綺羅星(11月中旬)
「命様」
「んー?」
拝殿前の賽銭箱に腰掛けながら生返事をする主の見つめる先には、大勢の大人達に囲まれながら跳ねるように歩く小さな背中がひとつ。肩下まで伸ばした髪を結ぶ赤いレースのリボンが動きに合わせて、ふわりふわりと踊っている。
「どうなさいますか」
「どうしたもんかね」
朱塗りの鮮やかな楼門を潜り、その姿が見えなくなると目の前の背中が小さく揺れた。
主の纏う雰囲気から緊張感が消え、それに呼応するように周囲に普段の音が戻って来る。
「とりあえず宮司殿にご報告しておいた方がよろしいかと思いますが」
「不要だろう。もう気付いている」
そう言って拝殿への階段を上る主の言葉を証明するかのように、右手から木戸を開ける音が聞こえた。続いて床の軋む音がし、すぐに噂の人物が姿を現した。
「よっ、御苦労さん」
「命様もお疲れさまでした」
ひょいと左手を軽く上げて労をねぎらう主に対し、宮司はきちんと正座をした上で私達に頭を下げた。どれだけ親しく声を交わそうが、こうした所での宮司の態度は最初の頃から変わらない。
「いかがでした?」
「小さな太陽だな」
幣殿と本殿の段差に背を預け、片膝を立てた格好の主が応える。
何が、とは言わない。
言わなくても分かる。それほどにあの存在は強烈だった。
「ずいぶんと驚かれたようですね。いきなり空気が変わったので、思わず祝詞が止まりそうになりました」
「そろそろ何かが起こる気はしていたんだが……いきなり輝き出したから引きずられた。すまんな」
二人が言う通り、最初は普通の七五三祝いだった。
今月初めから週末毎に幾度となく繰り返して来た中のひとつ。それが一瞬にして全く違うものへと変貌した。
主さえも目を奪われた出来事に、歴代の宮司の中でも飛び抜けて感覚が鋭い目の前の人物が気付かないわけがない。
「引き金は何だったのでしょう?」
「俺達に触発されたと考えるのが妥当だろうな。あとはタイミング、だな」
そう言いながら、ちらりと視線を向けた主に宮司が肩をすくめる。
その表情に答えがすでに用意されているのが分かる。
「命様の御推察通り、あの子は三つと七つの時に、当宮で七五三祝いを行っています」
「そして、その時は何もなかった」
血筋を重んじていた昔は巫女となる者の多くが神主の家の生まれだった。彼らは幼少の頃から徹底した教育を受けていたため、覚醒も早く力も安定していた。
「今はいつどこで目覚めるか分かりませんからね」
「まさに『天然』だな」
現在、本当の意味での「巫女」となりえる存在は少なく、宮司が言うように出現を予測する琴も困難だった。それゆえに優れた素質を秘めていても目覚めるきかっけがないまま、一生を過ごす者も少なくない。
「とりあえず近いうちに彼女と話をする機会を設けます」
「そうだな、頼む」
主を見る力があるからといって、俗に言う霊感がある状態になるわけではない。それとこれとは全く別物だ。
しかし世界が変わる事に違いはなく、今までとの違い、他者との違いに戸惑うだろう。正しい知識を与え、自分自身で道を選べるように導いてやる必要がある。
「命様。何か他人事のように仰っていますけど、命様にもその場に参加していただきますからね」
「なんで? 説明するのは俺は必要ないだろう」
宮司の考えに異論を唱える主だったが、こういう場面で主の意見が通る事はあまりない。宮司の意見が正論であるのに対し、主の意見があまりにも気分的なものだからだ。
「論より証拠。説明するより実際に見せて体験させた方が分かりやすいではありませんか」
「教材か、俺は」
大きく溜め息をつく主を宮司はにっこりと微笑みながら見つめている。当事者にトンズラをさせるつもりはさらさらないのだろう。
「あの子を見つけたのは命様です。だからきちんと責任、取って下さいね」
「……了解」
蕾から花が開くように、蛹から蝶が羽化するように巫女として目覚めた小さな太陽。
その場に立ち会った者として、果たさなければならない責任が我々にはある。
時は流れーー。
少女は巫女として立派に成長した。
主を相手に一歩も引かないなど、少しばかり逞し育ち過ぎてしまった感じもあるが、それは大した問題ではないだろう。
旧サイト 2003.9.12UP分を加筆修正
『モノカキさんに30のお題』」のひとつ
出会い編。
小さくても大きくても巫女が「嵐」なのは変わらず。
*********
前回の更新からずいぶんと時間が空いてしまいました。
・・・最初は震災の影響でした。
この小説の舞台となる神宮には某神宮と対になっている凸型の「要石」があります。
それなのに何も出来なかった、と思いました。
当たり前なんですけどね。小説は小説、現実とは違います。
それでも簡単には割り切れなくて。
こんなの書いて何の意味があるんだろう、と。
でも落ち着いた頃からまた他の方々の小説を読み始めて。
時間を忘れて読みふけったり、更新を心待ちにしたり、新しい作品に出会った時に喜んだり。
・・・それでいいのかな、と思いました。
自分の小説で世界を変えたいわけでも、救えるとも思っていません。
ただ読んでいる時に「面白いな」と思ってもらえたら、それで十分なんだと。
そもそも最初の話(雨乞い)で命様は言っていました。
「神社は願いを叶える場所じゃない、意気込みを報告しに来る場所だ。少なくとも俺はそう思っている」と。
基本、彼らは見守るだけです。
良いことも悪いことも、全てをあるがままに。
今なら「ちょっとした楽しみを与えられたら、と思って頑張る」と宣言するかな。