それ禁句(1月10日)
年末年始の慌ただしさが少し収まったと思ったら、続けて成人の日を含めた連休が到来。
時期をずらした参拝客で再び大混雑となった神宮だったが、日が傾き出すと寒の入りをした後ということもあって次第に人影はまばらとなり、授与所を閉める頃には境内は普段の静けさを取り戻していた。
「やっと終わったぁ〜」
拝殿に敷かれたホットカーペットの上に突っ伏すように寝転んだ巫女の乱れた裾を、同性の従者が即座に整える。いつもなら続けて「はしたないですよ」と注意するところだ。
しかし祈祷だけでなく、お札やお守りを買い求める客の相手でバイトも含めてフル回転だった授与所の応援も巫女はこなしていた。昨年末から積み重なった疲れはピークに達している。言ったところで反応する元気も残っていなければ、聞く耳すらどこかに行ってしまっているに違いない。
そんな相手に与えるべき言葉が諭すことではないことぐらい従者も分かっていた。
「本当にお疲れさまでした」
「ありがとう〜」
暖かいカーペットに横たえた身体をごろんと転がし、労いの言葉をかけてくれた相手に向き直った巫女の口元がほころぶ。
「でも来週には月次祭と献詠祭披講式が控えてるんだよね」
「……その後には星鎮祭と新年射会がありますね」
笑顔から一転、視線を力なく下げて呟いた巫女に、従者も彼方を見やりながら続ける。
「献詠祭披講式」では神へ昔から伝わる独特の節で歌いながら短歌を献上し、「星鎮祭」では神代の昔、世の中を乱す星の神「天香香背男」を祭神が弓で射落とし星塚に鎮めたとの神話から、御殿での神事に続き弓道場で射礼などを行う。
神宮で行われる数々の祭典の中では中祭以下のものだったが、どちらも一般客の参拝が可能なため巫女にとっては気苦労の多い行事のひとつであった。
「めんどくせーよなぁ」
「!? 命様、それは禁句ですっ」
背中をびくりと震わせ、口元に人差し指を当てながら振り返った従者の若干青ざめた表情に、命様と呼ばれた青年は遅まきながら自分の失言を悟った。
慌てて自分の口を両手で押さえるが、もちろんそのぐらいでこぼれ落ちた言葉がなかったことにはならない。
その姿勢のまま数秒固まった後、従者の影になった巫女にそろりと目をやるが聞こえていなかったのか寝転がったまま変わった様子はない。それに青年はほっと肩をなで下ろす。
この時期、自分達も人の気に当てられて疲れるが、実際に相手をしている巫女達の疲労度も半端ではない。そんな時にいつもの調子で愚痴をこぼしてはいけない。
ーーー危なかった
ーーー地雷原にスキップで飛び込むご趣味でもあるのですか?
ーーー地雷原は分かるけど、スキップって
ーーー考えなしという点では同じレベルに思えますが
ーーー不発だったようだがな。さすが俺
ーーー……それはどうでしょうね
「……命様が張り切るから」
ぱくぱくと無音声会話をする2人の間に、暗雲立ちこめるという雰囲気を伴った巫女の低い声が割り込んだ。
「え、俺のせいか?」
ほらねと言わんばかりにふっと口元をゆがめた従者にキツい視線をくれてから、青年が巫女に返す。
「だって、うちしかしてない」
恨めしそうな目を向けて来る巫女に、青年は明後日の方を向きながら頬をかいた。
周囲に推されて、やむなく蘆原中津国平定に天降りしたのであって、その際に星神を鎮めたのは成り行きだ。自ら望んで行ったわけでもないことを責められても正直困る。
しかしその結果が星鎮祭であり、うちだけでしか行っていないとなれば、巫女も理不尽な八つ当たりのひとつもしたくなるというもので。
「……奴に押し付けときゃ良かった」
共に天降りした相手の鎮座する神宮がある北東を見やりながら呟くが、今さら遅い。
過ぎたことを考えるより、カーペットの電源を落としに来たはずなのにゴロゴロ転がる巫女の気力を回復させ、立ち上がることに尽力を注ぐ方が青年にとっても従者にとっても遥かに大事だった。
旧サイト 2006.1.10UP分を加筆修正
『セリフ100』様の「ショートバージョン2」のひとつ
拝殿にホットカーペットが敷いてあるのは本当です。
実体験。




