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亀甲天神  作者: 翠條サツキ
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生殺しだね(2月10日)





 旅行帰りに土産を置きに立ち寄った巫女は、社務所で用事を済ませると御殿には顔を出さず拝殿前で手を合わせると足早に境内を後にした。そのため巫女の来訪を聞き付け、表に出てきた者達の大半はコートに身を包んだ後ろ姿を見送るぐらいしか出来なかった。

 いつもならそこには目的を果たせなかった事にため息をつく彼らの姿があるのだが、今日は巫女が残していったとある痕跡に気付くや否や、様々な挙動不振な態度を取り始めた。





「……罪作りな方ですよね」

「と言うか、皆浮かれ過ぎ」





 呆れたように呟く従者の視線の先には、とても有能従者とは言えない男達の姿があった。

 巫女に会えず空振りに終わった彼等は一様にがっくりと肩を落としたが、すぐに頭を切り替えて途中で放り出してきた仕事に戻ろうと踵を返した。その瞬間までは誰もが真面目な表情を浮かべていたのだが、数歩進んだ頃にはそれは跡形もなく消滅していた。

 口元を手で隠しているが、丸見えの目元がだらしなく緩んだ者。

 そわそわと落ち着きをなくし、隣りの者とぶつかる者。

 小脇で小さくガッツポーズを取る者。

 一見普通に見えても、明らかに纏う雰囲気がふわっふわっした者。

 彼らを見て「有能」と評する者は絶対にいない、そう断言できる浮かれた空気が拝殿に漂っていた。

 ちなみに巫女に関することに限り、仕事に支障が出ない程度なら最優先にしても構わない許可が下りている。最高責任者、英語で言うところのCEOーーー我らが主、命様だーーーがそうなので誰もこの決まりに文句が言えない。言う者などいないが。

 といっても全員が仕事を放棄するわけにはいかないので原則早い者順。真剣に仕事に取り組みつつ、他のことーーーもちろん巫女であるーーーにも常に気を配る。巫女訪問と空き時間が重ならない限り競争必須なので、ある意味では修行になっていないこともない。





「匂いだけで、こうなるとはね」

「多分、材料を購入しただけだと思うんだけど」





 間違えることなど不可能な巫女の気配と共に残されていったもの。それはこの時期、神宮の男共の関心を一心に集めているイベントに深く関わるものだった。





「これは皆、当日まで生殺しね」





 数年前から家族以外に上げているフシが見られる巫女に、2月に入ると普段は押し隠している感情が洩れ出してピリピリしてくる彼等だったが、形のない置き土産から推測される購入量はひとつやふたつ作る量ではないことが明らかだった。

 そうなると淡い期待を胸に抱いてしまうのが世の常。数日先に思いを馳せ始めた彼等の足取りは、ともすればスキップを踏み出しかねない気配さえ漂う。





「明日の紀元祭、大丈夫よね?」

「特殊な行事じゃないから心配ないと思うんだけど……」





  初代天皇の神武天皇が橿原の畝傍山にて即位したのを祝う祭は、巫女によって「バレンタイン」というイベントが持ち込まれて以来、例年こんな雰囲気の中で行われる。それに慣れてしまった従者達は、心ここにあらずな男達で御殿が溢れかえっていても誰も深刻に捕らえようとしない。





「あとは巫女次第ってわけね」

「そういうことになるわね」





 紀元祭と祈年祭のちょうど真ん中にある大イベント。

 バレンタインまで、残り4日だった。





旧サイト 2006.2.10UP分を加筆修正


『セリフ100』様の「ショートバージョン2」のひとつ


女性陣に友チョコしか贈らなかったら、どうなるんでしょうね?


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