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亀甲天神  作者: 翠條サツキ
5/12

福は内(2月3日)





 今年最初の月が終わり「立春」の名に相応しい暖かな日差しが期待出来そうな日を翌日に控えた2月3日。

 拝殿に訪れた巫女は、この時期恒例の質問を俺に投げかけた。



「命様、今年は何がいい?」

「お前、ペットボトル持ったままで」



 恐らく休憩時間に抜け出してきたのだろう。巫女の片手にはお茶のペットボトルが握られていた。



「平気平気。この場所、外から見えないから」

「……節分祭はいいのか」



 平然としている巫女だったが、瞬時に声の遮断とともに万が一のためにペットボトルに目くらましをかけた結界を張る。巫女に言えば「そこまでする?」と呆れられそうだが、個人的に巫女姿にペットボトルは外見的にいいものではないと思う。

 そんな俺の気遣い等などお構いなしに巫女はお茶をぐびりと飲む。



「準備は終わったよ。『鳴弦の儀』も『神人の追儺舞』も私の仕事じゃないし。鬼に豆をぶつけるのは福娘さんで、いらっしゃって下さる見物人にまくのは年男さんの人達やお相撲さん。関係者だから福銭や福品も拾えないから、大人しくしてるだけ」

「楽でいいじゃないか」



 後半に若干僻みが含まれていたが、節分祭をすませたら、すぐに春日へ行かなければいけない多忙の身としては羨ましい限りである。



「今年の福品の中身はなんだ?」

「秘密。でも今だけ巫女を止めたい、と思っちゃうぐらいには魅力的なものがあるよ」

「……それは困るな」



 冗談に過ぎないと分かっていても、巫女の言葉に本殿に控えている連中の気がざわりと揺らぐのが分かった。



「あーあ、福娘だったら鬼めがけて思いっきり豆をぶつけてやるのに」



 その場に腰を下ろしながら呟いた巫女は、空いている右腕で何かを投げる振りをする。



「おい」

「冗談だって。そんなことしませんって」



 笑って答えるが「ここでは」と声にしない言葉が後ろについている気がした。でも突っ込むような愚かな真似はしない。それは甲羅に引っ込んだスッポンの穴に指をつっこむのと同じことだ。危険と分かっていることに自ら進んで歩み寄る必要はない。



「ねえ、命様。宝くじ……はまだるっこしいや。ナンバーズとかやらない?」

「やらない」



 俺の即答に巫女の頬がふくれる。そんな顔をしても頬を突っつきたくなるだけだ。



「どうして。命様なら当選確実じゃない」

「真面目にやれば必ず当たるが、そうじゃないなら俺だってハズレる場合もある」

「ハズレるって命様が? どんな場合で?」



 そんなことあり得ないでしょう、と言わんばかりの視線で見上げて来る巫女に苦笑が洩れる。

「ここは八百万の神々が住まう地だ」

「うん、そうだね。で?」

 問いかけながら首を傾げる巫女は本当に想像がつかないようだ。巫女という立場にありながら、なぜ分からないのかそれが分からない。しかし「自分よりも上がいるから」なんて理由は事実でも、あまり言いたいことではない。察してくれ、である。だから沈黙をもって返事とした。



「……ま、いいや」

 黙ったままの俺の考えを汲み取ったのか、そこまで興味がなかったのかーーー悲しいが恐らく後者だろうーーー巫女の素朴(?)な疑問は無回答で終わった。





* *





「で、中身。何にするの?」



 話がふりだしに戻った。



「毎年思うんだが上げる相手に聞くってのは、どうかと思うぞ」

「だって上げるのなら相手が欲しがってるモノを上げたいじゃない」

「欲しいものねぇ」



 この巫女の態度を「手間を省いているようにしか思えない」と以前、何かの拍子にこぼしたら、そこにいた女全員に凄い勢いで怒られた。しかもそれが返田の夜須姫にまで伝わっていて、遊びに行った先でチクチクやられた。あれはかなり参った。



「恵方向いて巻き寿司食いながら考えれば妙案が浮かぶんじゃないのか」

「食べるのに夢中で無理」

「あっそ」



 無言で丸ごと食べなければいけない、という決まりが邪魔するようだ。



「中身ね。最初は確か豆だったな」

「節分で余ってたんだもん」

「次がピーナッツ」

「だって好きでしょ?」



 まるで連想ゲームみたいな巫女の思考にため息がこぼれる。

 柿ピーは酒のつまみには持ってこいだが、チョコレートに包まれた状態で食べたいと思った事はない。メロン好きでもチョコに塗れたモノを食べたくはないだろう。いや今はチョコフォンデュなんてものがあるから、ありなのかもしれない。現にバナナチョコは屋台では定番だし……ありなのか? 分からん。



「落花生」

「名産品なんだから一度はやっておかないと」

「苺」

「結構美味しかったよね」

「……もう小学生じゃないんだからチョコでコーティングするだけっては止めないか」

「沢山作るには、これが一番いいんだもん」

「だから沢山はいらないんだって言ってるだろう。俺だけにくれれ……」

「それはダメっ」



 言い終わらないうちに否定される。



「どうしてだよ。お前、自分がいくつ作ってるか分かってるのか?」

「お世話になった人に上げるモノなんだから数は関係ないの」

「それは御歳暮とか御中元」

「うるさいっ。神様のくせに細かいこと、ぐだぐだ言わないの」



 勢い良く立ち上がった巫女が胸に指を突き付けてくる。斜め下からのきつい眼差しに続けるはずだった言葉を飲み込む。



「……リクエスト、ないのね? じゃあ、また勝手に作るからね」

「え、おい」

「バイバイ、命様」



 用は済んだとばかりに、くるりと背を向けて拝殿から出ていく巫女を止める術など俺にあるわけもなかった。

 板間を歩く軽い足音に続き、扉の締まる音が聞こえ、拝殿に静寂が戻る。



「欲しがってるモノを上げたいって言ったのは、どこの誰だよ」



 受け取って欲しい相手に呟きは届かない。





* *





 そして、また奇妙なバンレンタインデーが訪れる。






旧サイト 2004.2.3UP分を加筆修正


モデルの神宮では2月3日に「節分祭」が行われ、豆の他に地元商店街などの景品の引換券がまかれるそうです。

行ってみたい……。


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