あるがままに
「さっきはずいぶんと勇ましかったな」
境内の清掃を終え、社務所に戻ろうとしていた巫女に神殿の前で声をかける。
「見てたの?」
足下の玉砂利を盛大に弾き飛ばして振り返った巫女を、拝殿への階段に腰掛けた状態で見下ろす。
「見えないわけないだろ、俺に」
黒塗りの階段に投げ出していた足を折り曲げ、頬杖をつきながらキツい眼差しを向けて来る巫女に苦笑する。
境内の状況は意識せずとも自然と入って来る。本殿の脇にある自分の親神を祀った摂社、 匝瑳神社の前で獲物をくわえた猫に向かって、巫女がその手に持つ箒で威嚇している姿も、当然しっかりと見えていた。
「……じゃあ、命様は知ってて何もしなかったんだ。見殺しにするの?」
ゆるりとこちらを見上げてくる巫女の箒を握る指に力がこもるのが見えた。
「あるがままにしているだけだ」
弱いものは強いものの糧になる。
花々は咲いては、やがて散る。
夜が明ければ朝になるのと同じように、命の循環は自然の流れに沿っている。そこへ無闇に手を出すことは出来ない。
「じゃあ、私が手を出したのは命様的にはいけないことだったんだ」
「俺的には、な。俺は見ているだけでも、お前は関わる。それもある意味、自然の流れだ」
そもそも人の介入など自然の流れに大して影響を与えない。だが同じことでも自分が関わると小事が大事になる。神が介入するレベルへと。
自分には物事を強引に歪めて、望み通りに変貌させるだけの力がある。だから見ていることしか出来ない場合が多い。長い年月をかければ再生するだけの強かな力を持っているのを知っていても、見ているだけと言うのは歯がゆいものだ。
「そもそも放っておけと言っても出来ないだろう、お前には」
「そんなことは。仕方ないんだと思えば……」
視線をそらし、もごもごと口籠りながら答える巫女の姿に自然と頬が緩む。
自分のように見ているだけではなく、行動に移すことが出来る巫女の姿は自分の目にはとてもまぶしく映る。
「お前の好きなようにすればいい」
自分から見れば目に映るもの全てが脆く儚い存在だ。それなのに彼らは足掻き迷い、自分には出来ないことを成し遂げては、咲いて散って行く。
そんな絶え間なく変化する姿を見守ること。それが自分が今まで続け、そしてこれからも続けて行くことだった。
旧サイト 2006.1.16UP分を加筆修正
『セリフ100』様の「ショートバージョン2」のひとつ
サイトアップ時のタイトルは「見殺しにするんですか?」