確かに筋が通ってるわよ!!!!

 私を犯人に仕立て上げたいんでしょ!!!!

 どうせそこの堀越って子に誑かされたんだろうけど。

 でも肝心なものが抜けてるのよマヌケ!!!!」


 強い怨嗟で戦慄く顔は、まるで般若や女神ヘラのそれに見えて、私と駆色以外全ての人間がその形相に気圧されていた。


「私には篤之を殺す動機が無いのよ!!!!

 明確な殺意を懐く動機がね!!!!

 探偵ならその辺の事情もきちんと立証してみなさいよ!!!!

 それが出来ないならあんたは三流よ!!!!」


 容疑を掛けられている者とは思えない強気の姿勢は、抵抗と言うよりは詰問に近かった。

 両脇を固める警官を半ば引き擦りつつ、悪鬼の形相で詰め寄って来る砂雪を、しかし眉一つ動かさず見詰めていた駆色が――


「………あぁ、成程な。糞みてぇな考え方孕んでる、正にオメデタな頭って訳だ……」


 止めを刺す。


「お前の事情なんざ察してやる価値もねぇ。

 何でだか分かんだろ?

 船串って野郎にもきっと事情はあったんだろぉよ。

 思いも。

 夢もな。

 大層立派って程じゃねぇにしてもよ。

 それを――

 それをテメェは勝手に潰したんだろぉが!!!!!!!!

 しかもその責任をこの女に擦り付けようとした!!!!!!!!

 んな真似するヤツの事情なんざ知りたくもねぇ!!!!!!!!

 聴きたくもねぇ!!!!!!!!

 物証は出てんだ!!!!逃げられると思うなよ!!!!!!!!

 それだけで!!!!テメェを逮捕する条件には十分なんだ!!!!!!!!

 今!!!!テメェの動機なんざ塵芥より価値がねぇよ!!!!!!!!」


 砂雪の迫力を押し潰す様に放たれた駆色の咆哮に、私は驚いていた。

 駆色の言っている事は、事務所で私自身が駆色に言った事と同義だったからだ。

 そーだったのか。

 駆色も私と同じ思いだったんだ。

 私が警察に協力しようとした様に。

 駆色は、自力で砂雪を追い詰める事で船串篤之への誠意を示そうとしたんだ。


「行くぞレンコン」


 崩れ落ちる砂雪にはもう一瞥もくれずに、駆色が歩き出す。

 でも、私にも一つだけ砂雪に言っておきたい事があった。

 それは多分、駆色が言い当てようともしなかった動機に近いもので、同時に、スケープゴートたる私の仕返しでもあった。


「砂雪さん。私、船串君が亡くなる直前に聞きました。

 彼、誰かと結婚を前提に付き合っていたそうです。

 だから、出来ればいい企業に内定貰って早く結婚してあげたいって、言ってました。

 ……これは私の勝手な想像ですけど」


 チラリと私は真理を見た。

 目が合った腐れ縁は、今にも泣き出しそうな顔で見返してくる。

 本音を言えば、こんな意趣返し、私だってしたくない。

 でも、せめてこの解れだけは解消しておきたくて、私は積極的に友達を裏切った。


「船串君は絶対に交際相手を裏切ろうとはしなかったと思います。

 どんな誘惑があっても、

 どんな状況に陥っても、

 絶対に。

 ……それだけです」


 予想通り、憔悴し切った砂雪は反応を返さなかった。

 視線を真理に戻すと、彼女は弱々しく手を胸元に当てて俯いている。

 これでもう、私がここにいる理由は完全になくなった。


「オメェも中々いぃ性格してんなぁ」


 頼んだ覚えもないのに私を待っていた探偵が、ニヤニヤと意地の悪い笑顔でそう言った。

 だから私は精々澄まし顔で言い返す。


「アンタにだけは言われたくなーい」


 西の空に鮮血の様な空が広がり、蝉が主旋律の引き継ぎを始める。

 クソ暑い夏の日の叙情詩が、悲しみの鎮魂歌へと変わって行く。 


 了

御精読有難うございました。

これにてノッキング・オン・スロープドア、第一部の終了で御座います。


あー終わったorz

投稿遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

仕事やらGWやらワラワラありまして、こんなに時間が掛かってしまいました。


しかし何と言うか……推理小説ってやっぱり難しいですね。

本当に気力を使います。

あー疲れた。

もう当分推理小説は書きたくないな。

そうだ、次はあれにしよう。


なあ?ストリートキングダム


P.S.

若干足りてない台詞あったんで追加しました。


16.May.2013


誤字までありやがったのでさらに改稿致しました。

誠意の足りぬ投稿にお気を悪くされた方、大変申し訳ありません。


17.May.2013

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