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亀甲天神  作者: 翠條サツキ
9/12

余計不安なんだけど(2月後半)





 稽古を終えて建物の外に出ると、まだ空は明るさを残していた。月初めの立春の頃はこの時間にはすっかり日が落ちていたが、祈年祭を過ぎてから少しずつ、でも確実に日は延びていた。

 コートのポケットから手袋を取り出し、両手にはめながら御殿の裏に回る。檜皮茅葺屋根に黒塗権現造りが立派な神殿の正面とは違い、小さな摂社や末社が並んだここは、観光シーズンでもあまり人がいない。来ても通り過ぎるだけなので、のんびりするには絶好の場所だった。

 本殿の真裏まで歩くと、御殿を囲む小さな柵に腰掛ける。両膝に頬杖をつく姿勢で目の前の風に揺れる木々を眺めているうちに自然にため息がもれた。



「ちっこいのが溜め息なんて、ついてんじゃないぞ」



 腰掛けている柵と御殿の間は立ち入り禁止の空間。

 だから背後から声がかかるなんて本来あり得ないのだが、あり得ないことがあり得るのが振り仰いだ先にいた青年だった。

 出会った当初は予期せぬ登場に毎回驚いていたが、いつからかそれを当たり前と思うようになっていた。相手は人ではないのだから、違って当然だと。



「命様、こんばんは」

「はい、こんばんは。……何だか元気がないな。どうした?」



 ひょいと柵を跨ぎ、自分の正面に移動した青年は腰に両手を当てながら上半身を倒して目線を合わせて来る。自分を見つめるぬくもりの溢れた目に、口から悩みが零れ落ちた。



「覚えられなくて」

「……田舞か」



 青年の言葉に力なく頷く。

 四月の大祭、御田植祭で舞う舞の練習をしているのだが、これが全然進まない。教えてくれている巫女のお姉さんは「簡単だから」と言うけれど、今まで踊りといったら夏祭りの盆踊りか運動会のマイム・マイムぐらいしか経験がない。それなのに衆人の注目の中で踊れというのだから、考えるよりも先に身体が強張ってしまう。



「今からこんなに緊張してどうする、と自分でも思うんだけど」



 どんどん覚えていく他の子達との差に、さらに手足の動きが鈍くなる。そのため今日も解散後、ひとり居残り練習をしていた。



「教えてやろうか?」



 話しながら腕だけ習った部分をおさらいをしてみせる自分を静かに見つめていた青年だったが、滑らかとはとても言えないぎくしゃくとした動きな上に途中で何度も止まる姿に見るに見兼ねたのか、救いの手を差し伸べて来た。



「……余計不安なんだけど」

「お前、俺が舞を覚えていないとでも思っているのか」



 思わず口から出た言葉に、青年の表情が引きつる。

 先ほどよりも若干低くなった声に勘違いされたことに気付き、慌てて立ち上がり両手を振って否定する。



「そうじゃなくてっ。お姉さんと命様のは違うような気がするから」

「だから覚えてるっての。何度、見てると思ってるんだよ」

「だから、そうじゃなくて。命様が覚えていないなんて誰も思ってないよ。ただ流れとか空気とか、そういう目に見えないところが別物だと思うから」



 同じ舞を教えてもらうのでも、巫女のお姉さんと青年では絶対に表現されるものが違う。仮に舞を覚えたとしても、他の子とズレが生じそうなのが心配だった。



「あー、そういう心配ね」

「そう!」



 頷く自分を見下ろす青年は頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 さすがにこればかりは、青年にもどうしようもないだろう。



「まだ時間があるから頑張ってみるよ。ありがとうね、命様」

「あまり緊張する必要はないぞ。見てるのは俺なんだから」



 頭をポンポンとたたいてくる手は、両親と変わりなく暖かい。

 励ましの言葉をくれる相手に捧げる舞だからこそ、失敗したくないと思っているのを青年はきっと知らない。





旧サイト 2006.2.5UP分を加筆修正


『セリフ100』様の「ショートバージョン2」のひとつ


巫女が小学校高学年の頃。


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